文学少女JKの意志表明



 恋海とみずほから衝撃の告白を受けて、俺は全く頭の整理ができないまま、数日を過ごしていた。

 ずーっとベッドの上に寝転がり、スマホを見ていれば時間だけが過ぎていく。

 

 頭の中でぐるぐると回っているのは、紛れもない、彼女達のこと。


 

 『大好きなんです。もう抑えきれないんです!……今は、無理でもいいですから……!妹じゃなくて……ちゃんと……ちゃんと女の子として見てください』


 『少なくとも私は……将人に初めて会ったあの日から、あなたしか見えてない』


 『好きです。あの時から、ずっと……片里将人君のことが、大好きです……この気持ちは、この気持ちだけは、嘘じゃない』


 『だから、言わせて。伝えさせて。 私は、君に会ったあの日からずっと――片里将人君のことが――大好きです』


 

 「……はぁ……」


 好意を寄せてもらっていること自体は、素直に嬉しい。

 けれど、それをそのまんまにしている事が、良くないことなのも分かっている。

 

 俺は、どうしたら良いのだろうか。

 好きか嫌いかで言えば、もちろん皆好きではある。でもこれが、恋愛感情なのか、と言われると……。


 「わからん……」


 魅力的な女の子だらけだと思う。全員が全員もれなく素敵で、自分にはもったいないと思ってしまうほどに。

 転移前の感覚がある俺は、年相応にそういう欲だって、ある。

 けれどどうしても、昔付き合ってた女の子から言われた言葉が、自分の脳裏に焼き付いて離れない。


 『片里君って誰にでもそういう感じなんだね……』


 悲しそうな顔でそう言われてしまっては、俺も謝ることしかできなかった。

 特別扱いができない。誰にでも優しくしたいと思ってしまう根っからの性分は、今更変えられそうもない。


 「嫌な思いをさせてしまうくらいなら……って思っちゃうのは、逃げなのかな」


 ぼーっと天井を眺めていると、スマホに通知。

 ベッドの横に置いてあるスマホを手に取って、画面をつける。

 

 《篠宮汐里》『将人さん本日はよろしくお願い致します』



 「……そっか。今日汐里ちゃんの家庭教師の日か」


 現在時刻は、午前10時。

 全体的に重い身体に鞭を打って、ベッドから起き上がる。


 「まあ、汐里ちゃんなら比較的気は楽ではあるんだけど……」


 出会った頃と違い、汐里ちゃんはよそ行きの口調ではない、本来の汐里ちゃんの性格で接してくれている。

 その方が俺もやりやすいし、何より楽しい。

 面白いんだよね、汐里ちゃん。


 「宿題の答えも持って行かないと……」


 ここ数日何もやる気は起きなかったけど、家庭教師用の資料はちゃんと作ってある。

 汐里ちゃんの成績が伸びることは、シンプルに嬉しいしね。


 頭の中をぐるぐると回り続けていた問題を一旦振り払って。

 今日は汐里ちゃんの家庭教師をしっかりやり切ろうと心に決めたのだった。


 

 

 

 






 






 

 「ってことだから、ここはこう訳せて……あ、その単語はスペルミスしやすいから気を付けてね」

 

 「むむむ……スペルミス多いのは分かってるんですけど、単語帳ってどうしても苦手で……」


 汐里ちゃんの家に着いてから、いつも通り家庭教師の授業は進行していた。

 お嬢様の仮面を外した汐里ちゃんは、思ったことをそのまま口に出せることが増えたせいかすらすらと言葉が出てくる。

 

 「これとかもうほぼ合ってるんだが???ちょっと過去形にしなかったからって不正解扱いは誠に遺憾です」


 「ふふふ……」


 その言葉の端々がたまに面白くて、思わず笑ってしまう。

 俺にどう思われるか、みたいなのをある程度気にしなくなったからなんだろうな、こういうのは。


 以前は授業をしている間もどこか固さがあった汐里ちゃんも、最近は随分とリラックスして勉強に励めているようだった。

 もちろん、授業中はセクハラ(?)紛いのことも言ってこないし、真面目に取り組んでいる。


 休憩時間の雑談中とかは遠慮なくかましてくるけど……。

 でも正直美少女からセクハラ受けても相当エグくない限りは全く不快にならないから不思議だ。

 ……もしかしてこの世界であれば俺もセクハラが許される……?いや、やめておこう。ろくな未来にならない気がする……。


 「……よし、じゃあ今日の英語はここまでにしておこうか」


 「うえ~~~~つっかれたあ~。たいあーどですよ実にたいあーど」


 「そうだね、少し休もうか」


 1時間ほど授業をやったところで、一旦休憩に。

 思い切り机に突っ伏した汐里ちゃんをねぎらいながら、俺も用意してもらった麦茶を飲む。

 飲みながら、しばらく見ていなかったスマホを見ると、通知がいくつか。


 《mizuho》

 『将人明後日は授業来るんだぞ!』

 『……あの~あんまり考えすぎなくて良いからさ』

 『一緒に授業受けてくれるだけで、私は嬉しいから』


 《前田由佳》

 『将人さん、実は地域の選抜チームに呼ばれまして……』

 『心配なので、また練習付き合ってくれませんか?』

 『お時間がある時で構いませんので……!』


 みずほの気遣いが、心に突き刺さる。

 優しくて、素敵な子だ。


 由佳に関しては……凄いな。1年生で選抜とか選ばれるのか……まあ由佳の実力なら当然ともいえるけど。


 みずほと、由佳。

 その2人が、想いを伝えてくれた時を思い出す。

 正直びっくりしすぎて、ほとんど混乱状態だった俺に、2人とも容赦なく……この先は、やめておこう。否が応でも、あの時の事を思い出してしまう。


 2人とも普段は可愛らしいのに、あの時だけはこう……完全にこちらが狩られる側だったというかなんというか……。


 と、そんなことを考えていると、いつのまにやら復活していた汐里ちゃんが真後ろに現れた。

 

 「ま~た女の子関係で悩み事ですか将人さん」


 「え~っと……いやまあ、そうなんだけど……」


 「はぁ~……これだから美少年は……文化祭の時は助かりましたけど……」


 嘘を吐くのも違うかと思い、素直に白状する。

 汐里ちゃんはこの辺の話をしてもテンションが変わらないからありがたい。

 汐里ちゃんと仲良くなれてからは、少し相談に乗ってくれたりもしたものだ。


 「五十嵐先輩ですか?それともまた他の女の子ですか?」


 「あ~いや、まあ恋海も、なんだけど……」


 「も?!もと言いましたね将人さん!これだからモテ男は……今度は何、ついに告白でもされましたか?」


 「……」


 呆れたようなポーズを取りながら汐里ちゃんから言われた言葉が、あまりにも図星だったので、言葉に詰まってしまう。

 不自然に生まれた沈黙に、汐里ちゃんが目を見開いた。


 「え……もしかして、ホントにされましたか?」


 「まあ、そう、だね」


 「ちょ、ちょっと待ってください。しかもさっき、“も”って言いましたよね?ってことは、複数人から……?」


 肯定する言葉を発するのも恥ずかしくて、苦笑いしながら首肯することしかできなかった。

 

 「う……そ……」


 思った以上に衝撃を受けている様子の汐里ちゃん。

 冷静に考えて、あんまり異性にする話じゃなかったか、と反省する。


 「ごめんごめん、こんな話聞いても面白くないよね」


 「いや、えっと……面白い、面白くないとかではなくてですね……」


 よく見ると、汐里ちゃんの手が震えている。

 あ、そんなに不快だったかこの話……やってしまった……。


 「ちょ、ちょっとお時間頂けますでしょうか~?!大量のお花を刈り取らなきゃいけないので、ええ」


 そう言い残すと、汐里ちゃんが慌てたように部屋の外へ出て行った。


 これはまずったなあ……。あまり気分の良い話ではないよね。俺モテてますよ、みたいな風に聞こえてしまっておかしくない。

 汐里ちゃん帰ってきたら謝ろう。汐里ちゃんが話しやすくなったからって気抜きすぎだ、俺。


 精神的に不安定な自覚はあるが、だからと言って汐里ちゃんに迷惑をかけて許されるわけじゃ、ないからね。

 思わず、ため息がでる。

 最近は本当に、ダメダメだ。



 



 しばらくして、汐里ちゃんが帰って来た。

 それでも、手の震えが収まってそうな感じがなかったので、思わず声をかける。


 「本当にごめんね汐里ちゃん、気持ちの良い話じゃ、なかったよね」


 「あ、いや全然、それは、問題ない、んですけど……」


 「汐里ちゃんに対してだと、つい話しやすくてさ、こういう話もしちゃうんだ、良くないよね」


 「あ~ええええっとおお、そ、それなんですけど」


 汐里ちゃんが俺の話を遮り気味に言葉を発してきたので、少し驚く。

 ひとつ、深呼吸をした汐里ちゃん。どうしたんだろうか。

 後ろ手にドアを閉める。……心なしか、いつもより念入りにドアを閉めてるけど……なんでだろ。


 汐里ちゃんはそのままぐいぐいと歩いて来ると、俺のすぐ近くにまで寄って来た。

 ふわっと、女の子特有の良い香りがして、思わず息をのむ。


 

 「あ、あの、私に話しやすい、という感想を持ってくださることは、とおってもありがたいんですよ、ええ本当に」


 「う、うん……?」


 「そ、それってちなみに、なんでですかね?」


 理由、理由か。

 感覚的な部分が大きいから、難しいけれど……。


 「汐里ちゃんが、よそ行きじゃなくなってから、なんかすごく話してて落ち着くというか、楽しめてるからこそ、緊張しないというか……そんな感じ、かな?」


 「な、なるほど~それは、とおっても嬉しいですね」


 納得してくれたなら、良かった。

 汐里ちゃんに嫌われたら、どうしようかと――


 

 「で、でも!!」


 汐里ちゃんからは聞いたことがないくらい、大きな声だったから、思わず驚いてしまう。


 この時ようやく、汐里ちゃんと目が合った。

 上目遣いの彼女は、いつからだったのだろう、頬が紅潮していて。凄く、緊張しているように見えた。



 「あ、あの……」


 言おうとした言葉が、出てこないのだろうか。

 この場面で急かすことは、良くないと思ったから。彼女の言葉を、待つ。

 ……何故だろう、少し、心臓の音がする。


 

 2度3度深呼吸をして、もう一度目を合わせてくれた汐里ちゃん。

 初めて会った時も思った、綺麗な顔立ち。

 近づいてきた時にも認識させられた事。

 気軽に接することができるから、と、勝手に思っていたけれど。

 この子も、間違いなく。




 


 「い、一応、わ、私も、女の子、です、からね」


 


 



 上目遣いで言い切られた言葉は――俺の心を揺さぶるには十分過ぎる威力を持っていた。

 


 


 

 

 

 

 

 



 

 

☆★☆★☆★☆★


皆さまご無沙汰しております。作者の三藤孝太郎です。本作も佳境に入ってまいりました。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


少しだけ、書籍の宣伝をさせてください。

本話でもヒロインぶってる清楚JKが初登場の2巻が、6/7日に発売となります。

2巻は1巻の3倍くらいオリジナルストーリーが入っていますので、ネットで読んでくださっている方にも楽しんでもらえるのではないかな、と思います。

あと途中のSNSでのやりとりページが凄いので是非見て欲しいです!

ネットでは公開していないやりとりも掲載されています。


その他本作の追加情報を、作者X(Twitter)で随時更新してまいりますので、良かったらフォローの方をよろしくお願い致します。


それではまた、次話でお会いしましょう。

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