14 雨
アンデッドとの不毛な戦いはそれから数日続いた。
コツを掴んだ三年四組は苦戦もせず、ただ死霊の道の終わりへと急ぐ。
だがここで遂に彼等は立ち止まった。
巨人が現れたのだ。
「げー! うっわ! キっモー!」
らららの感想は皆と共通していた。
巨人は死体で形成されていた。人間の死体を元の身長を超えるくらい滅茶苦茶にくっつけて出来上がった最悪の化け物だ。
フレッシュ・ゴーレムと名がついているが、一行にはキモい奴としか認識されない。
そのキモい奴が五体、死霊の道の果てに突っ立っていた。
「ため息が出る」
平深紅は実際大きな息を吐く。
「盾ももう限界だ」
源白夜は酷使してひびが入った盾の木の表面を心配そうに撫でた。
「あれには盾アタックは無謀だ、盾は十分活躍したよ」
斉藤和樹は白夜を慰める。
「確かにそうだな」
白夜はカイトシールドの下部を土に突き刺した。あの体躯だ、盾でぶつかっても蹴り倒されてこちらがダメージを負うだろう。
一言二言の簡単な作戦会議でゴーレムとの戦いは、魔法主体にすると決まった。
アンデッドが炎に弱いのは証明済みだし、盾も壊れかけている。何より三年四組の前衛の武器はほとんどショートソードなのだ。
重さの関係だったのだが、恐らく戦闘経験を積んだ今ならロングソードやらブロードソードも操れるだろう。
それらが買える金があり、売っている場所があれば、だ。
フレッシュ・ゴーレムは知能があるのかないのか両腕を前にして三年四組にのしのしと近づく。
口火を切ったのは片倉美穂だった。嫌悪感もあったのだろう最初に呪文を完成させる。
「ファイアーアロー!」と炎の矢を一番前のゴーレムの顔に直撃させる。
「うごおおおおー」
ゴーレムは腐りかけた手で顔を覆った。
「行くぞ!」
深紅のかけ声に白夜は応じた。
二人ともショートソードを抜き、暴れるゴーレムの脚、深紅は右、白夜は左を深く斬りつける。
「ぐぅぅぅぅ」
フレッシュ・ゴーレムの巨体がどうと地面に倒れた。
まだ燃える顔面に立花の剣が深々とめり込む。
「一人」立花僚は得意そうに数えた。
だがすぐ彼の顎が落ちかける。
力角拓也だ。
彼は素早くはなかったが、着実にもう一体のゴーレムに近づき、その臑をウォーハンマーで打ち砕いた。
「おおおおお」
と倒れたゴーレムの背中に登り頭頂部にハンマーをもう一撃、それで終わり。
「ええええー、力角すげー!」
成田隼人は両手を上げて賞賛する。
見事な技でフレッシュ・ゴーレムを一人で片づけた力角は何が褒められたか判らない様子で、ゴーレムの背中の上で赤い顔を俯かせている。
「問題ないな」
力角に愕然とした徳川准だが、衝撃から立ち直ると頷いた。
まだ三体のフレッシュ・ゴーレムが暴れているが、その動きは鈍くこちちの前衛にかすりもしない。
そうして見ている内に、石田の「ファィヤーブラスト」がまた一体を人型の炭に変えた。 真田の魔法もゴーレムを地に伏せさせ、その隙に深紅が心臓を剣で捉える。
今更彼等に五体のフレッシュ・ゴーレムなど敵ではなかった。
はっと准は思い至った。
……みんなすごく強くなっている。最初とは全然違う。
最後のゴーレムが魔法で倒れ、三年四組は死霊の道を突破した。
勝算は盾の有効利用もあったが、何よりも一行の魔法使いの多さだ。そして彼等を助けるかのごとく点在した建物と、力角の意外すぎるパワーアップ。
後に徳川は知るが、死霊の谷は数十年前まで栄えていた村だったそうだ。そこに邪悪な魔法使いが呪いをかけてこうなった。
その動機について不審な点があると教えられるのはその後の源白夜だ。
とにかく三年四組一行は一人も欠ける難所を乗り切った。
雨が降っていた。
死霊の谷を越えて街道へとたどり着いた彼等に、天は不機嫌だった。
皆、前後が開いている二本柱のテントに籠もり、雨が通り過ぎるのを待っている。
もう一日近く続いていた。
准はため息こそすれ、それほど緊張をしていなかった。
国と国を繋ぐ街道はそれなりに整地され、取り決めで盗賊退治の部隊が見回っている。 死霊の谷さえ越えた彼等の脅威になるとは思えなかった。
このまま少し休むのもよいのだろう。
「あー、もうっ!」
一声上げて成田が篠突く雨の中に跳びだした。麻の無個性な農民のシャツとズボンと下着を突然脱ぎ出す。
「きゃあっ!」
と見ていた女子陣……むしろ瞳が煌めく小西歌以外……が目を逸らす。
「……どうしたの成田君?」
いきなりの奇異な行動に引いていた男子勢の中で、嶋がそっとという体で訊ねる。
「ついに頭が壊れたか! うん、何か気配はあった」
大谷環の台詞は嶋に比べると相当尖っている。
「あー、いやここん所風呂入っていなかったろ? だから雨で体を流すんだ」
「いいねそれ」
石田宗親が目を輝かせ、他の男子、礼儀正しい本田繋までも歓声と外に出る。
「ちょっと! 乙女の視線を汚さないで!」
真田が注意するが、聞く者はいない。
皆、もどかしい手つきで服を脱ぎ雨の中で裸になった。
「あー、この無神経ども!」
北条青藍や明智明日香、大谷環はテントの中で体の向きを変え、彼等を視界から追い出し、朝倉菜々美は『部分』を見ないようにしながらも微笑んでいた。
准にとってそれは嬉しいことだった。
朝倉は滅多に感情を面に出さない。家庭で色々なゴタゴタがあった……と嶋に言葉を濁され説明されたが、三年四組の教室では毎日無表情だった。
それが今彼女は微かにだが笑っている。
……異世界も悪いことだけじゃないな。
徳川准はそう頷くと、自らも雨の中に出ていった。
彼は苦しんでいた。
テントを跳ねる雨の音にさえ、心に痛みが走る。
奴が呼んでいた。
『こっちにこい』と奴が求めていた、『その体を渡せ』と。
「いやだ、いやだ、いやだぁ」
彼は一人抵抗の声を出す。
しかしそれは雨の下で歓声を上げる仲間達には届かなかった。
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