12 死霊たちの道
最悪の事件を経ながらも用意を終えた三年四組一行は、オルデナの市壁を後にした。
目的地は、封印がある場所を知る賢者ラスタルのいるエルス王国の首都エルヴィデス。 そこに着けば旅の終わりの目処も付くだろう。
地図から目を上げた徳川准は、真田亜由美子の背中に視線を向けた。
助けようとしたオークの混血に酷い言葉を投げつけられた彼女。だが准は知っている、真田はあの子供を哀れんだり同情したわけではない。
彼女は真に彼等を助けようとしたのだ。
慈愛。そんな言葉をあのオークの混血は知っているのだろうか。それを拒否するのならあの子を救う手はない。
徳川准は密かに心配したが、真田の様子は変わらなかった。
成田やらららが何かやらかせば容赦なく注意する。
……強いな。
准は彼女の強さが羨ましかった。
「さて、どうする」
徳川准は分かれ道で立ち止まっていた。
首都エルヴィデスへの道は大まかに二つあった。
一つは山を越えて行く時間のかかるだろう道、そしてもう一つは……。
「死霊の道って」
成田の顔が引きつる。
エルヴィデスへの近道は不吉な名と、エレクトラが書き込んだろう『危険』と記された物だった。ただそこを通過すると大幅にショートカットできる。危険を無視すれば。
「だが……」
平深紅は物憂げになる。
「山を越えていく道も安全ではないだろう。それに俺達には物資がない」
そうなのだ、資金はもう使い果たしていた。曲がりくねった山を越える道具や食料はない。
「ならば……」
三年四組十九人の縋るような目が准に集まった。
彼は身震いし、叫びかけた。
……やめてくれ! もう俺に頼らないでくれ! それで何があった? 野々村達は死に黒咲達には見捨てられたじゃないか、もう俺はダメなんだ!
「徳川」白夜は断固とした口調になる。
「決めてくれ……だけどどんな事があっても君を責めない、元々リーダーに勝手に指名したのはこっちなんだ。みんなお前に着いていく」
准はしばし俯いて、涙と戦った。
決断する。
「死霊の道を突破する」
まだ電灯のない夜は暗い。
彼はテントから抜け出して、星の光だけが瞬く夜に踏み出した。
テント……みんなは一人ずつ背中に背負ってきたが、それは羊毛の毛織物を敷いて、上は支柱二本で覆いをかぶせる、完成したら三角布の洞窟みたいになるシロモノだった。
当然みんな文句ぶーぶーだ。だが天幕みたいな本格的な物は買えたとしても、持ち運びに適さなかっただろう。
ふふ、と彼は頬を緩めた。
直に草の上よりは、とテントに横になっている皆は縮こまって寒さをやり過ごしている。 何故かその姿を見ていると愛おしさに似た感情がせり上がってきた。
彼は空を見上げた。知ってる星の一つもない夜空だ。
かつて彼は星座に詳しかった。暗い天に煌めく星が好きだった。
ため息が漏れる。
星座も判らないし、星も記憶と一致しない。異世界だから当たり前だ。
だがだとすると彼の特技、唯一の知識は無駄になってしまう。
彼は全くの無能になってしまうのだ。
唇を引き締めた。
……だからなんだ。
思い出すのは仲間達の死……何も出来ず逃げるだけだった自分。
……殺したのは僕だ。
僕さえもっと強ければ……その思いはいつのまにか彼の心の殆どを占めていた。
『力が欲しいか?』
彼ははっとした。
いつの間にか目の前に目深にフードを被った黒いローブの人物が立っていたのだ……否、立って? その人物は明らかに地面からやや浮いている。
……敵だ!
彼は反射的に大声を出そうとした。みんなを起こして迎撃するのだ。
そうしないと……。
『また仲間が死ぬ』
可笑しそうに黒ローブが思考を読む。
『だが恐れるな、少年よ、私は味方だ。そなたが望む力を与えに来た』
彼は無視すべきだった。みんなをたたき起こすべきだった。
出来なかった。振り返ることさえも。
「ち、力とは何だ!」
黒ローブは満足そうに喉を鳴らす。
ぐっと彼は歯を食いしばった。
まだ目の前の人物を信用していない、顔さえも見せないのだ。
だが『力』への誘惑は蜘蛛の糸のように彼を捕らえていた。
何よりも、力があったら……『彼女』も助けられるのだ。
そう、大事な仲間達の中でももっとも守りたい『彼女』。
「知りたくば、もう少し待て」
黒ローブは言い残すとインクが白い紙に滲むように消えた。
残された彼の心臓は早鐘のように鳴り響いた。
「死霊の道かぁー」
成田隼人がうんざりするように呟いた。
地図が確かならこの先がその名で呼ばれている物になる。
オルデナの町から三日目、三年四組は死霊の道の始まりまでたどり着いていた。
徳川准は厳しい視線で山間の一本道を観察した。
地面は舗装などされておらず、茶黒い土だ。その上に申し訳程度の雑草が生えてあり、強い風に砂埃が舞っている。道の印象はそれだけだ。
あとはどうやら曲がりくねっているらしく、突き出た岩が邪魔で遠くは見られない。
「まあ、腹を括るしかない」
立花僚は早くもショートソードを抜いて、刀身の具合を確かめている。
「秘密兵器もあるしな」
カイトシールドを持つ白夜がにやりと笑った。
カイトシールドは尖った下部を地面に突き刺して使用できる頑丈な盾だ。
木製ではあるが、そこそこに鉄の補強がしており、値段も張ったし相当重い。
戦場でも盾持ちが携行する物だそうだ。
それを源白夜と小早川倫太郎、成田隼人が前面に構えている。
弓やら剣やらの武器を他の人に預けて。
「徳川」白夜が彼に発破を掛けるように呼ぶ。
准は一度目をつぶり、迷いを消した。
「じゃあみんな、行くぞ!」
一行は死霊の道へと一歩足を踏み入れる。
それから数時間、何もなかった。ただ崩れかけた家々が時折姿を見せるだけだ。
「……何も起こらないわね」
北条青藍はしばらくぶりに口を開く。かなり緊張していたのだろう。
しかし彼女の言葉が契機になった訳ではないが、すっと辺りは暗くなった。
「あ、あれ!」
真田亜由美子が指す太陽は呪いなのか暗いオレンジ色に変色していた。
「う~あ~」とどこからかうめき声が響きだした。
何の前触れもなしに、丸いぼんやりした光の玉ウィル・オ・ウィスプが出現し、彷徨うように空中で揺らめいた。
「おいでなさった」何故か深紅は嬉しそうだ。
しかし好戦的な表情の彼には残念だろうがウィル・オ・ウィスプはただふらふらと飛ぶだけでこちらに向かっては来ない。
「何の意味があるんだあれは」と考える時間はなかった。
突如土の地面からぼこりっと手が生えたのだ。そして皆が驚きに固まっていると、アンデットは全身を土の中から引き出す。
「うええー」
成田がえづくのも仕方ない、酷い姿だった。
生前は人間だったろうゾンビは、皮膚が破れ赤い筋肉を外に晒しており、白い骨まで露出している部分がある。さらに至る所に蛆の塊が付着しており、携帯食が詰まった胃がざわざわと騒ぐ。近づきたくない怪物ナンバー1決定だ。
近年洋画では走るゾンビが流行ったが、目の前のは違うらしくゆっくりゆっくりと三年四組へと近づいた。
深紅がすぐに一歩踏み込み、ショートソードでその首をはね飛ばす。
元々死んでいるゾンビだが、視界のある頭を失ったのは大きいらしく、倒れてその場でばたばたと蠢いた。
「そんなあっさり……」
嶋がどこか呆然と呟く。
「見ててもしょうがないだろ? キモいし遅いし」
深紅が肩をすくめると、皆の顔が心なしか明るくなる。
彼はゾンビが弱いことを率先して証明したのだ。
その後もゾンビ達は土から這い出し木陰からも現れたが、深紅に首を切られ、斉藤和樹に頭を潰され、元の死体に戻っていった。
「何だか、あまり苦戦しないな」
ゾンビ首ちょんぱが作業のようになってきて、深紅は飽き飽きしている。
「うーん、まだ敵はいるのかな?」
腐った頭を拳でトマトのように潰す斉藤もつまんなそうだ。
「油断するな、ここはエレクトラさんが『危険』と記した場所なんだ」
徳川准が注意し彼等の慢心を戒めると、前方に人影の大群が見えてきた。
「あー、ゲームでよく見るあれかー」
成田の呑気な台詞に、准は頷けなかった。
彼等の前に現れたのは完全に肉の落ちた骸骨の兵隊だ。
スケルトン、と言う奴だ。
ウィル・オ・ウィスプ達を引き連れ、スケルトン達は錆びた剣を振り上げ、こちらに猛進してきた。
彼等は走れるのだ。
スケルトンの剣や槍が三年四組に迫る。だがその前にカイトシールドを構えた白夜が飛び出し、盾で敵に突撃した。
予想外の一撃だったのか、スケルトンはよろけた。
「頼む!」
「任せろ!」
白夜に返事を返した深紅は容易く体勢を崩したスケルトンの頭骨を割る。
これがオルデナの町で無理して大きな盾を買った理由、ずっと源白夜が考えていた戦術だ。
盾は大きく重くかさばる。
だから逆用して敵への最初の一撃、牽制の一発にするのだ。
話を聞いた時、正直准は迷ったが、その正しさは今証明された。
盾をかざす白夜と小早川、成田が前に出る。
スケルトン達は構わず突進してくるが、皆盾に殴られよろめき、容易く後ろに控えた戦士達に倒されていった。
「大正解じゃんこれ!」
成田が快哉を叫び、准もそうしたい。
盾という防具で阻み、敵が武器を構え直す前に倒す。一連の流れは何度か続き、スケルトン達は一掃された。
「よっしゃ全滅!」
成田の口は塞ぐ方がいいのか、彼が宣言すると今度はゾンビの集団が岩陰からのそのそ歩いてくる。
「あれって、噛まれたらどうなるの?」
嶋はゾンビ映画のパターンを疑問にするが、考えたくもない。
「さてと、ゾンビ狩りしますか」
「待った」
肩を軽く半回転させる深紅を石田宗親が止める。
「あれは任せてくれ」
彼は深紅の抗議をかわすと、ぶつぶつと呪文を詠唱し始める。
石田の周りに真っ赤な炎が出現し、近場の者が引く。
「ファイヤーブラスト!」
彼が手を伸ばすと、大きな炎の塊がゾンビ達に直撃して飲み込んだ。
「う~あ~う~」ゾンビ達もさすがに苦しいのか呻き声が大きくなる。
柱のように燃えていた炎は前触れ無く消え、ゾンビの燃えカスだけが残った。
「おいおい、八体近くいたぞ……何だ魔法って」
深紅は空を仰いでいた。
彼等は筋肉を使って乳酸を形成しながら大量のゾンビを倒してきたのだ。なのにウィザードの石田はあっと言う間に全滅させてしまった。
「……もしかして、有効な魔法は他にあるのかい?」
准が眉を動かすと、魔法使い達は済ました顔で「まあね」と答えた。
「もちろん、らららにもあっぞ!」
小西歌は機嫌良く呪文を唱えると、准が止める前に彼に指をさす。
ぐき、と准の首が鳴り、顔がらららに強制的に向いた。
「いたたたた、またこれか、君は!」
「ぴえ~ん、らららの魔法これだけかよー、何に使えばいいのやら……らららあっち向いてホイと名付けよう……」
「もう使うな」
「使用禁止」
「やめたらー」
深紅と白夜、成田に次々言われ、らららは頬を膨らませる。
「どーせ、らららは落ちこぼれ、うにゃ?」
突然らららは腰を折り、地面から何かを拾う。
「あれれ、これって?」
「どうした?」
らららは准に四角いカードを見せる。
「え?」と准も首を傾げる。
それは免許書くらいの大きさの写真が印刷されている紙のカードだった。猫が昔の不良の格好をしていて、ラミネート加工もされている。
「にゃめんにゃよだ」
らららは手の中のカードに目を細める。
「お母さんが持ってた」
准はこの謎に対する答えがなかった。皆に聞いても「知らない」と答えられたし、そもそもラミネート部分はところどころ割れて、相当古い物だと判る。
何故一時代前とは言え日本の玩具がここにあるのか。
徳川准の胸はどうしてか騒いだ。
しかしスケルトンの軍勢を目にし、彼の中からその謎は消えた。
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