私のリアコは先生です!

玉井冨治

第1話

 ここに一人の少女がいる。彼女の名は榊原心菜で、現在は高校2年生。どこにでもいる冴えない女子高生である。と、本人は思っている。しかし現実はまた少し違ったものである。

 榊原心菜という人物は、自分では地味で誰からも見られる価値のない人間であると思っているが、周囲の人間からは大人しい清楚系美少女として見られている。当然、本人はそんなこと知る由もない。しかし確かに彼女はかなりのモテ女であり、アプローチを受けているはずなのである。

 多くの男子は彼女のことをこう呼ぶ。


 『俺のリアコ』


 因みにこの『リアコ』とは、「リアルに恋している」の略で最近の若者がよく使用している言葉ならしい。大抵は有名人やアニメキャラクターなど、到底手の届かない相手に向けて使用する。では心菜に対してはどうであるか。心菜はごく普通の女子高校生で手に入れようと思えば、誰でも手に入れることができる。しかし心菜には、他の女子にはない魅力というものがあり、そしてそれには理由があった。

 それは一体何なのか。それは男子生徒の多いこの田舎の学校で心菜はまるでマドンナ的な立ち位置であり、そして彼女はあまりに高嶺の華であるということである。彼女は学内随一の美少女でその魅力は教員陣も認める。男子生徒達にとって彼女は高嶺の華過ぎて手を出すことができない存在なのである。まるでどこかの国のお姫様の如く。

 そんなことだから心菜に声を掛ける勇気のある者などなく、それが原因となり彼女は『自分はモテないし、魅力もない』と思ってしまうのであった。常に多くの視線が彼女を襲っているはずであるが、彼女は余りにも無知で余りにも鈍感なためそれに気づく由もなかった。


 「ちょっと、あなたにも彼氏ができたって本当?」

 「・・・やばっ、もう知っちゃったの?」


 心菜の親友である笹山翠子は春休みの間に恋人を作っていた。しかしその事実を心菜には話していなかった。それは心菜の性格上、かなり面倒なことになると知っていたからである。心菜は生まれてこの方恋をしたことがないが、彼女を取り囲む人間は恋愛体質が多かった。彼女自身、恋愛ものの物語が好きだったのもあり、幼い頃から恋に対して人一倍興味関心があった。だから恋をしただの、恋人ができただのという話を聞けば彼女は根ほり葉ぼりこれでもかというほどしつこく細部まで聞くのだった。だから、翠子はあえて心菜には言わないでおいたのである。


 「まぁまぁ、後でゆっくり話すから。」

 「今がいい、今がいい」


 今聞きたいと駄々をこねる心菜を落ち着かせながら歩く。そう、今日は始業式。あと15分もすればそれが始まる。きっと、今直ぐに翠子が心菜に恋人ができた経緯を話しだせば30分はかかるだろう。それだと始業式開始に間に合わない。そんな先のことを見て翠子は今は話さない選択をしたのである。しかし、別に話す必要もなくなるのであった。なぜならば心菜はこの20分後くらいには、翠子の恋愛事情などどうでも良くなるのだから・・・。


 「えー、では次に2年生を担当する教師陣を紹介します。」


 と、2年生を担当する教員達が次々と簡単な自己紹介をしていく。まずは1組担任・副担任・・・。そして運命の時が来た。それは、心菜と翠子が所属する5組の副担任であった。背が高く、綺麗にスーツを着こなしている。銀縁のスマートな眼鏡を装着し、いかにもガリベンな雰囲気。


 「初めまして、2年5組の副担任になりました新任教師の金井剛志です。担当は古典を中心とする国語です。どうぞ、よろしくお願いします。」


 たったそれだけの挨拶だったが、心菜の胸に響くものがあった。それが一体になのかは分からないが、彼女は金井の挨拶を聞いて彼に釘付けになった。男性らしい強さのある声、しかしそれはただの低音というものではなく内臓に響くような心地良さがある。

 しかし心菜の周囲の人達は彼女ほど歓喜的な心境ではなかった。それもそうであろう。古典はただでさえ『居眠り専門教科』であるのに、金井のような落ち着いた雰囲気の教員が担当すればその授業は子守唄でしかない。居眠り必至である。にも関わらず金井は厳しそうな雰囲気もある。きっと無理にでも起こすだろう。と、他の生徒は想像していた。

 金井の他にも新任教員はいて、彼の名は鳴海瑛太。その鳴海は勉学に厳しそうな印象の金井とは違い、何んとも馴染みやすそうなオーラを放っている。背丈や体の細さはそこまでの差はなさそうだが、出で立ちがそう言っている。

 教室に戻ると早速、新任教師二人の話で持ち切りなっていた。しかしそのほとんどが金井と鳴海を比較した話であった。


 「金井先生はちょっとやばそうだよね。」


 それは恐らく『授業が詰まらなそうだ』という意味である。これが生徒達が感じた金井に対する第一印象と言うやつである。


 「ねぇねぇ、鳴海先生格好良くない?」

 「それねー、やばいよね!」


 一方こちらの『やばい』は恐らく『格好良すぎて鼻血が出てしまいそうである』という意味である。金井とは違い、鳴海の方は大分良い印象を生徒達に与えられたようだ。しかし全ての生徒がそうとは限らない。何せ1学年・300人以上いる学校である。中には金井派の者もいれば、新任教師に興味などない者もいる。因みに心菜は前者である。

 少しすると金井が教室へやってきて『あと少しで担任の小窪先生が来るけど、先に配布してしまいます。』と言って、静かに配布物を最前列の生徒に配っていく。

 心菜は今までにない感覚を覚えていた。配布物を配ってる金井に見とれていると、胸が弾んでしまう。何かで心臓を優しく包まれたかのように胸が温かくなり、金井と目が合うと鼓動が速まり、そして顔が赤くなるのを感じた。

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