文学少女JKは勢い余る






 「はぁ……」


 最近よく、ため息が出る。

 そしてそれは週末が近付けば近づくほど頻度が高くなっていて。

 以前まではすごく楽しみなだけだったはずのイベントを、複雑な心境で迎えることになっていた。


 「お前さあ、わかりやすすぎ。また王子様のこと考えてんの?」


 「ああ、あの完全敗北した王子様?」


 「ちょっと前までは金曜日なんてむしろ元気過ぎてうざかったのになあ」


 いつものメンバーに囲まれて、私は机に突っ伏していた。

 文化祭も終わって、2学期最中。青春真っ盛りなはずなのに、私の心の空は曇りっぱなしだ。


 「まあ、諦めろって。流石に勝ち目ないし、しかも相手は1人じゃないんだろ?」

 

 「なんか聞いた話によると中学生に襲われてたんでしょ?ヤバすぎどんなエロ同人だよ」


 「ってかそんな幅広く手出してるとか……あの王子様もなかなかやり手だな……」


 「うるさいうるさいうるさーい!」


 私の頭上で無遠慮に飛び交う会話を聞いてられずに、私は腕をぶんぶんと振り回した。


 「癇癪起こすなよ……事実なんだろ?」


 夏が終わっても未だに日焼け少女な初美にぶっきらぼうにそう言われて、ぐぐぐと呻くことしかできない。


 「王子様はチャラ男だったか……」


 「チャラ男では、ない、よ」


 チャラ男とは、女の人を複数人だったり、とっかえひっかえしている人を指す。

 でも将人様は、そういうタイプじゃないと思うんだけどなあ。


 「でも少なくとも2人はもう既に付き合ってるわけでしょ?」

 

 「いや、この前の五十嵐先輩も付き合ってるわけじゃなかったし……あのロリっ子も、将人さんの方からって感じじゃなかったから……」


 「付き合ってないのに襲ってる方が問題だろ」


 「それはそう」


 将人さんは、女の子を惹きつけてしまう性質の持ち主、という他ない。

 良い人だからこそ、無防備だからこそ、私達を狂わせる。

 まあ、言ってしまえば、私もその色香に引っかかってるわけだけど……。


 「でもそれって逆を言えば、汐里も付き合ってないけど襲えばワンチャンあるってことでは?」


 「……」


 ……言われてみれば、確かにそうかもしれない。


 少し真剣に考えてみる。

 正直、このまま私がヒロインレースに勝利して、将人さんの彼女になれる確率は、高くないと思う。

 元芋女の私がどれだけ背伸びしたところで、手が届く相手じゃない。


 「おいこいつ真剣に考えだしたぞ」

 

 「友人が捕まるところを見るのは悲しいよ」

 

 こいつらの話は無視して……。

 ……今は、まだ将人さんに特定の相手がいないことは確かだ。

 であれば、今なら。

 多少強引に迫っても、拒否されないのでは……?


 彼女になれる自信は1ミクロンもないが、好意的に見てもらえている自信はある。 

 ここ最近は、すごく親しみやすいと言ってもらえてるし。絶対恋愛的な意味じゃないけど。

 

 隙をついて、ちょっとした思い出を作るくらいなら、正直できると思う。

 ……まあそんなことしたら、嫌われる可能性は大いにあるけど。


 「ダメだこいつ、本当に犯罪者の顔してる」


 「それは元からじゃね」


 「はい、ライン越えです」


 流石にキレた私が立ち上がると、「わ~キレた~w」と蜘蛛の子を散らすように逃げていく初美とまな。


 「失礼過ぎるだろあいつら……」


 「ま、でもなんか真剣過ぎて怖い顔してたよ今の汐里」


 「う……」


 唯一近くに残った三秋が、丁寧にネイルをしながら気怠そうにそう言った。

 三秋には、彼氏がいる。

 もう結構長いことお付き合いを続けている三秋の事を、私達はいつもからかって遊んでいるけれど、心の底ではすごいなと普通に尊敬しているのだ。 


 だから少し、聞いてみたくなった。

  

 「三秋はさ、自分の好きな人とか、彼氏が、他に好きな人とかいたらどうする?」


 「……どうするって言われてもなあ」

 

 三秋は綺麗に塗り終わった爪を手を広げて眺めてから、「うーん」と少し考えて。

  

 「私多分、例えば今の彼氏がもう1人2人彼女作ったとしても、あんまりなんとも思わないかも。別に自分にちゃんと構ってくれれば、それで良くない?」


 「そ、そういうもんなんですかね?」


 「だって、今は男の人が少なくて、女が相手いない事が増えるのが当然の世の中で。付き合ってくれるって真剣に考えてくれるのなら、そんなに嬉しいことってなくない?」


 「……」


 「1人を愛する事イコール誠実、なんて考え方は、すぐ変わるよ。どうせすぐ、一夫多妻制も導入されるだろうし。その時に、自分が枠に入ってさえいれば良いかなって、私は思ってる」


 フラれたら、しがみつくけどね。と冗談交じりに付け加えた三秋。

 やっぱり三秋は、考え方が大人だ。私とは、全然違う。


 少しまた、考えてみる。

 将人さんがもし、複数人と付き合う人になったとして。


 私なんかが、その枠に入れるだろうか?

 

 何度考えてみても、自信を持って「入れる」と考える事は、私にはできなかった。



 

 

 

 そして気持ちを少し整理してから臨んだ、翌日。

 将人さんとの授業を楽しんでいた私に、衝撃の事実が降ってきた。


 「ちょ、ちょっと待ってください。しかもさっき、“も”って言いましたよね?ってことは、複数人から……?」


 ここ最近、思い悩む姿が増えた将人さん。

 その悩みが、十中八九女性絡みだろうとあたりをつけた私は、いかにも相談に乗れる良い女感を演出して、話を聞いた。


 しかしそれが、複数人からの『告白』という想定外のものだったからこそ、衝撃を受ける。

 

 「う……そ……」


 けれど冷静に考えてみれば、これは十分想定しうることで。

 いつまでも「大丈夫」だと思っていた私が、単純に楽観的過ぎたというだけ。

 こんな素敵な人を、いつまでも世の中が放っておくはずがないのだから。 

 

 「ごめんごめん、こんな話聞いても面白くないよね」


 「いや、えっと……面白い、面白くないとかではなくてですね……」


 感情がぐるぐると回る。心臓の鼓動が速くなっているのが、自分でもわかった。


 もし、告白を受けたとして。お付き合いが始まったとして。「じゃあ私も……」と言って、受け入れられることがあるだろうか?

 無理だ。

 それは将人さんもそうだし、なにより先んじた女側が許すはずがない。

 私がそっちの立場だったら、許したくないし。


 心配そうにこっちを見る、将人さん。

 その表情すらも、愛おしく感じる。


 いくら複数人と付き合ってくれるかもしれないとはいえ、将人さんの時間は有限だ。

 どんなに完璧超人だとしたって、10人と付き合えるわけはない。

 

 将人さんの性格からして……先に付き合った女の子を軽んじるようなことはしないだろう。


 「ちょ、ちょっとお時間頂けますでしょうか~?!大量のお花を刈り取らなきゃいけないので、ええ」


 混乱した頭を整理するために、急いで部屋を出た。

 お手洗いについて、扉を閉めて、深呼吸。


 ずるずるとその場に崩れ落ちて、両手で顔を覆う。


 「はあ~……」


 まさか、こんなことになるなんて。

 とりあえず今は、将人さんとの時間を楽しもう、なんて思ってた数時間前の私がバカみたいだ。


 覆っていた手を外して、両手を眺めて。


 「……これが、最後のチャンスになるかもしれないってこと?」


 ここで私が将人さんの相談に普通に乗って、「じゃあお付き合いしてみようかな」となったら。

 もう、将人さんは私と付き合ってくれることはないだろう。


 ということは、今日が最後のチャンスになってもおかしくない。

 私は週に1回しか会えないのだから。


 来週、「付き合うことになった」と言われたら、私は平静を装える自信がない。

 最悪の場合、もう会えなくなることすら、あり得る。


 ーー会えなくなるかもと思った瞬間に、将人さんとの、思い出が頭の中を駆け巡った。


 『汐里さん、とっても素敵じゃん。さっき初めて会った時、綺麗な子だなって思ったよ』


 『汐里ちゃんのああいう所、もっと見てみたいかも』




 『篠宮汐里ちゃんの素敵なとこもう他にたくさん知ってるのに、それだけで嫌いになったり、引いたりするわけないじゃん』





 「あ、無理だ」


 頬に、一筋伝った何か。


 自分にとって、将人さんがいなくなるということが、なによりも耐えがたい事であることを、今更自覚して。


 「ははは……なんだこれ、意味わからな」


 近くにいられれば、とか。

 1番じゃなくても、とか。


 逃げてばっかり。


 繋がりを失うかもしれない機会に直面して初めて、嫌だと心が叫んでる。


 いくら外面を取り繕ったって変わらない。

 どこまでいっても、陰キャで、バカな私。


 もう一度、深呼吸をした。

 あまり待たせても、将人さんを困らせるだけ。


 今自分がすべきことだけを考えよう。

 

 その瞬間ふと、昨日友人達と話したことを思い出す。


 『でもそれって逆を言えば、汐里も付き合ってないけど襲えばワンチャンあるってことでは?』


 ――極端な話。

 今将人さんが私に安心して話をしているのは、私のことを恋愛対象として見ていないからだ。


 けれど、多少強引にでも、身体的接触をすれば。

 具体的に言うと、それこそ、キスぐらいをすれば。


 意識してもらうことくらいは、できるのではないだろうか。


 またしても心拍数が上がる。

 陰キャの私に、そんなことできるのか?


 「……いかなきゃ」


 いや、やるしかない。

 将人さんと、まだ会いたいと、一緒にいたいと願うなら。


 やるしかないんだ。


 


 部屋に、戻って。

 

 「本当にごめんね汐里ちゃん、気持ちの良い話じゃ、なかったよね」


 「あ、いや全然、それは、問題ない、んですけど……」


 「汐里ちゃんに対してだと、つい話しやすくてさ、こういう話もしちゃうんだ、良くないよね」


 「あ~ええええっとおお、そ、それなんですけど」


 言うしかない。

 高鳴る心臓。今にも震え出しそうになる足に鞭打って将人さんの近くへ。


 「あ、あの、私に話しやすい、という感想を持ってくださることは、とおってもありがたいんですよ、ええ本当に」


 「う、うん……?」


 「そ、それってちなみに、なんでですかね?」


 「汐里ちゃんが、よそ行きじゃなくなってから、なんかすごく話してて落ち着くというか、楽しめてるからこそ、緊張しないというか……そんな感じ、かな?」


 「な、なるほど~それは、とおっても嬉しいですね」


 将人さんが、ほっとした表情になる。

 でも、それじゃ、ダメなんだ。


 「で、でも!!」


 驚いたように、目を丸くする将人さん。

 下から、その嫌いな瞳を覗きこんだ。


 「あ、あの……」


 ああ、本当に最後までダサい。

 きっと物語のヒロインなら、こんなところで言葉に困ったりなんかしない。



 ……でもダサくても、オタクな私でも、受け入れてくれたのが、この人だから。

 


 「い、一応、わ、私も、女の子、です、からね」


 顔が燃えるように熱い。


 

 驚いたように固まる、将人さん。


 い、今しかない!


 

 私は感情のままに、将人さんの胸に飛び込んだ。


 「汐里ちゃん?!」



 なりふり構わず。

 力に任せて、将人さんをベッドの方に押し倒して。



 

 「わ、私だって、将人さんのこと、す、好きです!」


 言いたい事、全部ぶちまけて。

 

 大好きな人に、ファーストキスを捧げるべく。


 

 思い切って唇を奪いに行って、それで。




 ごつ、と鈍い音。




 

 勢い余った私のファーストキスは。

 

 将人さんの頬に私の顔面が直撃する形で。


 ……普通に失敗した。

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貞操逆転世界で普通に生きられると思い込んでる奴(男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?) @koutaro1226

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