一通目 麗春の候

 スリープモードを解除する。

 香りを感じるセンサーに、微かに花の匂いが届く。季節は春。外気は16℃。相変わらず胸部パーツの辺にある凍結されたプログラム以外は問題なし。

 破損データ修復……未だ0%。

 瞼を開けると小さな部屋。適当な場所でいいと言って入った、空いていた部屋にあったベッドに腰掛けていた。壁や床には大量の用途不明の物品が置かれている。

 私は博士の家から、彼らの居住する国に連れて行かれた。初めは博士が不在なので家を開ける訳には行かないと断った。しかし、長期の不在が確認出来、博士からの最後の質問のデータが破損している。待ち続けていても帰ってくる可能性が低いと判断した。

 物置を出て彼ら……私を起動した青年と女性の元へ向かう。今日は9時に彼らが朝食を摂る場所へ来て、と言われていた。

 9時まであと6秒の所で入口に着く。中から2人の話し声が聞こえた。

「じゃあ何? あの……アンドロイド? をうちで働かせるの?」

「ああ、あいつを今すぐどうこうする訳でも無いけど、ほっとく訳にも行かないだろ」

 私以外にもアンドロイドがいるのだろうか。1秒前。扉を開ける。外から9時を知らせる電子音が流れてきた。

「おはようございます。9時に参りましたが、お邪魔だったでしょうか?」

 話の途中に入ったことは明らかなので、一応断りを入れる。少し驚いた顔で固まっていた2人は、揃って首を横に振った。大まかな顔の作りが揃っている。黒い短髪と茶のポニーテールが揺れる。

「いやいや、時間ぴったりだね、おはよう。君のことを話してたんだよ」

「私の事ですか?」

「そうよ、こいつがあなたのことをうちで働かせるって言うから……」

「そうだ、君は博士を探しに行くって言ってたろ?ただその拠点として、あの元の家を使うには不便だ。だからうちの仕事を手伝って貰う代わりにここを拠点とするのはどうかな、ってね」

「……仕事、とは?」

「郵便屋さ。人々の手紙を受け取り、それを届ける」

 自信ありげに答える青年を見て、しかし違和感が先行する。

「メールデータの転送を請け負う必要性が見いだせません。どうしてそんなことを?」

「データじゃない。紙媒体だよ。手紙って奴さ」

「? どうしてわざわざ紙媒体を? データの送受信の方が手間も時間も短縮出来ると思いますが」

 青年はその問いに答えようと少し考えるが、上手い説明が思いつかないのか頭を捻らせる

「ほら、あれだ、そのー、ネットワークが……そのー……」

「この世界に、最早世界中を繋ぐネットワークは残されてないのよ。あなたも見たでしょ? あなたの家からここまで来るまでの大自然の世界を」

 溜息を着きながら言葉を引き取って、女性がそう答える。そしてとても言いにくそうに

「今はもうネットワークは、赤い雨を防ぐことの出来る「ドーム」の中の、さらに中枢にしか繋がっていないのよ」

 そう言った。少しの沈黙の後、青年が話を続ける。

「だ、だから俺たちはみんなが書いた手紙を、この国の中や外に届けてるってわけさ」

「現在の情勢は理解しました。しかし、あくまで私の第1目標は博士の発見です。あまり支障が出る事は了承しかねますが、大丈夫でしょうか?」

「それは大丈夫だよ。大体はこっちでやって、どうしても手が足りなくなったときにだけ頼むからさ」

「了解しました。引き受けましょう。私に命令を出すための擬似マスター認証に入ります。私の手をお取りください」

 私は青年と女性に手を差し出す。2人は片手ずつ手を取りながら苦笑いを浮かべる。

「あんまりにも自然に話すから、こんならしい事しなけりゃ君がアンドロイドだってこと忘れそうになるよ。擬似的な会話が出来るアンドロイドは随分増えたけど、君はほんとの人と会話してるみたいだ」

「見た目も作り物っぽくないし、あそこで見つけたことを知らなかったら、誰もアンドロイドだって分からないんじゃないの?」

「指紋認証開始。私の中には、記憶メモリにない情報を質問し、メモリにある情報を解答するシステム「Q&A」システムがあるだけです。……指紋認証完了。これより当指紋と一致する、【個体名レザー】と【個体名メル】2名を擬似マスターとして認証します。優先権は……共に2、許可出力は60%です」

 システムに設定された言葉を発しながら、私は解答する。優先権1はマスターである博士だ。

「それでは、何時でも私に命令を与えてください。それと、見た目に関して、客観視したことは無いため正確な情報がありません。良ければ情報を提供してくださいませんか?」

 質問に対して、【個体名メル】が反応する。何か思いついたようにちょっとまっててね、といって隣の部屋へ行き、布に覆われた何かを抱えて帰ってきた。

「これ、鏡を作る人へ手紙を送った時にお礼に貰った鏡なんだけど、あたしのはもうあるし、汚すのもって事でしまってたのよ。後であなたの部屋を作ってそこに置いておくから、これからあたし達からの仕事の前に身だしなみを整えるときとかに使って」

 そう言って布を取った。シンプルながらも繊細な銀のツタ植物のような装飾を縁にされた鏡が私の姿を映す。髪は長い白色。真っ直ぐ肩下まで降りている。肌も色白で、明るい金色の目が唯一強い色だ。体格も大人と言うほど大きくなく、白い少女、と言うのが最もらしい姿だった。長い丈のドレスのような服は1番最後に追加された衣服モジュールである。

「君は自分で色をつけるんだ」

 急に耳元で囁かれ、後ろを振り返るが誰も居ない。急な動作に、見ていた2人が驚く。

「どうしたんだ?鏡で後ろに何か映ったか?」

「一緒に見てたけど、何も移ってないと思うんだけど……どうしたの?」

「いえ……何でもありません。バグか気のせいだと思います」

「バグはなんでもなくないと思うんだけどなぁ。あ、それと君にこれから仕事を頼みたいんだけど、いいかな?」

「問題ありません。しかし、未経験の事象なので遂行出来るかは確証できません」

「あー、そうね、じゃあ今回だけあたしがついて行くわ。残ってた仕事って、あのマンションの人へのやつでしょ? 同じ方面の仕事があたしにもあるから」

「助かるよ。じゃあ……あー、なんて呼べばいいかな?」

「ミュウで結構です。それ以外にも、何かつけたい呼称があればそれでも構いません」

「ミュウちゃんだ!」

「はいはい。それじゃあミュウ。今回はメルに教わりながらやって見てくれ」

「了解です。逆に私は、両名をなんとお呼びすればよろしいですか?」

「あたしはメルでいいよ」

「俺もレザーで構わないよ」

「はい、ではメル様、レザー様と。メル様、いつ出発しますか?」

「あー、うん。用意してくるから、その後で」

「了解しました」

 その後、4、5時間受け取り確認の仕方や、いくつも国が分裂した事で産まれた統一硬貨「ウェル」。各種携行装備の使い方など、基本的な手順を教わり出発した。「ドーム」と呼ばれていた国の中は私が記憶していた国とほぼ一致していた。その中を歩いていくうち、集合住宅が2列に立ち並ぶエリアが見える。道は、その中央に続いていた。

「あそこの右側の手前から2つ目のマンションがあるでしょ?あれの302号室が依頼の人だよ。優しい人だから大丈夫だとは思うけど、一応ついて行こうか?」

「いえ、手順は覚えました。本来の仕事に戻って下さい。ありがとうございました」

「ううん、後で感想聞かせてね、頑張って」

 そう言って別の道を行く【個体名メル】を見送る。そして私も教えられた通りの部屋へ行く。持っている手紙と同じ名前の部屋にたどり着いた。扉の横にある呼び出しのボタンを押す。軽いベルのような音がして、扉の前に人のシルエットが映された。

「どちら様? ……あ! この時間はメルちゃんね! 今出るから待ってちょうだい!」

 聞こえたのは妙齢の女性の声。手順を再生処理しながら声を出そうとすると、その前に扉が開く。しかし笑顔の人物は、私の顔を見て露骨に顔をしかめた。

「……あら、どちら様?」

 崩壊した手順を再構築しつつ答える。

「郵便から参りました、「民事用多機能所有型人造人間タイプ-U」です。お手紙のお届けにまいりました」

「みん……え? よく分からないけど、メルちゃんの代わりにアンドロイドが来たってこと……かしら」

「そうです。こちらのお手紙をお受け取り下さい」

「メルちゃんが来ると思ってたのに、なんでアンドロイドなんかが来るのよ」

「私の目標を探索する拠点を借りる代わりに、と仕事を承りました。お受け取りになられましたら、こちらへ印となるものを。」

「ふーん? まぁなんでもいいわ、なになに……」

 女性は手紙を受け取ると封を開けて読み始めた。すると私に向けていた顔がまた笑顔に戻る。

「あら、またあのお店再開するのねぇ……」

 と、小さく頷きながら読み終えた女性は、ふとこちらに見返った。そして顔をもう一度しかめ、差し出した受け取り確認の用紙にサインを残した。

「ありがとうございます。確かに頂きました。それでは失礼します。郵便をまたご利用ください」

 私がお辞儀をすると、視界の端で扉が閉まる。それを見てから体を起こし1階まで降りる。道まで出た時に、頭上からねぇ、と声が聞こえた。振り仰ぐと、先程の女性がこちらに手を挙げている。

「この後メルちゃんに会うのよね!?」

「はい、メル様にはこれより報告へ向かいます」

「ならちょっと急いで戻ってきてちょうだい!」

 急いで、という事だったので、私は三階への最短距離へ目測を付ける。そして三階へ跳躍する。女性に万が一にでも衝突しないように階段の傍へ着地して、大きな荷物を持つ女性の元へ向かう。

「何してるのよ、ここ三階よ!?」

「急いで、との事でしたので」

「……めちゃくちゃねぇ。まぁいいわ。これ、メルちゃんにいつもありがとうって渡しておいて。アンドロイドなんかにいくら感謝したって無駄だろうけど、メルちゃんにはお世話になってるから」

「確かに私には特別感情を読み取るシステムは、……はい。現在稼働しておりません。こちらはメル様へお渡しします。それでは」

 今度こそ道を戻る。それにしても、先程のわだかまりは何なのだろう。感情を読み取るシステムは確かに無い。それでもそのシステムを検索すると、何かが抜け落ちた感覚が残る。破損したデータに何か残っているのだろうか。修復の方策を検索しながら進むと、道の合流点で【個体名メル】が立っている。周囲は暗くなっているがこちらに気付いたのか、手を振っている。

「お疲れ様、初めての郵便どうだった? って、初めからお返しいただくなんて、相当良かったのかな?」

「いえ、こちらはメル様への物だそうです。拠点に帰還次第お渡し致します」

「んー? そうなの? よく分からないけど、もう遅いし帰ってから色々聞こうかな」

 そして拠点に帰り、食事をしていたテーブルで女性から【個体名メル】への荷物を開封しながら今回の仕事について報告をした。

「そんな人たまにいるんだよねー。気にしないでね、ミュウちゃんは悪くないから」

「今回の担当が急遽変更になったのは事実です」

「まぁそうなんだけど。あ、それとミュウちゃんの制式名称なんていちいち言わなくていいからね、ミュウちゃんはそうじゃなくても人間みたいだし、ミュウだけでもでも問題ない筈だから」

「承りました。以後略称のみとします」

「うんうん。あ、これ、欲しかったやつじゃん。ありがとうおばちゃん! 早速……って、ミュウちゃんっていくら人っぽいっていっても、シャワーで洗ったりとかスポンジで擦ったりとか出来ないよね? 汚れどうするの?」

「私のボディは水で問題を起こすことはありませんので、一定期間ごとに博士に流水による水洗を実施されておりました。衣服モジュールはボディ内に収納すると自動洗浄が行われます」

「シャワー浴びれるんだ……やっぱ人間みたいだね。じゃああたしがこれから入るから着いてきて、場所教えるよ」

「了解しました」

 ついて行った先で説明を受けていると収納機構について興味を持たれたので実演すると、お湯かけてみてもいい? と流れで一度に2人がシャワーを使うという無理をして洗浄を終える。

「いやぁ、すごいね、こんなアンドロイド見たことないわ。ミュウちゃんを作った博士って人は誰なのよ」

「すみません、記憶データが破損しているようで、まだ確かなことは多く判明しておりません」

「それは残念。でも、これから博士が見つかるまでミュウちゃんと居られるなら、私は嬉しいわ、ありがとう、ミュウちゃん」

「嬉し……い」

 何かが引っかかる。針を体内に刺されたような。

「どうしたの?」

「い……え。朝におっしゃっていたこの拠点での部屋とは何処なのでしょうか」

「大丈夫? ……これだけ人間みたいだと、疲れとかもあるのかな……? 案内するよ」

 机と椅子、そして例の鏡それからベッドと簡素だが清潔に保たれた部屋だった。

「ここがミュウちゃんがここに居る時の部屋だよ。自由に休んでね」

「はい」

「それじゃ、また明日」

 扉が閉められて、部屋の中が真っ暗になる。ベッドに腰掛ける。記憶メモリに記録された今日を思い返す。あの違和感は何なのだろう。分からないが、この原因がはっきりとした時に答えが出るのだろう。

 私は目を閉じた。

 体内のどこかから、振動が伝わる。

「初めまして、ミュウ。僕の友達。やっと会えて嬉しいよ」

「……いつか、ホントになったら、嬉しいなぁ。いや、そもそも必要ない方が、みんなは嬉しいか」

「ミュウの手はあったかいなぁ。僕なんかより、よっぽど。24年一緒にいたのに、こんな嬉しいことが最後に知れた。」

 遠くの博士は、嬉しそうに笑っていた。

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