13 禁忌

 力角拓也は緊張していた。

 スケルトンは肉がない敵だ、それに対しては自分のウォーハンマーが最も有効だと彼も知っている。だが自信はなかった。

 力角はずっと小学生のころから自信がないのだ。

 彼は赤ん坊のころから体が大きかった。

「あんたを産むのには苦労したわ」と何度も母に笑いながら教えられた。

 だからなのか彼は幼稚園でも小学校でも中学校でも一番太っていた。

「デブ」「豚」「肉の塊」いつも陰でなく面と向かって悪口を言われた。

 が、力角拓也は優しく内気な少年だった。他人に悪意をぶつけられても反撃することはなかった。余計イジメられる。

 三年四組の生徒になった彼はすっかり自分に自信のない無口な少年になっていた。

 ここでもまた堀や脇坂、正面からではないが幾瀬らに散々罵られた。

 だが彼はこのクラスでそうでない者にも出会った。

 源白夜、平深紅、成田隼人らはけっして彼の悪口を口にせず常に笑いかけてくれた。

 力角は緊張する。

 目の前に防具を纏った大柄なスケルトンがいた。

 ……僕は仲間を守る!

 彼はウォーハンマーを持ち上げ、思い切り振る。

 空しくそれは空を切り、土にめり込んだ。

 大柄なスケルトンは予想よりも素早く、飛び退いたのだ。

 スケルトンの持つ厚く長い剣が持ち上がる。

 ……うわあ!

 力角はパニックになった。もう弱い彼の心では何をしていいか判らない。

 だからただ剣を体で受け止める、それだけだ。きっと痛いだろう……死ぬほど。

 ……痛みはやってこなかった。

「力角! 態勢を立て直せ」

 目を開くと源白夜が盾で敵に体当たりをしてカバーに入ってくれていた。

 力角の心に温もりと勇気が蘇る。

 ……そうだ! 僕には仲間がいる、いるんだ!

 彼はウォーハンマーを持ち上げると、鼻から熱い息を吹き出し、思い切り大柄スケルトンの頭蓋を割った。

 もう力角拓也に恐怖はなかった、完全に霧散した。

 ウォーハンマーは次々と雷のように落ち、何体ものスケルトンをただのばらばらの骨に変えていった。


 その後、しばし歩いて太陽が本格的に落ちてきたので休憩にすることとした。

 場所は道のところどころにある朽ちかけた家屋。まず扉を蹴り開け、中のゾンビを駆逐すると、ウィザードの石田が決して外から中に入れないアート・ロックの魔法をかけ、一応レンジャーの成田や小早川が敵の襲来を知らせるチャイムの魔法をかける。

 皮肉なことに、粗末なテントで寝るよりも安全な空間を死霊の谷で形成出来たのだ。

「ここに来て魔法凄いね」

 斉藤は目を丸くするが、魔法使い達はにやりと笑う。

「こうして休めるなら、明日はもっと凄いぞ」

 それは本当だった。 

 次の日から魔法使い達の大攻勢が始まる。

 ソーサラー二人、ウィザード、ウォーロックそして吟遊詩人。

 吟遊詩人が雷の歌を歌い、その他の魔法使いがアンデッドの弱点たる炎の魔法を連発し、スケルトン達や余ったアンデッドは盾で抑えて深紅や立花、力角が確実に仕留め、少しでも怪我をしたら聖職者が治す。

 いつの間にか三年四組の生徒達は手練れになっていた。

 それで一日の最後には適当な廃屋に魔法で防御をかけて休み、次の日は活力と集中力を復活させて歩き出すのだ。

 死霊達には溜まった物ではないだろう。

 ちなみに食料はオルデナの町で買った物を無理に口に押し込み、トイレは男子なら男の、女子なら女の聖職者を伴い行った。

 当初は皆嫌がり、文句の嵐だった。だが慣れとは恐ろしい物で、数日でそんな生活を気にしなくなる。

 一方的な行軍は五日続いた。

 やはり魔法と盾でアンデッドを蹴散らし、何時誰が作ったのか判らない崩れかけた家に泊まる。

 安全を確認すると、皆は昼間の疲れですぐに眠りについた。


 彼は一人なかなか眠りにつけなかった。

 仲間が強くなったのは嬉しいが、釈然としないのだ。

 自分が強くなった実感がない。

「はあ」と息を吐き、隣で眠る者を起こさないように半身を起こした。

 仰天する。

 いつかの黒ローブが浮いていた。

 一瞬彼は幻かと疑った。この家には魔法で防御が成されている、それも何者かが侵入したらチャイムが鳴り響くおまけつきだ。

 しかしフードを目深に被ったそいつは普通に浮いていた。

『力を欲する者よ、時は来たぞ』

 黒ローブは彼に宣言した。

 彼はここで躊躇した。この化け物の言うなりになっていいのか。

『力さえあれば、お前は先頭に立ちみんなを守れる』

 彼は弱いところを突かれて喉を詰まらせた。

『さあ来るのだ、力を求める者よ』

 彼は従ってしまった。

 自動ドアのように開いた扉から外に出る。不安な面持ちで開いたと扉を見つめる彼だが、『案ずるな、我が魔法で邪悪な者は近づけない』と黒ローブが保証したので信じた。

 暗黒の道を歩む。

 彼の前には闇に溶けそうな黒ローブがいたが、彼? がランタンを下げていたので見失うことはなかった。

「あ~~あ~~う~う~」アンデッド達が呻いている。

 そこら中にいるのだ。

 もし今黒ローブが裏切ったら、彼はずたずたに引き裂かれ、アンデッドとして次の日仲間の前に立つだろう。

 がさり、とどこからか地を蹴る音がして不安の中にいる彼の前に何かが立ちふさがった。 それは人型をしていたが半裸で、闇の中でも判る真っ青な肌色をしていた。

 あり得ないほど長い舌がびろりと胸近くまで垂れる。

「裏切ったな!」

 彼は悲鳴に近い声を上げた。

 そのアンデッド・グールはかなりの数で彼を囲んでいた。

『思い違いをするな』黒ローブが不機嫌そうに答えると、グール達は一言の悲鳴もなく塵と化した。

 密かに彼は戦慄する。

 ……コイツは一体何者だ?

 黒ローブについての不信感が蘇り、うかうか口車にのった自らの愚かさ加減に歯がみする。

 だが黒ローブは彼の様子に構わず、そのまま進み『ここだ』と不意に静止しランタンで照らす。

 石の墓があった。

 墓碑も碑文もない、誰のものだか判らない墓だ。

『この者は生前の罪により誰にも知られぬ場所に密かに葬られた』

 黒ローブはそう説明すると、彼が瞬く前に墓を吹き飛ばし棺桶を露出させた。 

『さあ、この者の力を手に入れるのだ』

「なんだそれ」彼は困惑する。

 いきなり何を言われたか判らない。大体どうしてそんな真似が出来るのか。

『いいから棺桶をのぞけ』

 彼は抗えなかった。黒ローブの言葉に魔法があったのだろう。そうでなければ小心な彼にそんな事が出来るはずはなかった。

 棺桶の中には破れた漆黒の布きれと崩れかけた骨があるだけだ。

『探せ』

 彼はまた半分無理矢理に棺桶に手を突っ込む。

 何か硬い者が手に触れた。

 恐らくローブだった布にくるまれ、ダイヤのような透明な宝石があった。

 ただの宝石ではない、その中に黒い炎が燃えている。

「何だこれ」

 彼が呟くと頭の中に男の声が響く。

『待っていたぞ、我を継ぐ者。真の魔道を探求する者よ、我はそなたになりそなたは我になる。我は大魔道士レイスティン!』

 彼ははっとした。宝石が手の中でじゅくじゅく溶けている。慌てて手を振るが宝石はもう彼の右手から離れなかった。そしてじわりじわりと黒い炎だけが現れた。

 彼は動けなかった。

 黒い炎は熱くはなかったが、ゆっくりと手から彼の体に染みいっていった。

 全身が酷く熱い……しかし不快ではない……。

「これは?」

 だが振り向くと、もう黒ローブは消えていた。

 仲間がいる場所への帰り道は、もう彼にとって危険な場所ではなかった。

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