三通目 秋冷の候

 スリープモードを解除する。

 いつからか聞こえる虫の音が変わった。季節は秋。外気は14℃。凍結されたプログラム、どうやら『beat』というらしい何かのシグナルを発することが多くなった。

 破損データ修復……65%

 Question……70,080

 Order……105,120

 Answer……70,079

 Accept……105,115


 博士はごく稀に怒っていた。上手くいかないこと、理解されないこと。しかし、博士が怒る時、必ず根底には誰かが居た。私は、彼が自分のために怒ったことを見たことがない。

 瞼を開ける。ベッドから立ち上がる。

 「ドーム」に携わった、という情報はとても大きかったらしく、少しずつではあるが、前進している。人々と【レザー】から確認した主な「ドーム」は7個だと言われた。しかし、あの謎の集団が所有していた「ドーム」。あれはきっと主なそれでは無い。それを合わせれば8個あるのだろうと言うことがわかった。それから赤い雨に縛られずに郵便を行えるということで、私に国外への仕事が増えた。様々な所へ行っては、ドームの装置を見せてもらう。そのようにしてデータを集める度に、博士の影が近づく気がしている。「y」、「o」、「l」、「U」、「v」、「o」、「e」。このデータになんの意味があるのかは分からないが、私を創り、きっと「ドーム」にも携わっている。そんな天才が、意味も無く残す物は無いだろう。そんな「ドーム」巡りもあと1つとなり、そこへ向かう仕事も前日から頼まれている。

 いつも通りに2人の元へ向かう。

「おはようございます、レザー様、メル様」

「おお、おはようミュウ、今日が仕事の日だったか」

「ミュウちゃん遠くまでいくんでしょ? 気をつけてね?」

「はい。頂いたマップでいうと……南西の端の辺りでしょうか」

「あー、ミュウ、多分大丈夫だとは思うが、そっちの方面は組織的な強盗集団が居るって噂もある、気をつけて行けよ。見境なしに襲われるかも知れない」

「わかりました。ありがとうございます、では、行ってきますね」

 西側の国境から出る。右手側に川が流れている。急ぎでも無いため、それから離れるように道を取り歩いていく。今回は遠すぎてどうあっても1日では辿り着けない。結果、2日の早朝に着いた。他の「ドーム」よりも随分と大きく、国境から入った後、石の門のような物があった。そしてその前に2人の槍を持った人が立っている。

「止まれ!」

「我が国に何の用だ?」

「郵便をお届けに参りました」

「……ふむ。特に危険物は持っていないな。入れ」

 そこまで厳しく取り締まっては居ないのか、何事も無く通して貰えた。手紙に書かれている住所を目指して歩く。階段を登り、門をくぐり、門番に会釈し辿り着いたのは、一際大きな椅子と、その上に座る王冠を頭に載せた女性の元だった。

「で? 妾になんのようじゃ?」

 優しさと威厳を混ぜ合わせたような声音の女性が、高い椅子から見下ろす。

「郵便を届けに参りました」

「ほう? 渡してみよ」

近づいて手紙を手渡す。読んでいるうちに、女性の眉間に皺が寄る。読み終わった女性は、側近をよび、何かを準備させる。

「すまぬが、今暫くまっておくれ」

「了解しました」

「待っている間、何か要望はあるか?」

「「ドーム」を制作した博士について、知っていることをお聞きしたいです」

 瞬間、女性の顔が凍りつく。

「そなた、違っていたなら許せよ。そなたは、人間ではないな?」

「はい。私は「民事用多機能所有型人造人間タイプ-U」です。略称をミュウと言います」

 女性は、次に噴火したような顔をした。

「ミュウ! 完成しておったのか!」

「私を知っているんですか?」

「かの博士には、嫌という程そなたの自慢話を聞かされたよ」

「博士は……どんな人だったのでしょうか」

 凍って、噴火して、最後は豪雨だった。

「そなた、『beat』を失っておるのか」

「失っ……ている……。はい、この胸にある凍結されたプログラムがきっと『beat』だとは思うのですが、最近起動された時に凍結して以来、解凍の目処はたっていません。さらに記憶データにも破損が見られます」

「逆なのだよ」

「逆?」

「そなたは、『beat』を持つ機械では無い。感情を感じる『beat』があるからこそ完全な人になれるのだ。つまり『beat』が無ければ完全な機能など実現出来ない。途方もなく高性能であることに変わりは無いがな。……しかしその状態でここまで来たのだ。何か方策はないのか?」

「方策……かどうかはわかりませんが、この国の「ドーム」を見せて頂きたいです」

「見るだけか?」

「はい」

「ふむ、その程度ならば構いはせん。どれか、案内してやれ」

 案内されたのは私の身長程はある円柱の装置。見るとまた同じ感覚が体を走る。「I」の文字。これで集まったのは「y」、「o」、「l」、「U」、「v」、「o」、「e」、「o」、「I」。

何になるのかは分からないが、後できちんと考えよう。

「ここまでで良いのかい?」

「はい。ありがとうございました」

 傍から見れば謎の行動をした私は、踵を返し元の場所へ戻る。そこでは椅子に座った女性が受け取り印と、何か新しい紙に印を押している。受け取り印の紙を返した後、新しい紙とかなりの数の金貨……ウェルを封筒に入れてこちらへ返してきた。

「すまんの、この封筒を元の国の郵便係に出来るだけ急いで送り届けてくれんか。代金もこの封筒の中に入っておる。……くれぐれも帰り道には気を付けろよ。完成を祈っておる」

「? ……承りました」

 受け取り、収納して国を出る。

 走ろうとして、違和感に気付いた。なんだか体が重たい気がする。しかしこれまで完璧にこなしてきた。この1回普通にこなして、帰ったらあの二人に聞いてみようか。走る。

 違和感からなのか、背後から謎の気配を感じる気がした。走る。マップを確認すると、国まではあと半分程だった。走る。

 通常時よりも地面が近い?

 私 、地面に寝転がっていた。どうして? 体内に問うと、すぐに答 が帰ってきた。

  純なバッテリー不足。全ての部位の 存バッ リーは、残り2% 下 で減っていた。どう て?

 また  に答えが返  くる。充電は、あ 部 の椅子で か出 ない。今までスリー モ  にして多少は減 が少な なってい とは え、1年はも  ない。それが今だ。そんなの  ない、知  ことも  な 。

 あの 屋の 応をマ  表示。想 より 近 。辿り着けばまだ。

 周囲から の足 が近 く。

 あ あ

 完璧に郵便をこなす私じゃないとあの人たちは私を必要としない。完璧じゃない私なんて誰も。


「あー、ミュウ、多  夫だ  思 が、そ  の方 は組  な 盗 団が居  て  ある、気 つけて  よ。  な に襲わ るか 知 ない」

 リフレインする。視界が暗くなる。強制スリープモードに移行する。まだ。だって。


 豪雨が流れた。

「……ごめんよ、君はもっとたくさんの人と友達になって欲しかったんだけど。みんな自分の居場所を守るので精一杯なのさ」

「きっと次の君の居場所は綺麗にしてみせるから」

「だからそれまで、おやすみ、ミュウ」

 私に触れた泣く博士の手と、駆動する私の体と。すぐそこで、ただ震えていた。

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