市村さんのおしごと

中谷有吾(なかやあるご)

第1話

会社をクビになってしまった。そうやって家でゴロゴロとしていたらツイッターからメッセージが届いた。

「君をスカウトしたい」

 怪しい。そう思いましたが、私はいい感じに無職だったので次の仕事も探さないといけません。とりあえず話を聞いてみることにしました。

「我々は英国の女王からの密命で動いている」

 麻生と名乗る女性はそんな事を言っていました。

「なんですか、それ?」

「英国は、日本国の動向に関心を寄せている。表立っては活動をしていないが、我々の組織を通じて英国は日本政府に対して働きかけをしている。ついては、人手が足りないので、リクルートをしたいと思っている」

 そんなようなことでした。私はいい感じに無職だったのでとにかく職にありつければそれでよいだろうと思ってその話を受けてみることにしました。

「職場は御茶ノ水にある」

そういうことだったのでJR御茶ノ水駅から歩いて15分くらいのところにある雑居ビルの3階に行ってみました。

「英国コンサルティング株式会社」

 入り口にはそう書いてありました。

「なんですか、これ?」

「表向きは、コンサルティング会社ということになっている」

「ふーん、そうなんですか。色々と大変なんですね」

 入ると年の若い女性を紹介されました。

「澄川美香、君の上司に当たる」

「市村です。よろしくお願いします」

「あんた、何?」

 よくわからないが澄川さんは私のことをお気にめさなかったらしい。

「ちょっと、私は使えそうなのをよこせって言ったはずよ。なんでこんな見るからに使えなさそうなのが私の部下になるわけ?」

「澄川くん、残念だが、他に適当なのが見つからなかったんだ。今回はコレで我慢してほしい」

 ひどい言われようだ。しかし、残念ながら言い返す言葉を私は持たない。

「しょうがないわ、今はコレで我慢してあげる。アンタ、名前は?」

 さっき名乗ったんだけど。そう思ったが、しょうがないのでまた名乗ることにした。

「市村です。よろしくおねがいします」

「市村、アンタ、これまで何をやっていたの?」

「発電所を作る会社の品質保証部で画像処理のプログラムとか書いていました」

「使えなさそうね。仕事はできるの?」

「自分で言うのもなんですが、そもそも実用的な仕事は私には向いていないんです」

「私もそう思うわ。アンタに実用的な仕事ができる気がしないもの」

「はい。就職して最初に配属されたのは研究所だったんですが、配属されて半年は研究をしていたのですが(石炭と酸化鉄を混ぜて加熱して二酸化炭素が発生する速度を測定していた)、あまりに仕事ができなくて半年後に研究職から外されて『倉庫にある粗大ごみを捨てる仕事』に回されました。あのときは我ながらビビりました」

「お似合いの仕事ね」

「はい。見張りがいるわけでもないので倉庫においてあった古雑誌を読んで時間を潰していたら結構面白くて、『コレは良い感じの仕事だ』と自分でも思いました」

「良い感じね」

「そんなことをしていたら、そもそも研究所では使い物にならないって判断されて、それで品質保証部に移動になったんですよ」

「聞けば聞くほど使えなさそうね。市村、結局アンタは何ができるの?」

「『アニメを見てアニメの感想文を書く仕事』だったらできるんじゃないかと自分では思っているんですけど」

「残念なことにそれが仕事として成立するのはまだしばらく先のことになりそうよ」

「私もそう思います。本当に残念です」

「人手が足りないのは事実だから、しょうがないからアンタで我慢してあげるわ。私はアンタの上司なんだから私のことは『美香様』と呼びなさい」

 そんな感じで、しばらくは試用期間ということで雇ってもらえることになった。



「国際的なスポーツイベントをなんとかして実施せよと英国女王から指令が来た」

 麻生さんが言ってきた。

「あれ、やらないといけないんですか?」

 夏に国際的なスポーツイベントが予定されていた。前年度からの感染症の世界的な流行を受けて一年間延期になっていたイベントである。

「日本政府は感染症の流行を受けてスポーツイベントの中止をしたいという動向らしい。だが、英国はなんとしてでも開催するようにと日本政府に対して要求をしている。ついては我々も開催するように日本政府に対して働きかけるようにとのことだ」

「面倒なのでやりたくないんですけど」

「市村、アンタはそうかも知れないけど、そもそも私達は英国女王の密命で動いている組織だということを忘れてはダメよ」

「美香様がそういうのでしたら、しょうがないですね」

「ついては君たち二人で首相官邸に赴き、総理に開催を依頼してほしい」

 そういうわけで私は美香様とともに首相官邸に向かった。


「お越しいただき、ありがとうございます」

 総理は美香様を見て言った。

「英国女王はスポーツイベントの開催を要求しています。日本政府としても毅然とした意思で開催に当たって欲しいと考えています」

「そうは言われましても、やはり、感染症の流行があり、現在の日本でスポーツイベントを開催することは難しいのではないかと」

「英国女王の意思です。そのためには日本国民に多少の犠牲が出ることはやむを得ません」

「この件については私だけで決めることはできず、やはり、都知事の同意を得ないことには開催することができません」

「都知事が合意すればよいのですか?」

「はい。それでしたらなんとか」

 そういうわけで、今度は都庁にでかけて都知事に対して開催を依頼することにした。

 その結果として近日行われる都議選において都知事の支持基盤を固めることが開催の必須条件であることが分かった。

 都議会においては、都知事が主導する地域政党が第一党をしめている。それ故に都知事は影響力を発揮できていると言える。近日行われる都議選においてその地域政党が議席を大きく減らすことがあれば都知事の影響力の低下は必須であり、国際的なスポーツイベントの開催を押し切ることが難しくなることが予想された。

 都議選において地域政党を勝利に導くこと。それがどうやら重要らしい。

「美香様、どうしましょうか?」

「悩ましいわね。4年前の選挙では大勝したけれども、今回は苦戦が報じられている。この状況では勝てない」

「やはり無理なんじゃないですか」

「仕事である以上諦めるわけにはいかないわよ、市村、アンタも考えなさい」

「ちなみに、どうすれば勝ちなんですかね?」

「やはり、鍵は一人区。ここをどう抑えるか」

 都議選は中選挙区制で行われる。

 その中で7つある一人区で勝利することが重要であることは論をまたない。

「とにかく一人区を抑える。市議を買収するわよ」

「美香様、そんなお金があるんですか?」

「心配しないで。英国から機密費が出るわ」

 そういうわけで、我々は都議選の一人区の市の市議会議員全員に対して一人あたり10万円を献金し、市議に地域政党の候補を都議選で支持するようにと依頼をすることにした。

「美香様、数百人いる市議全員にお金を配って依頼をするのはけっこう大変だと思うのですが、その作業は誰に依頼するんですか?」

「市村、アンタがやるに決まっているでしょ」

「え、私がやるんですか?」

「アンタ以外に誰がやるのよ」

 そういうわけで、私は市議会議員に対して一人あたり10万円を献金という名目で振り込んで、そして電話・封書・FAX・電子メールの4つの方法で市議に都知事の主導する地域政党の候補を都議選で応援するようにという依頼をひたすら続けた。

 そして都議選投票・開票日。

 目的としていた一人区では7つあるうちの4つで支援する地域政党の候補が勝利することができた。その結果もあり、その地域政党は選挙前の苦戦を覆す善戦を見せ、都議会の第一党ではなくなったものの、都知事の影響力を維持するのに十分な議席を確保することができた。


「我々が行った献金と依頼は、果たしてどの程度選挙結果に影響を与えたんでしょうか?」

「それは良くはわからないわね。すごく影響を与えたかもしれないし、逆に全く関係がなくて我々が何もしなかったとしても結果は変わらなかったかもしれない」

 美香様は遠い目をして言った。

「ただ、英国女王の依頼に対してベストをつくすこと。それが我々の仕事よ」

「これでスポーツイベントも開催できるでしょうか」

「都議会を抑えた以上、おそらく大丈夫だと思う。やるべきことはやったと言って良いんじゃないかしら」

「市議に依頼をひたすらするのもけっこう大変でしたよ」

「市村、アンタも結構やるじゃない。見直したわ。少しは仕事ができるようね」

 そうして、美香様は言葉を続けた。

「市村、アンタのことを気に入ったわ。正社員として雇うように、私から言っておくことにしてあげる。感謝しなさい」

 こうして私の長かった試用期間は終わり、英国コンサルティング株式会社の正社員になることができた。

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市村さんのおしごと 中谷有吾(なかやあるご) @argocorse

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