ツンデレ系OLは乾杯する
「ナンバーワン?」
「そーだよ!今ゆうせーとゆーすけがいい感じに争ってるんだよね~」
とある月末の、金曜日。
いつも通りバイト先であるボーイズバー「Festa」に来てロッカールームで着替えていると、先輩達からそんな話題を振られた。
ボーイの給料は、時給の他に自分がどれだけ売り上げたかによって変動する。
お客さんの払う料金には、実はボーイが飲む飲み物代は入っていない。そこをお客さんに出してもらうことで、ボーイズバーの経営は回っている。
高いお酒を買ってもらい、お店の売り上げに貢献する。それがボーイの役割であり……だからこそ、お酒が飲めない俺は、売上に貢献するという意味合いで言えば、役に立たないのだ。
そして、月間で一番売り上げをたてたボーイが、この店のナンバーワンになる。
ナンバーワンになったから給料がいくら上がる、というわけではないのだが、誰がいくら売り上げたのかは裏に貼ってあるし、常連のお客さんなんかは知っている。
一種の業界用語のようなものらしい。
「別にいいよナンバーワンなんか」
「そんなこと言ってちょっとは意識してるっしょ~?」
遅れてやってきたゆうせーさんが、苦笑いでそう言った。
ゆうせーさんは、そこまで完全な美形というわけでもないのだが、話し上手で人気が高い。
「まさともお酒が飲めるようになったら目指してみなよ!」
「いやあ僕は無理ですよ」
仮にお酒が飲める年齢になったところで、俺はゆうせーさんみたいな対応ができるとは思えない。
話もそんなに面白いわけじゃないし……。もしもっと稼ごうと思ったら、そういうのも勉強しなきゃいけないのかなあ。
現状はありがたいことにバーと家庭教師で事足りているけど、これからもそれが続くとは限らないし……。
「じゃあミーティング始めるよ~」
「は~い」
そんなことを考えていたら、開店時間になったようだ。
先輩達は売り上げを気にしているようだけど、俺は特に気にせず、自分の仕事に集中しよう。
「星良さんこんばんは。また来てくれたんですね」
「ええ……っていうか行くって連絡したじゃない」
今日もまた、星良さんがお店に来てくれた。と、いうか星良さんは俺と会ってから金曜日に来なかったことは一度もない。
にこりと笑う姿は、まさに大人の女性の余裕がある。やっぱり笑ってる星良さんは素敵だな!
星良さんが着ていたスーツの上着を預かり、席に案内する。グラスに数個氷を放り込めば、カランと良い音をたてて収まった。
席について星良さんといつも通り世間話をすること数分。星良さんが周りをきょろきょろと見渡してから、
「今日は随分賑やかなのね」
と聞いて来た。
確かにさっきから店内ではやれドリンク頂いただのシャンパン頂いただの声が時たま聞こえてくる。
「あ~……多分月末だからですね」
「なにか関係あるの?」
「月で売り上げを管理しているので、今月の売り上げをちょっとでも上げたいんじゃないですかね?」
毎月、この時期になると特に皆数字を気にしている気がする。
まあ、俺には全く関係ないのだが……。
「ふう~ん、皆偉いのね。私会社のために~なんて思って仕事したこと無いけれど……」
「あ、でもそれは同じじゃないですかね?どちらかというと皆、自分の給料を上げたくて頑張っているというか……あとナンバーワンになりたい人もいるのかも?」
「ナンバーワン?」
星良さんがナンバーワンという単語に反応して目を合わせてくる。
「なんか月の売上が一番高かった人が、ナンバーワンになる、みたいな感じですかね?」
「なるほどね……将人は、どうなの?」
「え?僕ですか?僕は全く関係ないですよ。むしろ1番下です。そもそも週1回ですしね」
流石に当然のことだった。週1回でお酒も飲めず、対応するのも星良さんがほとんどなのだから、何人ものお客さんを相手にしてる人達にはかなうはずもない。
ボーイの先輩達も、俺の事情を理解してくれてるし、売上の話も気を遣ってか、してくることはない。皆良い人達だね。
「一番下?」
ぴくり、と星良さんが動きを止めた。
何か引っかかったのか、星良さんが俯いている。
売上の話だろうか?
「週1回って僕だけですし、そもそもお酒飲めないし当然かと……?」
「……許されないわ」
「え?」
絞り出したような低い声音。星良さんから発せられる謎の威圧感に、俺は思わずのけぞった。
「将人が一番下なんて、許されないの。いいでしょう。これは私への挑戦状ってことね……」
「いや、多分違うと思いますよ……」
絶対に違う方向に向かって全力で走り出しそうなんだけど!
おもむろに財布を取り出した星良さんを、慌てて制止する。
「そもそも僕お酒飲めないですから!どんなに高いお酒買ってもらったところで僕飲めないですから!」
「いいのよ……これは将来への投資……飲めるようになった頃に開けて飲んで頂戴」
「ボトルシャンパンをいつまで寝かせる気ですか!」
アルコール類は保存状態さえちゃんとしてれば長持ちするとは聞いたことがあるけれど……そういう問題ではない。
「だって悔しいじゃない!私の将人がお店で一番下だなんて!」
「今さらっと『私の』って言いましたよね聞き逃さないですよ!」
「このお店だけではそういう顔させてよ!」
「切実すぎる」
お酒が入って赤みがかった顔でまくしたてる星良さん。
どうやらこれだけは譲れないようで。
平気で高いお酒を頼もうとする星良さんの手を、とりあえず下げさせてから。
「わかりましたわかりました!僕がお店の方に確認してきますから!」
「容赦なく高いやつにしてね。私しかお金払う人いないんだから」
この人ダメだ目が完全にキマってしまっている。
一旦確認のために裏に戻ると、丁度タバコを持って裏口の方に行こうとしていた藍香さんを見つけた。
「藍香さんすみません、常連の人が高いお酒を入れようとしてくれてるんですけど……」
「あら。よかったじゃない。確かそこに一覧表があるから一番高いのでも――」
「いやいやいや、でも僕まだ飲めないですし!」
「いいじゃない。テキトーに今度飲みます~とか言っておけば」
「そ、そうなんですけど……」
ダメだ。藍香さんも経営者。そりゃお店にお金を入れてくれるなら高い方が良いに決まってるか……いやでもなあ……。
と悩んでいると、藍香さんがふふふ、と笑った。
「ま、将人ならそう言うと思ったわよ。冗談ってやつ。はい、これ」
そう言って渡されたのは、1枚のラミネートされたメニュー表。
その一番上には、『ノンアルコールカクテル』と記されていて。
「……!ありがとうございます!」
「ま、ほどほどにね。くれぐれも距離詰めすぎないように。あなたが”遊んであげてる”のを忘れないで」
「はい!」
そのメニュー表を持って、星良さんの席へと戻る。
これなら良心的価格だし、俺も飲めるし!星良さんも納得してくれるだろう。
「ほんとに分かってるのかしら……」
紙タバコをくわえながら呟いた藍香さんの声は聞き取れなかったけれど、呆れたような、それでいて優しさを感じる声音だった。
「星良さん、この中で選んでいただければ僕も飲めます!」
席で待っていた星良さんにメニューを渡す。
よしよし。これなら星良さんのお金を使いたいという願望も達成でき、そして俺も罪悪感を感じることはない。完璧じゃないか。
隣で真剣な表情でメニュー表を眺める星良さんを、笑顔で見守っていると。
「……これ、ボトルはないのよね?」
「え?……ですね、無いと思います。シャンパンとかではないので」
「……安い」
「え?」
耳を疑う単語が出てきた気がするんですが。
聞き間違いとかかな……。
「安すぎるわ……」
うん、聞き間違いなわけないよね。
「いやいやいや!星良さんこれ十分高いですから!金銭感覚バグっちゃってますって!」
メニュー表にならぶカクテルは、どれもそこそこなお値段。大学生の俺からしたらなかなか手が出ない金額だ。
「これじゃ将人がナンバーワンになれない……」
「星良さん、それは流石に無理なので諦めてください……」
ナンバーワン争いをしてる人達はそもそも沢山出勤してるし、接客の量もバカにならない。
並ぼうというのが土台無理な話なのだ。
「わかったわ。とりあえず、ここからここまでにしとく」
「……何がとりあえずなのか全然わからないんですが……」
指定されたのは、5つのカクテル。
全部合わせたら、かなりの値段だ。
ふとメニューから視線を上げた、大きな紫紺の瞳と目が合った。
「ナンバーワンは諦めるわ。仕方ないものね。けれどやっぱり将人が一番下は嫌なの」
「き、気持ちは嬉しいですけど……!」
やってることはどうしようもない大人のはずなのに、真剣な表情で見てくるものだから反応に困る。
最近の星良さんは直球で攻めてくるようになったから、どうも調子が狂ってしまう。
「とりあえず、ここからここまでよろしくね。将人、一緒に飲むわよ!」
「全部は飲めないですよ……?!」
とりあえず指定されたカクテルを頼んで、持ってきてもらう。
「ほら、乾杯しましょ?」
「そ、そうですね、乾杯……」
カチン、とグラス同士が心地よい音をたてた。
グラスに口をつけて傾ければ、柑橘系の酸味が、喉を通り抜ける。
4杯も残っていることを考えたら、結構飲まなくちゃな……。
半分くらい飲んで、グラスをテーブルに置く。
その動作を見ている星良さんは、とっても笑顔で、上機嫌だった。
「はー!楽しかった!将人がお酒が飲めるようになったら一緒に飲むのも楽しみね!」
「その時はお手柔らかにお願いしますよ……」
上着を羽織った星良さんの腕を取りながら、お会計へ。
もう途中から怖くて会計はいくらになったかは見ていない。大丈夫なんかこれ……。
レジにいたボーイの先輩に、伝票を手渡す星良さん。
そのまま会計かと思いきや、星良さんは凄いことを口にした。
「すみません、これで将人の売上って少しは増えましたか?」
「え?あー!そんなこと気にしてもらえるなんて、まさとお前良いお客さんついてよかったなあ?」
「そ、そうですねあはは……」
レジを叩きながら、軽快に笑う先輩。
星良さんはなんか良いお客さんって言われて照れてるし、なんだこれ……。
お会計済みのレシートを先輩が、
「まさとの売上、お嬢様のおかげで増えましたよ!まあ、まだひよっこなんで、もっと新規のお嬢様とか増やさないとですけどねー!」
と言って手渡した。
『新規のお嬢様』あたりで、ぴく、と照れていた星良さんの動きが止まる。
まずい、なんか凄く嫌な予感が……。
「じゃあやっぱり一番高いボトルシャンパン入れておいてください。カードで払います」
「星良さん!本日はありがとうございました!またのご来店をお待ちしております!!」
俺は大慌てで、キマった目でクレジットカードを出す星良さんを無理やり店の外へと押し返すのだった。
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