幼馴染JDは告白する
『明日、来なくて本当に良いの?』
「……」
『今まで、私たくさん告白してきたけど――今回は、本気だよ』
「……うん、わかってる」
『だから、来てね。待ってるから』
『じゃないと、将人君のハートは、私が頂いちゃうぞ!なんちて!』
「みずほ……」
通話が切断されたことを知らせる効果音が鳴って。
私は、スマートフォンを耳から離した。
「……みずほは、優しいなぁ……」
みずほはずっと、私を励ましながら勇気づけようとしてくれていた。
他の人じゃきっと受け入れられるかわからない言葉でも、みずほからだったから心に響いた。
ふらふらと歩いて、押し入れへ。ゆっくりと扉を開けてから、ひとつの段ボールをそっと取り出す。
段ボールの中を覗けば、しっかりと入っていた。
これは、私の宝物。古ぼけて、使う事が無くなっても、大切に手入れしてきたグローブ。
これと同じものを、将人は持っていた。
これは、もちろん今生産なんかはしてなくて、私達が幼い頃にもらった2人でもらったお揃いのグローブ。
メーカーも、形も、これでしか見たことが無い。
だから、偶然なんかじゃない。
じゃあなんで。
将人は嘘をつくのだろう。
何か、理由があるのだろうか。
……それが、わからない。
ため息をついて、グローブをしまった。
そのままベッドに寝転んで、目を閉じる。
ぐるぐると、色々な考えが巡っては、消えていく。
どうしてあの時、そうだよって、久しぶりだねって、言ってくれなかったんだろう。
それだけで、私は、私の心はきっと満たされたのに。
これから、どんな顔で将人に会えば良いんだろう。
好きな気持ちは、なにも変わっていない。
だけど今はショックが大きくて。気持ちの整理ができない。
『……私、明日将人に告白するね』
みずほはきっと、本気だ。
前までの、恋に恋していたみずほじゃない。
本当に好きな人を見つけたみずほは、あの日からずっと輝いている。眩しいくらいに。
……将人は、どうするのだろうか。
将人がみずほをフる姿を、あまり想像できない。
OKを出すのだろうか。そうしたら……私の入る隙間は、あるのだろうか。
「ははは……なに、これ」
眠れない。目を閉じてから、何時間経ったのかすら、分からない。
抱きしめた枕は、何故だか冷たかった。
ピロン、と通知音が鳴って、意識が浮上する。
今は、何時だろうか。
結局朝まで眠れなくて。ようやく眠れた時には、もう朝陽が昇っていたような気さえする。
途中で何回か起きたけど、そのまま起きる気には全然ならなくて、現実から逃げるように布団をかぶった。
重たい頭をなんとか動かして、充電器に接続したままのスマートフォンを見る。
「……っ!」
その文章を見て、反射的に意識が覚醒した。
がばっと起き上がって、ベッドの上に座り込む。
《mizuho》『今から、将人に告白してくる』
心拍数が上がる。
私が今何かできるわけでもないのに、意味もなく身体が緊張しているのが分かる。
続けざまに、みずほから連絡が来た。
《mizuho》『恋海は、そのままでいいの?』
「よく、ないよ……!」
思わず声が出た。
良いわけない。このまま何もしないで、良いわけないんだ。
必死で、メッセージを打つ。
ぐちゃぐちゃになった感情のままに、想いを吐き出した。
想いを文章にしながら、ようやく私は、今なにをするべきなのかが分かって来た。
これだけみずほに後押ししてもらって、こんな薄暗い部屋の中で、うじうじしてて良いはずない。
《mizuho》『うん、そうだよ。恋海は何も間違ってないよ』
《mizuho》『だから、来て。今からでも、遅くないから』
《mizuho》『来なかったら、恋海きっと後悔すると思うから』
スマホを放り投げて、私は出かける準備をした。
ショックだったのはそう、傷ついたのもそう。けど、想いは少しだって揺らいでない。
勝手に絶望して、逃げてたら絶対後悔する。
いつもの数倍早くメイクを終わらせて、着替えもいつも着ているお気に入りを引っ張りだして。
玄関に置いてある姿見の前に立って……髪がぼさぼさなことにようやく気付く。
でももう、いちいち洗ってドライヤーなんて、してる時間ない!
玄関にかかっているキャップを雑に被って、可愛いパンプスでも、ブーツでもなく、スニーカーを履いて。
私は駆け足で、家を出た。
テーマパークの最寄り駅に私が着いた時、もう辺りは暗かった。
テーマパークへの道は、もう帰る人の方が多いくらい。
「はぁ……!はぁ……!」
早歩きというには少し無理があるくらいの速度で、進んでいく。
2人が、今どこにいるかもわからない。
みずほの告白がどうなったのかも、わからない。
もしかしたら私はもうお払い箱になってて、ただ2人の邪魔をするだけになってしまうかもしれない。
昨日の出来事で、将人は私のことを嫌いになってしまっているかもしれない。
私の胸を縛り付けるように嫌な想像が頭を巡る。
拳を、ぎゅっと握った。
……でも、それでも。
この想いだけは、今伝えなきゃ絶対後悔するから。
入場のためにチケットを取り出そうとしたその時、スマホに通知が。
画面に目を落とせば、それはみずほからで。
一度、足が止まる。
《mizuho》『王子様は教会にて待つ』
《mizuho》『……なんちて』
「……ありがと、みずほ」
私は大きく深呼吸をしてから。
急いでその場所へと向かった。
このテーマパークに、教会、なんて言える建物はひとつしかない。
急ぎ足で向かった先に……いた。
幻想的な光に照らされた、教会の前。
震える足を引っ張って、歩き出す。
歩みはいつしか、駆け足に変わっていた。
「将人!」
振り向いた将人の姿は、景色と合わさって、1枚の絵画のようにすら見えた。
こんな素敵な人に、きっと今の自分は、なんにも釣り合ってない。
急いでやった付け焼刃のメイクは、きっともう既にボロボロで。
このヒーローに対して、ヒロインがこれですって私を出されたら、大衆は容赦なく批判するだろう。きっと私だってそうする。
でも、そんなことは関係ない。
自然と、足が動いた。
あの時と、同じように。
『あのー……もしかして履修登録、ですか?』
『え?!……あ、そうなんです。ちょっとワケあって入学手続きが遅れちゃって……』
初めて会ったと思い込んでいたあの日。
気付けば私は、大学のベンチに座っていた彼に声をかけていた。
あれはきっと、私の本能が、この運命を逃しちゃダメだって訴えかけていたんだ。
それは、きっと今も同じ。
「恋海……?!」
目を見開いた将人の表情。
こうして改めて、目の前に立ってみて。
どうしようもないほど理解する。
ああ、やっぱり。
私は、もう引き返すことができないくらいに、この人のことが――
「好き」
驚くほど素直に、その言葉はついて出た。
■
「え?」
状況が飲み込めなくて、フリーズしてしまう。
最近、こんなことばっかりだ。
笑いながら少しだけ泣いている恋海の姿が、あまりにも美しくて。
言葉が、出なかった。
恋海はゆっくりとそのまま俺に近づいて――俺の胸に、ぽすん、と身体を預けた。
「ずっとずっと、好きだったんだ。過去の事とか、大事だけど、そうじゃなくて。今の私の気持ちを伝える事の方が、ずっとずっと大事だと思ったから」
心拍数が、今までにないくらい上がっている。
恋海の言葉に込められた熱は、あまりにも本物で。
それこそ、恋海の思い出の中にいる俺は、俺じゃないって言い訳していた自分が、情けなく感じるくらいに。
恋海が、ゆっくりと身体を離す。
綺麗な朱色の瞳から零れた涙は、宝石のようで。
「――だから、言わせて。伝えさせて。 私は、君に会ったあの日からずっと」
息を、呑んだ。
「片里将人君のことが――大好きです」
何秒、いや何分が経っただろうか。
恋海を抱き締めたまま、時間が過ぎていく。嘘のように火照った顔と、バクンバクンとなり続ける心臓だけが、これが現実であることを思い出させてくれた。
もうなにもかも、追い付かない。
……けれど、これだけは伝えなきゃ、ダメだと思ったから。
できる限り優しく、恋海の両肩を掴む。
「……恋海ありがとう。その想いに答える前に……話さなきゃいけないことがある」
「え……」
ここまでしてもらって、覚悟しないのは、ダメだと思ったから。
今と、幼少期。それは確かに、別の世界。
だけど、今前の世界がどうなっているか確かめるすべはないし、そもそも同時進行でその世界が進んでいるかだってわからない。
もしかしたらこの世界にいたはずの俺が前の世界にいるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
そこはもう、俺が理解できる範囲を超えている。
……だけどたったひとつ、俺でもわかることがあるとすれば。自らに残っている、記憶だけ。
あの子と過ごした季節の記憶は、今でもしっかりと残っているから。
「嘘ついて、ごめんね」
「……!」
急になんだか愛おしくなって、恋海の絹糸のような髪を撫でた。
「……可愛くなったね。わからなかった。……久しぶり」
「……っ!」
大きく目を見開いた瞳に、もう一度涙があふれる。
恋海がとん、と胸にもう一度頭を落とした。
「会いたかった……!いなくなっちゃってから、ずっと……!会いたかったんだから……!」
「……ごめん」
もしかしたら、記憶に違いが生まれることがあるかもしれない。
その時は、しっかりと話そう。どこまで、信じてもらえるかはわからないけれど。
それが俺が示せる、精一杯の誠意だと思うから。
「……また、キャッチボールしようね」
「うん……うん……!」
それからしばらく、恋海の頭を撫で続けたのだった。
「はーすっきりした!」
恋海がガバっと顔を上げる。
その表情は、いつもと何ら変わりない。
とにかく……気持ちを伝えてもらったわけだし、俺も自分の想いを言葉にしなければ。
「えっと、告白の、ことなんだけど」
「それはちょっと、待って!」
急に恋海が右手で俺を制すると、あわただしく左手でスマートフォンを開いた。
……?
そして、軽快に操作をした後、耳に当てる。
通話……?
呼び出し音が、響いて……ってあれ?後ろからも聞こえるような……。
「ひゃあ?!」
後方の茂みから、声がした。
良く、知っている声。
「……まさかそのまま帰ろうなんて思ってないよね?」
恋海が茂みの方へ声をかける。
「……にゃはは……バレちまいましたか……」
「みずほ!」
「やーやー将人殿さっきぶりですなあ……」
ばつの悪そうな顔をしながら出てきたのは、さっきまで一緒にいたみずほだった。
えっと……見てたってことかな?
そのままみずほが恋海の隣へ。
「なんで電話なんかかけるの!今超良い感じだったじゃん!誰が見てもハッピーエンドじゃん!」
「そんなわけないでしょ。みずほがいないハッピーエンドなんて、無いよ」
「……もう……おバカさんだよそんなの……」
「それにみずほだって、心のどこかで待ってたんじゃない?」
「……むー、恋海の意地悪……」
「え、えっと……?」
なにかやりとりをした後、2人はこちらに向き直る。
「ごめんごめん、ってなわけでね……改めて、将人」
恋海とみずほ。もう一緒に過ごすようになってしばらく経つけれど。
改めて2人に並ばれると、2人ともが凄く可憐で、美少女なことを再認識させられる。
1歩、距離を詰められた。
恋海は、真剣な表情で、みずほは、少し照れくさそうに笑っていて。
「「私達2人と、付き合ってくれませんか?」」
「……え?」
……やっぱり、この世界で普通に生きようだなんていう俺の考えは、どうやら間違っていたらしい。
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