約束された勝利1

 坂之上の表情から余裕に満ちた狂気が崩れ、大きく見開かれた瞳が尚も俺に問いかけてきている。どうして? と。


 俺は彼女にビシッと人差し指を向け意地悪く返す。



「緒薔薇が企んでいる事は全部まるっとお見通しだッ! って言ったら信じてくれるか?」


「……………………」



 目をパチクリさせる坂之上。その様子から放たれる可愛さは【そして誰も……】のどのヒロインよりも勝っている。


 けれど忘れてはならない。彼女は黒幕であり順当にいけば人殺し、油断は禁物だ。



「……ふふふ、にわかには信じがたいわね。達敏君が私を警戒している素振りは見て取れなかったけれど、仮にあなたが卓越したポーカーフェイスの持ち主だったとしても、気持ちが悪いほど完璧すぎるわ」



 俺の心臓を突き刺すはずだった刃物をベッドから抜き背を正した坂之上は、顎を上げてこっちを見下ろしてくる。



「ひょっとして達敏君、予知能力かなにかをお持ち? もしくは時間旅行者?」


「似たようなものだと言ったら?」


「もしそうなのだとしたらとても素敵ね。今まで一ミリも関心がなかった達敏君に興味が湧いてくるわ」



 薄笑いを貼り付けている彼女がスッと腕を前に伸ばし刃の先を俺に向けてきた。



「前述した通り、にわかには信じ難いけれどね」


「ま、信じろって方が難しいよな」


「ええ。ただの偶然の積み重なりをさもそれらしく振る舞っているだけと、そう私は認識しているわ」


「そっか。なら、緒薔薇が考えた殺人計画の一部を俺が説明できたら、信じてくれるか?」


「あら、私が殺人を犯すこと前提で話を進めるのね」


「そこは素直に認めてもらいたいところだけどな。物騒なもんを手にしてるんだから」


「ふふ……そうね、その通りだわ。刃物片手に部屋に忍び込んで殺害する気はなかったと述べても説得力に欠けるわよね。現に私、達敏君に目掛けて振り下ろしているし」



 否定せず動揺もせず、どこか楽し気な様子の坂之上は、依然刃をこっちに突き付けたまま挑戦的な目を俺にぶつけてくる。



「それじゃ早速、ご高説願おうかしら?」


「ああ。ただその前に、一つ賭けをしないか?」


「言ってみて」


「緒薔薇の計画を見事言い当てることができたら、俺を殺さないと誓って欲しい。それと、俺の願いを一つだけ叶えてほしい」


「願い、というのは?」


「大したことじゃない」


「そう…………じゃあ、もし外したら?」


「その時は君の好きにしていい。煮るなり焼くなり刺殺するなりな」


「……ふぅん。よっぽど自信があるのね、達敏君」


「どう捉えるかは緒薔薇の自由だ。受ける受けないのも」



 不敵に笑う彼女に対し、俺もまた口角を吊り上げて見せる。


 俺の提案を坂之上が受ける必要はない。


 でも、坂之上は必ず乗ってくる。負けず嫌いの彼女は必ず。



「……いいわ、受けてあげる。その勝負」


「ありがとう」



 刃物をゆっくりと下ろした坂之上に、俺は感謝の言葉を口にし内心でガッツポーズを決める。


 これで俺の有利は絶対なものとなった。

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