第6話 兵士・イリアス3 知事の酒

イリアスとアルキノは知事の部屋にいた。人質である知事の見張りだ。


アルキノは見張りはそっちのけで棚を調べて酒を探す。知事はそれを咎めるでもなく見ていた。


知事はイリアスがおぼろげに覚えていたとおりの、ビール腹の中年男性だった。鼻がほのかに赤い。やはりアルコール中毒に見える。しかしその目はしっかりと座っており、酔っているようには見えなかった。


「くそっ、どこにもねえな。誰かが先にもっていったか」アルキノは戸を勢いよく締めた。


「知事さん。どこかに酒隠してるんじゃないのか?偉い人は見つからない場所に高い酒を隠してたりするんだろ?」


「そんなものはない」と知事は答えた。「そんなもの隠してどうする。いちいち酒を隠してたら飲むのが大変だろう」


アルキノは剣を抜いた。


「おい、バカにしてんのか。正直に答えないと痛い目見るぜ」


イリアスは驚き、「おい」と声をかけて制止した。


アルキノとイリアスの目があった。イリアスはアルキノが「ただの脅しだから黙ってろ」といっているようだと感じた。


「強盗のような真似はよせ。それでも君らは兵士だろう。たかが酒のために剣を振るうなんてみっともない」知事が吐き捨てるように言う。


「酒のためがみっともないか」とイリアスは答えた。「兵士がこんなことをしてるのはなんのためだ。国が金を払わないせいで酒も飲めず、飯も十分に食えないからだ。安全な場所で飲み食いしてでかい腹になってるお前に説教される筋合いはない」


イリアスが剣を持ったまま知事ににじり寄る。


「待て。私が悪かった」知事は二人に謝る。「元兵士の境遇については私も同情的だ。しかし兵士の給料は国庫から出る。私にはどうにもできん問題だ」


「ああ。だから交渉するのは国だ。あんたはただの人質だ」イリアスが答える。


「私個人に人質としての価値がどれだけあるのかわからんが」


「交渉材料はあると聞いている」


「ああ、あの元・兵士ギルドの男か。彼では交渉に失敗するぞ」


「スミルナのことか? どういうことだ」


「ああ、そういう名前だったな。やつはこの段階で妥協などする気はない。やつはこの反乱を全国的な反乱に広げようとしている」


「何を根拠に」


「やつは元兵士ギルドといったが、今でも兵士ギルドのコマだ。反乱を全国に広げるのは兵士ギルドの方針だ。複数の情報源から確認済みだ。兵士ギルドの筋書きでは、この反乱は軍隊によって鎮圧される。全国に散らばる元兵士は、反乱に同情的だ。国の無慈悲な鎮圧に怒り狂い、兵士ギルドを中心とした反乱が起こる。つまり、クーデーターだ」


「イリアス、真に受けるなよ。デタラメ言ってるかもしれないんだからな」とアルキノは言った。アルキノはこの話にあまり興味を持っていなさそうだった。


「ちゃんと聞いておいたほうがいいぜ」知事が忠告する。「お前らが尊い犠牲者となって死ぬ予定だって話なんだからな」


「兵士ギルドには将校はいねえ。そんな奴らがクーデーターなんて起こせるわけねえだろ」


知事はくすりと鼻で笑った。


「兵士ギルドとつながりのある将校がいるんだよ。誰もが知っている人物だ」


「誰だ」とイリアス。


「ここからは、機密事項だ。おれに協力するなら話してやってもいい」


「協力?」


「ああ、兵士ギルドの描いている筋書きを、書き換えてやろう。もっと穏健で、建設的なほうにな」


「協力の対価は?」


「成功報酬を個人的に支払おう。兵士の給料1ヶ月分だ。それとは別に仕事を斡旋する」


 悪くない、とイリアスは思った。


「手付金代わりで食料と酒も現物支給しよう」


イリアスはアルキノを見た。


「俺は悪くない話だと思う。この男には何か案があるみたいだ」


 アルキノは「お好きにどうぞ」というような顔をした。


「わかった。協力しよう」


 知事は微笑んだ。


「交渉成立だ」


 知事は立ち上がり、隠し扉を開ける。隠し扉の中には高そうな酒の瓶が入っていた。


「現物支給だ」


 アルキノの目が輝いた。


「おれも協力する」

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