16 戦場へ
戦争中のエルヴィデスに接近して、その全容を目の当たりにし三年四組の誰もが絶句した。
エルス王国の首都エルヴィデスは小高い丘の上に建っている茶色い城壁に囲まれた城だった。高く厚い城壁をぐるっと囲むように堀があり、正面に監視塔、丁度中頃に天守がある。
三年四組の生徒達は肉眼でヨーロッパの城を見たことはなかったが、それでもエルヴィデス城が巨大だと判った。
その重厚な城が今攻められていた。
怪物どもにだ。
どしんどしんと棍棒を持った巨人・ジャイアントが城の守備兵をなぎ倒し、オークが弓矢を何本も放っている。城から出て戦う騎士達はトロールの軍勢と激しい戦いを行っており、その隙をついてゴブリン達も殺到していた。空中にはインプ達がひしめき、城の守備兵の邪魔をしている。
しかし何よりも悲惨なのは首都エルヴィデスは名前の通り、城の傍らに同じく城壁に囲まれた大きな町があるのだ。
怪物たちは当然のように町も攻め、崩御の手が回らないらしく城壁は崩れ市内は蹂躙されていた。
その光景をただ唖然と三年四組は眺める。
スチール・ジャイアントが大岩を投げ、それが城の外郭まで届きそこにあった木の建物が破片を飛ばしながら潰れる。
どう見てもエルヴィデス城は劣勢だった。落城寸前と言ってもいい。
堀など無視できるジャイアントやゴーレムが城の石壁を容易く破壊しているのだ。
どんな攻城兵器よりも彼等は有能だろう。
「これはもうだめだよ」嶋が観念する。
「仕方ないから帰るの諦めよう。……この世界だってそんなに悪くないさ」
「仲間があんなに殺されたのにか!」
深紅がその意見を怒気で弾く。
「じゃあどうすんだよ、あれ」
嶋は雲霞のように城に攻め寄る怪物達を指す。
「どうしようもないじゃないか」
その意見ばかりは徳川准も認めざるおえなかった。
どう考えてももう手はない。エルヴィデスに潜入など可能性は〇パーセントだ。
「ならこの世界で野垂れ死ぬのか?」
深紅が口辺を引き締める。
「奴らに魔法を使える者は少ない、それがチャンスじゃないかな」
積極性など持ち合わせていなかった石田が冷静に指摘する。
「魔法でドカン、そこに突入かー」
成田は背中から弓を取り出し、弓弦を弾いている。
「らららもがんばっちゃうよー」
いつも思うが、小西歌の根拠ない自信は謎だ。
「馬鹿なことを言うなっ!」
准は怒鳴っていた。
「そんな事は許さない、リーダーとして」
彼が思い出すのは悪夢となった谷での事だ。仲間を死なせてしまった。
今彼の胸を占める絶望は、あの時の比ではない。
全滅。あまりにも無情な現実を前に顔を覆う。
「無茶だよ、やめてくれ……もう君達を失いたくないんだ」
「だけど、何とかしないと僕等は家に帰れない、ずっとこの世界だ」
「だから、それでもいいじゃ……」
嶋は白夜に一睨みされ黙る。
「でもどうしようもない……きっと他も方法がある、それを探そう」
「他の方法? そんなの探す事こそ無謀だわ」
いつも冷静なはずの北条青藍も、目を異様にぎらつかせていた。
「私達女の子はね、ずっと我慢してきたの、お風呂とかトイレとか色々、もう大変だった、男の子には言えないことも沢山あるのよ」
細川朧や明智明日香、大谷環は俯く。
「帰れない? そんなの私達にとって死ぬのと同じよ」
「死ぬなんて軽々しく言わないでくれ!」
准は苦痛に顔を両手に埋めた。
もう嫌なのだ。仲間を失うのは。
「……やってみようぜリーダー、魔法ドカン戦法、俺達は選ばれし者達だろ?」
苦悩する准の肩に本田が優しく手を乗せる。
「どうせ最初から無茶な旅だ、このままこの世界に残っても無茶が続くだけさ、それに……」
本田は胸を張って空を見る。
「俺は剣道二段になりたい。前の昇段審査には落ちちまったけど、まだ試したい。ここに来てさらにそう思う」
「私もちゃんとした法と秩序が出来てない場所はうんざり」
「もーマズい飯もうんざりだな」
真田に乗り小早川がおどけ、皆に笑みがこぼれた。
徳川准には理解できなかった。
目の前にあるのはほぼ確実な死だ。いくら元の世界に帰りたいからとしても、そこに突撃するなんてあり得ない。
しかし仲間達はどうしてかそれを選ぼうとしている。
「もう少し考えてくれ」
「いいや、十分考えたさ。決を採ろう、エルヴィデスの城へ戦争のどさくさ紛れに侵入する人」
まず言い出した平深紅が手を挙げ、源白夜が続く。本田繋、成田隼人、小早川倫太郎、石田宗親、斉藤和樹、力角拓也、立花僚、北条青藍、細川朧、明智明日香、大谷環、真田亜由美子、片倉美穂……そして最後に不承不承、嶋亘と朝倉菜々美が加わる。
「決まりだ」
深紅は厳かに言った。
「だけどリーダーは君だ、僕等は君の指示に従うよ」
白夜が庇うように准を立ててくれた。
「……一つ、一つ約束してくれ」
准は血を吐く思いを吐露する。
「もし危なくなったら逃げてくれ、無理はしないでくれ、約束だ」
「ああ、約束だリーダー」
深紅は頷いて手を伸ばしてきた。
准はそれを強く握った。
三年四組は戦場へ突入するのだ。
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