幼馴染系JDは思い出す
『また明日ね!』
『うん、また明日』
幼い頃の、口約束。
無責任で、だけど、きっと明日も必ず会えると、無邪気にそう信じて。
楽しかった。
たった1年程度の思い出でしかないけれど、それは確かに、楽しかった記憶として残っている。
グローブも使わずにボールを投げ合っていた時に、通りかかった人からもらった、おさがりのグローブ。
決して新品ではなかったし、ボロボロだったけど。
それは今でも、私の大切な宝物だ。
本当に、突然だった。
元々連絡先を持ってたわけでもなく、いつもの場所に現れない彼を、私は待ち続けた。
次の日も次の日も……。
だけど、ついぞ彼は現れなかった。
私は泣いた。目一杯泣いた。
――彼のことが好きだったんだと気付いたのは、それからしばらく経った後だった。
ぴぴぴぴ、という目覚ましの音で、意識が覚醒する。
……まただ、またこの夢。
高校に入ってからは全然見なかったのに、最近やたらこの夢を見る気がする。
ぼーっとする頭を無理やり起こして、顔を洗う。
いつまでも昔のことを思い出していたって、仕方ないのだから。
タオルで顔を拭いて、そして充電器を差したままのスマートフォンを手に取る。
通知を見れば、将人から連絡が入っていた。
《将人》『おはよ~駅に15時には着くようにするね』
《将人》『なんか18時くらいから雨らしいから早めに移動しよっか』
今日は、将人とデートの予定。更に明日はみずほと3人でテーマパークに行こうって話になってる。
ようするに、この2日間は勝負の2日間なのだ。
……なんだけど、私の今の気持ちは、とても表現が難しいもので。
将人のことは好き。控えめに言って大好き。
そして、最初に私に生まれた感情は、誰にも渡したくない、独占欲だった。
けれど、将人のことをどんどんと知っていく度……将人の周りにいる女性は、皆が将人のことを好きなんじゃないかと思うようになってきた。
……誰よりも、私が一番将人のことが好き。それを譲るつもりは全然ない。
だけれど、あの将人のことだ。今誰かがこの気持ちを伝えて、そして付き合ってと言った時に、誰かの手をとることがあるのだろうか。
それならばむしろ、いっそ。
全員で、囲んでしまったほうが良いのではないか。
なんて、非常識なことを考えてしまう。
自分がどれだけふざけた考えをしているかは、自覚しているつもり。
それでも、どんな方法であったとしても、将人を欲しいと願ってしまう自分がいるのも、また事実。
それが、自分1人のものにならなかったとしても、だ。
将人に、返信を打つ。
今日の夜は、明日のテーマパークに備えて、買い物に行く予定。
そしてその前に少し時間があるから、今日はみずほはバイトでいないということもあって、以前将人とバッティングセンターに行った時から話していた、いつかキャッチボールでもしたいね、という約束をやってしまおうというものだった。
玄関付近に置いてある、自分のソフト道具を見に行く。
現役時代に使っていた自分のグローブを手に取って……その奥に、大切に保管してある、ボロボロのグローブが目に入った。
軽く、それも手に取る。
「……今どうしてるんだろ」
昔一緒にキャッチボールをしていた男の子と、お揃いでもらったグローブ。
未練がましい私は、ずっとそれを取っておいていていた。
「元気なら、それで良いんだけど」
夢にまで出てくるのだ。それはきっと楽しい記憶なのだろう。
今では、何を話したのかすら、あまり覚えていないけれど。
それから、ずっとソフトを学生のうちはやっていたのだから、我ながら笑ってしまうほど単純だ。
多分、あれが私の初恋なのだ。
幼い頃の恋愛なんて、ノーカンってみずほは言ってたけれど。
それでも私にとっては、大切な記憶。
まだ十分使える状態だが、如何せん古いものだ。最近のものとは比較にならないくらい使いにくいので、そっと、そのグローブを奥にしまう。
御守りみたいなものだ。私はこれを、捨てることなんかできなかった。
「さて、と。準備しなきゃね」
運動する予定がある、とはいえ、大好きな彼の目の前だ。
準備しすぎなんてことはない。服装にメイク、やることはたくさんある。
私は気分を切り替えて、クローゼットの前に立つのだった。
待ち合わせの駅についた。
改札を通って少し回りを見渡せば、将人の姿を見つけることができた。
黒のロングコートに、グレーのニットセーター。冬になっても……いや冬だからこそ。将人のスタイルの良さと、ファッションセンスの良さが改めて再認識できる。
相変わらず暴力的なカッコ良さだ。
「将人おまたせ!」
「お、おはよ恋海。全然待ってないから平気よ」
周りにいた女性が、羨ましそうにこちらを見ている。
羨ましかろう!私、今からこの人とデートします!
「じゃ、いこっか!」
「ん。ってか冷静に考えてもう冬なのにキャッチボールするの面白いね」
「ま、まあまあ!まだそんなに寒くないから!」
確かにキャッチボールしたいね、って話をした時はまだ暑かったからだけど、もうだいぶ寒くなっちゃったからなあ……。
駅から公園までは歩いて15分ほど。
15分なんて、将人と話していれば一瞬だ。
「不安なのは天気だよね。なんか、これから雨降るっぽいし」
「そうだね……もし降りそうになったら早めに駅に戻ろう!折り畳み傘も持ってきたから!」
「あ、俺も一応持ってきたよ。そうしよっか」
ぐ、将人も折りたたみ傘を持ってきてしまったか……あわよくば相合傘チャンスだと思ったのに……。
ひとつ目論見が失敗したことは悲しく思いながらも、まあそもそも雨に降られない方が良いに決まっているのでそこは諦める。
「俺グローブ持ってたんだけど、だいぶ古い奴だったや」
「あ、そうだったんだ、使えそう?」
「多分使える……と思うんだけど、お手柔らかに」
「大丈夫だよ!私も古いグローブ持ってるけど、案外使えるもんだよ」
今ではあの古いグローブは使ってないけれど、昔は普通に使ってたし。
親から新しいグローブ買ってもらうまでは、ずっと。
「そういえば、恋海はポジションどこだったの?」
「あ、どこだと思う?」
「う~ん、そうだなあ……」
公園に着くまで、他愛もない話で盛り上がる。
隣を歩いているのが将人だと、気分も勝手に上がっていくね!
「ついた~!」
「お、やっぱ全然人いないね」
やはり天気があまり良くないからだろうか。公園にあまり人はいなかった。
いやそもそも、もうこの時期に外で遊ぼうなんて考えるのは、小学生とかそういう子達が多いからかな……。
ベンチに荷物を置きつつ、軽く肩を回して準備運動。
ボール投げるの久しぶりだな~!大丈夫かな。
ボールは、将人は持っていないとのことだったので、私がソフト用のボールでよければと持参。
「ヤバイできるか心配になってきた」
「大丈夫だよ!そんな強く投げないし!」
「お手柔らかに……」
ちょっと弱気になってる将人も可愛いな、なんて思いながら。
軽く準備運動を終えて、私達は距離を取る。そんな激しい運動をするわけでもなし、お互いコートも着たままだ。
「じゃあ行くよ~ほい!」
「っとと……」
軽く投げたボールだったけど、将人が取り切れずに地面に落ちてしまった。
「ごめんやっぱこのグローブだとソフトのボールとるの難しいなあ」
「そうなの?ちょっと見せて?」
確かに、将人のグローブはかなり小さそう、と思って近づいてみる。
ひょこりと、将人の手を覗き込んでみた。
「――え?」
思わず、声が出た。
そのグローブは、見たことがあったから。
見たことがある、なんてレベルじゃない。
それと、全く同じデザイン。
古くて、ボロボロで。
重いハンマーで殴られたくらいの、衝撃だった。
理解が、追い付かない。
「……ちょ、ちょっと待って将人」
「え?」
「これ、どこで、買ったの?」
「いや、買ったというか、たしか……もらったような」
私の脳が、一つの結論に辿り着く。
人生で感じたことも無いような衝撃が、私の身体を貫いた。
こんなことが、あるんだ。
思い出したわけでもないのに、その言葉は。呼称は、口をついてでた。
「まーくん、なの?」
「え……?」
記憶が、少しずつ甦る。
あやふやだった輪郭が、徐に形作られていく。
『明日もキャッチボールしようね!』
『また明日ね!』
言われた言葉を、覚えている。
交わした約束を、覚えている。
会えなくなった後も、ずっと会いたかった。
もういちど彼と話したいと、ずっと思っていた。
はっ、と、思い出す。
将人と、初めて会った時の事。
ベンチで、パソコンとにらめっこしていた彼。
今思えば、あの時。自然と足が向かったのは。
ずっと、会いたかった人に、会えたからなのかもしれない。
点と点が、線になって繋がる。
そして繋がってしまえば……湧いて来るのは、言葉にはできないくらいの、喜びだけだった。
つけていたグローブも外して、私は将人に抱き着いた。
抱き着いてからようやく、自分の目から涙が流れていることに気付いた。
「そうなんだ……将人が、将人がまーくんだったんだ……!ずっと、ずっと会いたかった!どこに行ってたの?なんで急にいなくなっちゃったの?!」
「ちょ、ちょっと待って恋海」
将人に、両肩を掴まれる。
最高の気分だった。私がずっと好きだった人は、やっぱり再会してからでも好きになれる、唯一無二の人だったんだって気付けて。
これはやっぱり、運命の出会いだったんだって、心から思えて。
将人と、目が合う。
ああ、やっぱり大好きだ。
将人に、目の前から見つめられて、それで――
「多分、人違い、だと思う……」
「え……?」
急激に、身体の温度が下がった。
な、なにを、言ってるの?
「そ、そんなはず、ないよね?だってこれ、一緒にもらった、グローブだよね?小さい頃、あの公園で、一年くらい、ずっと一緒にキャッチボールを、して」
「……ごめん」
ごめん?ごめんって、どうして?
「嘘、だよね?え、私全然いなくなっちゃったこととか、怒ってないよ?また会えて、嬉しいって気持ちだけで。名前も!今までずっと忘れちゃってたんだけど、まーくんって呼んでたの、思い出して、それで」
自分でも、早口で捲し立てているのは分かってる。
でも、それを聞いている将人の表情が、ずっと、申し訳なさそうな、辛い顔で。
「……ごめん」
――意味が、わからなかった。
今はっきりと思い出したから言える。絶対に、あの日、あの場所で一緒にキャッチボールをしていたのは、この将人なのだ。
グローブも、かなり古いデザインで、今では絶対に売っていないものだとわかるし、あの日一緒にもらったということからも、絶対そうなのに。
なのに。
なんで、否定するの?
「ね、ねえ、謝られても、わかんないよ。だって、私、昔まーくんに会うの、本当に楽しみだったんだよ?もう会えないかもって思っても、諦めきれなくて、それで、ソフト部にまで入って、続けて」
自分でも、支離滅裂なことを言っているかもという自覚はあった。
けれど、止められなかった。
受け入れられなかった。
ずっと苦しそうな表情で、俯く将人の気持ちが、わからなくて。
怖かったから。
「誰にも言っちゃいけないことなの?な、なら内緒にするよ!秘密にするから、ねえ、だからさ……そうだよ、って言ってよ……」
「……」
「それだけで、良いんだよ、うんって、また会えたねって、それだけで……」
いつの間にか、両肩を掴んでいたのは私の方になっていた。
その華奢な身体を揺すっても、彼の表情は晴れないまま。
力なく、腕を下ろした。
……頭に、冷たい何かが降って来た。
「――どうして、嘘を吐くの?」
「……嘘じゃ、ないんだよ」
「嘘!!」
自分でも、びっくりするくらい大きな声が出た。
「違うはずない!!だって、まーくんって呼んでて、同じグローブを二つ、もらって!」
「……」
「大学でも、初めて見つけた時に、自然と声をかけてた!今思えば、あの時からきっと、心のどこかで気付いてたんだよ……!こんなに嬉しいことなのに、どうして……ッ」
あなたは、そんなに悲しい顔をするの?
言葉が出なくて、唇を噛んだ。
雨が、強く降って来た。
頬から流れる涙は、嬉し涙からいつの間にか、変わっていた。
表情の変わらない彼に、背を向ける。
「……私、帰るね」
荷物を持って、私は駆け出した。
一度も振り返らなかった。
「なんで、どうして……!」
痛みと、悲しみと、困惑と、怒りが混ざって。
私は、ただ雨が降る空を見上げることしかできなかった。
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