第2話
ある日の昼休み。
学級内の女子生徒達による毎年恒例の男子格付けが開催されていた。そこで恋人のいない女子達は今年の狙いを皆に明かし、誰にもとられないように、誰とも相手が被らないように打ち合わせをする。勿論、心菜も女子生徒であるのでこの会には絶対に参加する。自分の狙う相手がいなかったとしても、彼女の恋への探究心がその会へ彼女を誘うのであった。
しかし今年の心菜は少し違う。昨年は気になる人などいなかったが、今年は気になる人ができた。それは国語科の金井剛志である。なぜだか、心菜は始業式の日から金井に心を奪われている。
「それで、心菜は?」
「好きな人とか、気になる人とかできた?」
心菜は元気よく皆に『うん、金井先生!』と言おうとしたが、言葉をとっさに飲み込んだ。彼女は考えた。ここで『金井先生のことが好きだ』と皆に知られたらまずいと。何がまずいのかは彼女しか知る由もないが、とにかくそれはまずいので皆の前でそれを言うのはやめた。そして彼女は嘘をついた。
「いないかな・・・」
すると恋愛博士の天津寧々はこういった。
「そうね、あなたは出会いを探さないと。私と合コンでも行くか?」
「な、何いているのよ。行くわけないじゃない。」
「あーあ、そんなこと言っているから中々好きな人ができないのよ。」
女子達にちょっとしたバッシングをされたが、その場を何とかやり過ごした。しかしその中には、心菜が嘘をついていると見破っている者もいた。彼女の親友・翠子である。
「ちょっと、あんた何隠しているのよ?」
「え?」
LHR(ロングホームルーム)の時間の時である。昼の心菜の反応を見た翠子は気になって彼女に聞くことにした。
「しらばっくれても無駄よ。いるんじゃない?いいと思っている人。」
「またまたー、いないよそんな人。」
「あんたさ、何年一緒にいると思っているのよ。顔を見れば流石に分かるわよ。それに、私の初カレについて聞くことを忘れているしさ。」
『そういえば・・・』と心菜は気付いたがもう遅い。すでに終えていることだし、そのハッとした反応で翠子は恐らく確信した。
「隠さないで白状してみなさい。」
「はぁ、あなたには隠せないわね。実は・・・」
「金井先生!」
驚いた翠子の声に学級内全員が2人を見た。『あ、何でもないです。ごめんなさい。』と翠子は素早く謝罪した後に今度は小さな声で言った。
「あんなのがいいの?」
「あんなのじゃないよ。金井先生は私のリアコよ?」
「全く・・・。百歩譲って鳴海先生よ。それが何、あんな堅物がいいの?」
「もう、私も分からないわよ。でも、この間金井先生に話しかけられた時、もう心臓が破裂するかと思ったんだから。」
そんなこんなで翠子に心菜の金井に対する気持ちが知られたものの、2人はどうすることもできない。本来ならばここで翠子は『ちょっと、行っちゃいなよ』と彼女の動きを促していただろうが、相手は教員である。流石にそれはできない。翠子にできることと言えばせいぜい、叶わぬ恋をしてしまった親友を哀れに思うことくらいであった。
しかし当の本人は翠子と同じ考えではないようである。翠子に金井への思いを告げてからというもの何やら勉強を張り切っている。まず、既に漢字検定2級を取得しているというのに心菜は今度は次の準1級取得を目指して勉強し始めた。それだけでなく、金井が趣味だと言っていた古典文学の読書も始めた。その様子を金井に見せて気持ちだけでも察してほしいという思いである。
そんなある日のこと。季節は秋になっていた。小春日和の空気に包まれて、心菜は1人で中庭のベンチに座っていた。その日、翠子は学校をさぼって彼氏とデートへ出かけていた。ベンチに1人、座って金井の愛読書でもある紫式部の『源氏物語』を読んでいた。4月から少しずつ古典文学と古典の文法などを勉強していた心菜は既にすらすらと古典文学作品を読めるようになっていた。そろそろと思い、金井の愛読書『源氏物語』に手を出してみたのである。しかし思いの他、その物語は過激なものであった。
恋愛初心者である心菜からすれば、これははしたない所謂『エロ漫画』を読んでいるも同然だった。日に照らされて少し暑かったのも相まって、彼女は耳まで真っ赤になっていた。とあるラブシーンの終末近くに差し掛かった時、隣に誰かが座った。彼女は驚いて反射的にページを勢いよく閉じてその人と距離を取った。
「あはは、そんなに驚かなくてもいいだろう。」
『この声は・・・』と顔を上げると、それは金井であった。
「かかかかかか金井先生・・・!」
「それ、源氏物語でしょ。」
唐突に意中の相手・金井に話しかけられたのと、源氏物語を読んでいることを知られた恥ずかしさで、心菜は増して赤くなった。何だか気まずくて黙ってしまった心菜に対し金井は余裕なものである。
「源氏物語、僕も好きなんだよね。」
「知ってます・・・。」
と思わず言ってしまった自分に心菜は叱責した。これではまるで『金井先生が愛読している書物を読んでみたかったです』と自白している様だ。
「この話、難しくない?僕が高校生の時はちゃんと読めなかったけど。」
「大丈夫です、勉強したので結構読めます。」
「へぇ~。それなら結構勉強したんだね。」
と言った金井の言葉には少し含みがあるように感じたが、心菜は気にしないことにした。もう、何を考えても何を言っても自分の墓穴を掘ってしまいそうだからである。次に金井が口を開きかけた時、幸いにもチャイムが鳴った。
「もう時間だね。授業、遅れないようにね。」
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