第一章ー3 『夜の学校』



⚫『夜の学校』


 ──じま正太は、夜の学校敷地内に門を乗り越え無断で侵入した。

 夜とは本来、誰にとっても平等で、自由な、心を許せる一瞬──『息継ぎ』時間だ。

 お天道様に照らされた昼の生活がずっと続くと、きっと誰もが息苦しくなる。

 だから夜がきて、みんな静かに眠り、次の日を迎える。

 どんな人間にも、夜眠る前には、素の自分になるひとときが存在する。

 そんな息継ぎの夜を侵すことは許されないのだ。絶対に。

 だから夜にふくしゆうをする。

 月明かりが照らす夜の学校を、正太は進んでいく。

 ──先日、事件が起こった。

 早朝に登校したら、正太の机がぐちゃぐちゃに汚されていた。

 机の上全体に白い液体やら、赤い液体やらが塗りたくられている。

『しね』という文字が書かれているようにも読めた。汚れた雑巾が散乱していて、メッセージをはっきり読み取れなかったが。

 明らかに嫌がらせであり──いじめだった。

 傷つくよりも、驚きが先にきた。こんな露骨な悪意を向けられたのは、初めてだった。

 一緒に見つけたクラスメイトから「先生に相談した方がいいよ」と言われ、報告した。

 教師にもいじめを疑われたが、心当たりがなかった。誰かとトラブルにもなっていない。

 前日の放課後の状況などを教師が調べてくれて、犯行時間は夜らしいとだけわかった。

 ただ犯人がわからず、対処のしようがない。また自分も大ごとにしたくはなかった。だから次になにかあったら対策を考えるという話になった──表向きは。

 昼間はそれ以上なにも思わなかった。

 そのまま帰宅し、いつもどおりに過ごした。

 しかし夜になり、『夜の息継ぎ』時間になると、ある考えがふつふつと湧き始めた。

 もしかして、今日の夜もなにかをやられるんじゃないか──?

 そんな妄想が頭をもたげると、止められなくなった。

 嫌な想像が過剰に膨らむ。本来ならば心安まるはずの『息継ぎ』時間が、どこかの誰かに侵略されてしまう。平等で自由な一人時間を侵すなんて許されない。夜の犯行であったことが、どうしても耐えられない。もう我慢が利かなくなった。気づいたら自転車を飛ばして学校に来ていた──。

 夜の学校は、ひっそりと静まり返っていた。

 住宅地から離れた場所にあるので、近隣には人っ子一人いない。

 残業の教師も二十一時を回れば帰宅しているらしい。校舎内は電灯がいておらず暗い。

 しかし完全な暗闇ではなかった。非常灯と、外から差し込む街灯の光によって薄ぼんやりと内部の様子がうかがえる。

 校舎を目指して、校庭を進む。

 しようたは制服に着替え直していた。学校に私服は、違和感があると思ったからだ。

 砂利を踏む音がやけに大きく聞こえる。

 足早に校舎の前まで来て、流石さすがに冷静な自分が現れた。

 夜の学校は防犯システムが作動しているんじゃないか?

 しかしそれなら、そもそも中に入れないか。

 そう思って、校舎入口の扉に手をかける。

 開いた。

 夜の校舎が、無言で正太を迎え入れる。

 警報装置は鳴らなかった。

 大丈夫か、田舎のザル警備? ……いや、だからこそ犯人も忍び込めたのか。

 ぽっかりと開いた入口から、校舎内に入ってみる。

 誰もいないはずなのに、まったくの無音ではなかった。換気扇なのか、ごうんごうんと電気機器の動く音が静かに響いている。

 侵入が済めば、あとはすんなりと階段を上って三階まで行けた。廊下を進み、正太は自身が所属する三年一組の教室前にやって来る。

 再度、押し寄せた躊躇ためらいの波も、ここまで来たのなら最後まで行こうと振り切った。

 これは、昼間に見つからなかった犯行の痕跡を夜に見つけるための、正当な権利だ。

 教室のドアに手をかける。抵抗を感じないので、そのまま横にスライドさせる。

 濃淡のある闇が広がる教室は、普段とまるで異なる姿に見えた。

 そこは異界だ。

 窓から差し込む、月明かりと街灯の光。

 光が机に白く反射していて、窓側の闇の方が薄い。逆に廊下側が濃い闇に包まれる。

 その闇の濃淡の境目部分に。


 黒い影がいた。


 細長い円柱の上に、一回り小さな球形が乗っている。

 影が振り返ると同時に、円柱の中から人型が現れる。

 浮かび上がるほっそりとした肢体。

 月明かりに照らされた長髪が金色に輝く。

 それは魔女か、吸血鬼か。

 目が合った。

「「うわあああああああああああ!」」

 幽霊? 化け物? まさか、人ならざるものに遭ってしまうなんて。

「だ、誰っ!? 泥棒!?」

 向こうから声がした。怒鳴っていてもわかる澄んだ女性の声だ。

 加えてなぜか泥棒扱いされる。いたく現実的だ。人外にしては。

「え……もしかして……襲われる……?」

 そうつぶやいた相手が高校の制服に身を包んでいると、今になって気づく。

 長い指が制服のリボンをぎゅっと握る。なんだかしぎやく心がくすぐられる。

 スカートから伸びる足はすらりと長くなまめかしい。全体的に出るところは出て、女子らしい丸みを帯びているのにこれ以上ないほど細く引き締まっている。

 小さな顔に大きな瞳がらんらんと輝く。

 妖しく、美しい。自分と同次元の人間だと思えない。

 たとえどこかに見覚えがあっても……最近見た記憶が……あっても……あれ?

「通報っっっっっ!」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って!? も、もしかしてっ、つきもり……あかり……?」

「なぜ私の名前をっ…………あれ、同じクラスの……」

「ま、じまです。真嶋しようた

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