第二章ー9 『順位、発表』
⚫『順位、発表』
「うぎゃー!? 順位激落ちしてんだけど!?」
中間テストの結果用紙配付中の教室は、
「誰だ受験にもう本気出してる裏切り者は!? 本番は夏からだろ!」「俺はまだ全然だぜ!」「同志よ!」
「おー、順位上がったかも」「え、勉強してなかったんじゃないの?」
「英語の平均点低すぎ!?」「ドSの
「小遣い減額確定じゃーん!? ごめん……わたしはもうどこにもいけない……」「え、今日の打ち上げは?」「わたし……水しか頼まない……。ポテト一本だけ……恵んで」
教科ごとの授業で答案用紙は返却されている。だから個別の点数はわかっている。
しかし本丸は、成績をすべてまとめたテスト結果用紙が各自に配付される今日だ。
用紙には科目別の順位と、選択科目差を調整した総合順位もばっちり記載されている。
仲間内で順位の勝負をしていたり、成績に連動した小遣いの契約を行っていたり、まあみんな順位で色々と左右される事情がある。
「騒ぎすぎんなよー。……つっても無駄だろうけど」
ホームルームで用紙を配り終えた担任の
「で誰なんだよー!? 今回うちのクラスで総合が一番よかった
騒がしい男子が先陣を切って教室中に呼びかける。
成績はもちろん個人情報……というのは完全な建前だ。田舎ならではのおおらかさか、学内順位で志望校が決まる特性のためか、とにかくこんな風に誰かが言い出して、すぐ公のものとなる。瞬時に他クラスとも共有され、トップ層の順位はその日中にクラス内グループメッセージに投下される。ここまでが結果用紙配付日の、
「一位は他のクラスにはいなそうだってさー」
スマホを
「ってことは今回も……」
教室中の視線は、騒ぎなど露ほども気にせず、すやすやと眠る一人の女子に集中する。
我が学年、無敗の絶対王者、
少女はまるで眠る妖精のようだ。そこだけが別世界で、触れるのすら
月森は教師に呼ばれても紙を自ら取りに行かなかった。そのため結果の用紙は、机の上に裏返して置かれている。
と、月森が寝返りを打った。その拍子にするりと用紙が机から滑り落ちた。
隣の席の女子が、床に落ちた用紙を「不可抗力でーす……」と言いながら、拾い上げ、机の上に戻した。
女子は高々と一本指を掲げる。
「はい、当確」と声が上がる。
「てか……百点って数字が……何カ所か見えた……」
「ヤバ……」「百点って……」「やりすぎだよね……」
派手に騒ぎはしない。皆は恐れるように静かにざわめく。
「……で、クラスで一番いい奴は誰だ!? 立候補か推薦は!?」
一位は月森のはずだが、月森ではない。レベルが違いすぎて別枠扱いされている。
たぶんそのことに、違和感を持つ者はいない。
「学年十四位じゃ、まあトップには食い込めてないよなー」
大声で言ったのは
「やっぱスゲーな!」「ワンチャン一位あるぞ
学年十四位。単純に五クラスで割れば、クラス三位以内だ。十分、立派だ。
「今回の中間はそこまで対策してないからなぁ」
菅原が言う。まあ、みんな言うやつだ。
「それで十四位て」「学院大受けるやつは違うよな」などと取り巻きを中心に盛り上がる。
「やー、でも
菅原が水を向ける。
クラスでもう一人、秀才と認識されているのが、及川だった。
及川はくいとメガネを持ち上げ、静かに言った。
「……わたしは十五位。負けてる」
「いやいや全然いいから! この二人レベル
「まあ順当だよなー」「あーあ。オレらも頑張らないとな……」
「じゃあ今回の中間の一位は、菅原で、二位は及川ってことだな! 他はいねーよな?」
上位に食い込むメンバーは
「教科別で順位がよかった
だから
「そーいや、真面目君ってどうなんだ?」
その流れを、強引に菅原が引き戻す。
「え……僕?」
「真面目君って、そんな上位ランカーだっけ?」
全体の会話を先導していた男子が反応して、注目が
やられた、と思った。菅原とはいつか会話になると思ったが、まさかこの場とは。
毎度有志で作成されるトップ二十位のランキング表に名を連ねたことはない。当然、ノーマークで、自分でもこのイベントとは無関係のつもりだった。
「真面目君、何位だった?」
正太がもごもごしていると、隣の席の男子が聞いてくる。
「いや、まだ見てなくて……」
「は? 見ろよ! あとで家帰って見るもんでもないだろ!」
もちろん本来ならそうだが、今回だけは違った。
正太は用紙を手渡す際なにか言おうとした担任も無視して、中身を確認せずに机に伏せ、そのままにしていた。あとで一人で見るつもりだった。
どんな結果であれ、正太は感情が揺さぶられてしまうのがわかっていた。
だから『昼』に見たくなかった。
「あ、でも地学の点数よかったよね」
選択科目で席が近い、斜め後ろの女子に言われた。
個別にテストは返却されているので、点数が悪くないのは知っている。
しかしこれでどれだけ上位に迫れるのか。
実際手応えはあった。でも総じて平均点が上がっただけかもしれない。
なにせ五位以内は……今までじゃ考えられない領域だ。
「おいおい
また騒がれて、もう逃れられないと観念する。
ここで見せない方が……空気が読めてないし、悪目立ちだ。
「じゃあ……」
伏せたままだった結果用紙を、
「いや、ここまでじっくりやられると緊張感あるんですけど……!?」
まあでも、逆によかったかもしれない。周りが騒いでくれたおかげで気が紛れる。
どうなったってここで結果が出る。
クラス中の視線を集める妙な雰囲気の中、正太は総合順位を視界に入れる。
息を止める。
それから吐き出して、音を出す。
「三──」
「あー三十番台かぁ。普通! いいけど!」
「──位」
「え、なになに? 聞こえなかった? 三十位? 十三位?」
「いや…………三位」
個別教科の順位を見ると、実は五位以内はない。十番台もちらほらある。だがすべての教科の順位が着実に上がっている。その穴のなさのおかげなのか、総合では順位が跳ね上がっている。……いや、なんでこんな冷静な分析を。でも見間違いじゃない、らしい。
教室に
勘違いじゃなければ、「すーすー」という、
その沈黙を破って。
ドン! と音が破裂する。
「うげええええ!?」「断トツじゃん!」「実質学年二位ってこと?」「そんな頭よかったっけ!?」「ここ一年変動のなかったトップ五にいきなりダークホースが……!」「くっそこんなもん絶対当たるかよっ!?」「なんか賭けてんの?」
正太は握り締めた用紙をぼうっと見つめる。
どんな感情がやってくるのか、ずっと身構えていた。
期待と。不安と。月森や
最悪、自分の夜の世界の冒険が終わっても、いいと思っていた。
心残りはあるが、仕方がない。
それが自分の限界なのだから。
しかしまあ、どうやら、この物語はもう少し続くらしい。
自分の分相応は、まだ先にあるらしい。
テストが終わってから今日までに、夜の教室で
──プレッシャーや油断につながるから控えていたけれど。
でもたった一カ月で学力がつくなら、誰も苦労しないんじゃないか。
──勘違いがあるわね。
──穴はあったわ。勉強の設計図がないから、柱も不安定。無駄も多くて、
ボロクソに言われたが……。
──それでも真嶋君は、真面目に積み上げてきたものがあった。やる気に満ちあふれてはいなくて、やらされていただけかもしれない。でもやってきたことは無駄じゃない。
──胸を張って、真嶋君。時間を無駄にしたとか、効率が悪かったとか、そんなことは思わないで。あなたの積み重ねてきたものはすべて、今につながっているの。
だから結果が、出た。
なんだよ、出るのかよ。
でもこの結果だけは、紛れもない事実だ。
「よおおおおおおおおおおし!」
思わず作った握り拳。夜の一人時間じゃないと恥ずかしいくらいの大声。でも周りがうるさいので浮かずに済んだ。
「お、真面目君が熱い!」「これはジャイアントキリングじゃね!?」「うわー、わたしも勉強しようかなって思った」
みんなの反応がむずがゆい。でも
「文句ないな……クラス一位は真面目君で確定だ!」
ビシッと指を差されたが、
「いや、僕は二位だよ」
はっきりと否定しておく。
だって一位はやっぱり、彼女をおいて他にいない。
「そういやお前、真面目君にノート借りてなかったか?」「ああ……ってことはこの点数アップは真面目君パワーか?」「御利益すげー!」
教室が
「そういや、
「うっぜ」
お祭りムードの教室内で、異様に低い声がやたらと際立った。
「だいたい、学校の中間テストとかマジどうでもいいしな」不機嫌そうに菅原は吐き捨てる。「もう模試の結果しか意味ねえよ」
「ああ……、まあ……そうだな」
騒いでいた男子が冷や水を浴びせられて、大人しくなる。
周りも釣られるように静かになっていく。
「無駄に学校向けのテスト対策やってるとかだせえしな」
ここまで嫌悪を丸出しにされたら、他の人間は批判できないだろう。
みんな曖昧に、なあなあに、事を荒立てることなく、この場を流そうとするが。
それでも
「急におかしくね? 今まで二十位以内に顔を出したこともない人間が」
「それはまあ……」といつも
「あー、もしかしてあれか? カンニング女と一緒にいたもんなぁ。うまいカンニングのやり方教えてもらったとかじゃねえよな?」
それには
「あの塾……ええと、名前なんだったかな。カンニングで学校辞めた
わざわざ波風を立てるようなことはしない。まさかクラスみんなの注目を集めている中でわざわざ発言なんてしない。それが『昼』の自分だ。
でも、いくら昼の自分でも、立ち上がらなきゃいけないラインはある。
あんまり、舐めんなよ。
「……ねえ。……随分、負けたことに不満があるようだけど」
その声は、自分が発したものではなかった。
「……あ」「……え?」「……マジ?」
クラスの皆の視点が、ある一点に注がれている。
吸い寄せられるように、正太も、周囲の視線の先を追う。
机に手をつき立ち上がる少女が、日の光を浴びて黄金色に輝いている。
月明かりが似合うな、なんて一人で思っていた。
けれど、やっぱり明るい太陽の下にいるのも映える。
むしろ彼女は、そうあるべきだ。
「『深窓の眠り姫』が……!」
その驚きはクラス全体のものだと思う。
それだけで皆、絶句している。
昼間、クラスメイトの誰かに話しかける月森なんて、見ない。驚くのも当然だ。
だが寝ぼけているのか、
「……
とんでもない正論。
校内最強の存在が、力で場を
「ふわぁ……」
あくびをして、充電が切れたみたいにすとんと椅子に座った。すぐに突っ伏す。
「……すー……」
言うだけ言って、眠り始めた。
羞恥からか、怒りからか、
その日、学校中が月森の話題で持ちきりになったのは言うまでもない。
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