バスケ部JCは発見する


 

 《ゆか》

 『将人さんひとつお願いがあるんですけど……』

 『今度期末テストがありまして、その勉強があまり進んでいなくてですね』

 『将人さん家庭教師やっていらっしゃるということですし、勉強を教えていただくことはできないでしょうか』


 《将人》

 『俺で良ければ力になるよ!』

 『日曜とかなら空いてるかなー』


 《ゆか》

 『ありがとうございます!すっごく助かります!』

 『日曜日承知しました!楽しみにしていますね』


 《将人》

 『場所どうしよっか。由佳の学校の方まで行っても良いけど』


 《ゆか》

 『いえ!流石にこちらまでご足労いただくわけにはいきませんので、私の方が出向かせていただきます!』

 

 《将人》

 『でもこっちあんまり図書館とか公民館とかあんまり無いんだよね(汗』


 《ゆか》

 『えっと、私あんまり他の雑音とか入ると集中できないタイプでして……』


 《将人》

 『そうなんだ、気持ちちょっとわかるなー』

 『でもそしたら場所どうしよっか』


 《ゆか》

 【メッセージを削除しました】

 【メッセージを削除しました】

 『将人さんが良ければなんですけど、将人さんのご自宅とかで勉強させていただくことってできたりしますでしょうか?』


 《将人》

 『あ、そういうことね、なるほどなるほど……』

 『うん、じゃあそうしよっか。駅まで来てくれれば迎えに行くね』


 《ゆか》

 『ありがとうございます!では14時頃に駅に向かわせていただきます!』


 《将人》

 『……でも由佳、あの、この前みたいなのは、ダメだからね』


 《ゆか》

 『なんのことですか?』


 《将人》

 『とにかく……勉強ね!勉強頑張ろうね!』


 《ゆか》

 『もちろんです。ご指導のほどよろしくお願いします』

 

 


 

 




 







 日曜日の昼下がり。

 由佳との待ち合わせ時間の少し前に、俺は駅前の喫茶店で時間を潰していた。


 カフェオレの入ったグラスを一口。

 いつまで経っても苦いのが得意になれないので、今日も甘味を大量にぶち込んだ。


 そんな甘さマックスのカフェオレを飲みながら、最近の由佳とのことを思い返してみる。


 『妹じゃ、嫌なんです』


 『油断は禁物ですよ……?』


 夕暮れのバスケットコートであったことと、この前の夏祭り。

 吹っ切れたように見える由佳からのアプローチが、最近激しい。

  

 正直に言って由佳は年齢にそぐわない魅力があるし、可愛いし、嫌かと言われれば決して嫌ではない。

 けれど、けれどだ。

 やはり相手は中学生。冷静に考えなくても余裕でアウトな案件。

 最近はやっぱり意識はしてしまうが、理性がそれを咎める。

 


 由佳から今日の提案を受けた時、てっきり図書館かなにかでやるものだと思っていたので、俺の家を提案された時は驚いた。

 それと同時に……また前回のようなことになりかねないんじゃないかとも。

 いや、いやね?流石に由佳がそういうふうに全く思ってないのに、俺が過剰に反応してたら可哀想よ?

 

 けどあれはもう確信犯だろ!

 最近わかったことだが、由佳はどうやらおませさんらしく、だいぶそっちに興味があるらしい。

 ……まあ貞操逆転していることを考えれば、健全な中学生女子なのか……?

 

 しかしこのままなぁなぁで流されるのは非常に良くない。

 ここは年上として余裕の態度を示さなければいけないわけだ。


 大丈夫大丈夫。前回もその前も不意を突かれただけだからね。警戒さえしてればなんてことはない。

 ……でも由佳めちゃくちゃ力強いんだよな……鍛えてるのは知ってるけど女子中学生の力ではないだろどう考えても……。


 ピロン、とスマートフォンに通知が入る。 

 ちらりと目をやれば、どうやら由佳が最寄り駅に着きそうとのこと。


 「まあ、今日は流石に大丈夫、だと信じたい」

 

 聞く人が聞けば全く信用ならないその言葉は、グラスの中の氷がカラン、と溶けた音にすら負けて消えた。
















 「将人さん!」


 改札の前でスマホに目を落としていると、何度も聞いた元気な声が聞こえてきた。

 視線を少し上げれば、目に飛び込んでくるのは艶やかな黒髪。

 ワンポイントであしらった群青色のヘアピンが太陽に反射して眩しく輝いていた。


 「ん、由佳お疲れ様」


 「はい!全然疲れてませんけど!」


 にかっと笑う由佳は、いつもと変わらず大変可愛らしい。

 スカイブルーの短めな半袖から真っ白でしなやかな腕が伸びている。


 と、由佳が持っているトートバックが目に入った。

 勉強道具が入っているのだろう。

 

 「バッグ重くない?持とうか?」


 「いえいえ!これくらい平気ですよ!」

 

 手を差し出すと、由佳はトートバックを持っていた左手を引いて……代わりに反対側の手で差し出した手を握った。


 「行きましょう!」


 「……そうだね」


 ほんとたくましいというかなんというか……。

 色んな意味で、この子には敵いそうにない。


 










 勉強会はつつがなく進行していた。

 部屋に入る時こそ緊張していたみたいだけど、勉強を始めたらそれもすぐにほぐれたようで。


 今は真面目に机に向かい、参考書とにらめっこしている。

 

 「漢字はもう暗記みたいなものだからね。あんまり褒められた方法じゃないかもだけど、短期記憶に放り込んじゃうのが一番効率的かなって思うよ」


 「むむむむむ……そうですね……」


 由佳の成績は、学年内で平均ぐらいらしい。

 これだけ運動が得意で、成績も平均なら十分では?と思わないでもないけど、由佳本人は上を目指したいらしく。

 難しい顔をして考え込む由佳。

 時計を見れば勉強開始からそれなりに時間が経っているし、勉強机に置いてあったグラスが空になっているのもあって、由佳に提案。


 「ちょっと休憩にしようか?麦茶もいれてくるからちょっと待っててね」


 「はい!ありがとうございます」


 俺の言葉を聞くや否や、由佳はぱっと顔を上げて……自然とその翡翠色の澄んだ瞳と目が合う。

 その吸い込まれるような瞳に、あの顔が一番近かった時を思い出して俺は思わず目を逸らす。

 ぐーっと伸びをしている由佳を背に、俺はキッチンに向かう。

 

 しかし危険すぎるこの子。最近、由佳の女の子らしさに磨きがかかっているような気がする。

 初めて会った時は良くも悪くもスポーツっ子って感じで、元気があって本当に妹だったら良いなくらいにしか思っていなかったけれど、最近はなんというかこう……可愛い要素が強い。

 良く見せてくれる笑顔は快活さを感じる今までのものから、最近はかわいらしさが目立つ柔和な笑みに。

 服装も元気なスポーツスタイルから、路線こそ変わらないものの、フリルのついたものや可愛さをアピールできるものに変わってきていた。

 

 そしてやはり……距離感が近い。

 一度俺を押し倒してからというもの、その距離感に慣れてきたのか、ボディタッチが増えてきた。

 行きで手を繋がれたこともそうだが、どんどんと物怖じしなくなってきたような気がする。

 

 このままではまずい。こともあろうに女子中学生に手玉にとられているというのはプライド的に問題がある。

 

 冷蔵庫に入っている麦茶をグラスに注ぎながら、俺は今日こそはいいようにはやられないという覚悟を決めていた。

 

 「はい、麦茶どうぞ」

 

 「ありがとうございます!」


 部屋に戻ると、由佳は勉強机に座ったままだった。

 てっきり由佳のことだから部屋を物色でもされているかと思ったが、流石にそんなことはなかったよう。


 勉強机から少し離れたところにあるソファーの前に、麦茶の入ったグラスを置く。

 由佳もこちらへトコトコと歩いてきて、ソファーに腰掛けた。


 ……隣に座った俺とだいぶ空間を空けて。

 ん?なにこの距離感。最近近いなとは思っていたが、今は逆にだいぶ遠くて困惑する。

 

 麦茶にちびちびと口をつけながら、こちらを見てくる由佳。

 その視線も、何か伺うようなそんな視線だ。

 

 「えっと……どう?ちょっとは力になれてるかな?」


 「え……あ、はい!とても!とても助かります!」


 「そう、それならよかった……」


 グラスを置く音が、狭い部屋に良く響いた。


 ……なんというか、ぎこちない会話になってしまっている。

 まだ知り合って間もない頃はこういうこともあったけど、仲良くなってからは珍しい、かな?


 まあでも由佳と俺の間には今まで築いた関係値が少なからずある。

 だからこういう時は少し踏み込んでも大丈夫なはずだ。


 「大丈夫?なんかぎこちないけど、緊張してるの?」


 「えっ……いや、そ、そんなことないんですけど……」


 そんなことはないと言いつつも、距離を詰めてくることは特にない。

 最近は一緒にいる時はぴったりくっついてくるのがデフォルトだっただけに、違和感が凄い。

  

 ……もしかして、なんか由佳の気に障るようなことを俺がしてしまったのだろうか?

 それならば謝らなければ。


 「ごめん、思い当たる節はないんだけれど、由佳に嫌なことしちゃったかな?言ってくれたら今後そういうことがないように――」


 「いえ!全然そういうのじゃないです!そういうのじゃ、ないんです。将人さんは、何も悪くなくて……」


 慌てて俺の言葉を制した由佳が、けれど力なく肩を落とす。


 「あ、あの……最近ちょっと……近すぎたかなって反省してまして」


 「あー……なるほど?」


 由佳のその言葉は意外と腑に落ちた。

 最近由佳と会う時は距離が近く、より積極的にアピールしてくるようになっていて。

 

 新しくバスケをする場所が定まっていないこともあり、以前に比べてそういう時間が長くなっていたような気もする。

 

 「えっと、私はその、将人さんのこと好き、ですけど。なんかこう、下心とか、身体目当てとか思われてたら、嫌だなって……」


 「な、なるほどね……」


 女の子が懸念するようなことではないと思うのは、きっとこの世界では間違っているのだろう。

 事実、今日俺の家で勉強会をすることになった時も、少なからず由佳がそういう展開を狙っているのでは?と疑ったわけだし。


 とはいえ由佳が純粋な気持ちで俺に好意を持ってくれているのはわかっているし、それは杞憂だ。


 しかしそれを、どう伝えるべきか……。

 少し、自分なりに考えた後。

 とりあえず、俺は落ち込んでいるような由佳に近づいて、頭を撫でた。


 「なんだろ、俺は由佳が俺を慕ってくれてる理由くらいは、わかってるつもりだから。見た目とか、下心で俺との関係を望んでるわけじゃないのは、わかってるから」


 黙って俺の言葉を受け入れてくれている由佳に、俺は続ける。


 「だから、まあ、今まで通りで良いよ。えっと、なんだろ。俺はまだ由佳を恋愛対象として見れてるわけじゃないけど、由佳個人のことはすごく好きだし。だから、距離を置かれるのは、寂しい、かも?」


 「ほんと、ですか?」

  

 どこか期待を込めた眼差しを向けてくる由佳。

 恥ずかしくて、また少し視線を外してしまう。

 この上目遣いに、俺はとても弱い。


 「行き過ぎたのはダメだからね?!適度に、健全にね!」


 「ふふふ……わかりました!適度に、ですね!」


 よかった。由佳の表情がいつも通りの元気なものに戻ってくれた。

 その事実に、ほっと胸をなでおろす。

 

 「変だと思ったんだよね。いつもの由佳ならさっき麦茶入れにいってる間にてっきり俺の部屋物色してると思ったよ」

 

 「そそそそんなことしませんよ。い、いいんですか?!そんなこと言うんだったらやっちゃいますよ?!」


 「なんにも面白いもの出てこないけど……」


 喜び勇んで部屋の棚を見て回る由佳。

 勉強机の棚を見て、その後に……全く使っていない小さな棚へ。


 ――そこの棚を開けた瞬間。


 それまでぴょこぴょこと可愛らしく動いていた由佳の後ろ姿が、固まった。

 どうしたんだろうか?あの棚は最初から用意されていたけれど最初に確認して以降全く使ってないので何も入っていないはずだが……。


 「由佳ー?どうしたの?その棚何にも入ってないと思うんだけど……」


 「……なんだ、将人さんも、そうだったんですね……」

 

 「え?」


 ゆらりと立ち上がった由佳が、こちらを振り向く。

 その表情は何故だか紅潮しており、なんか……息が荒い。


 何かを手に持ったまま、ゆっくりと由佳が近づいてくる。


 「なんだ……そうなら先に言ってくれれば良かったんですよ?将人さん……」


 「え?なになに、どうしたの由佳」


 右手に何かを持ったままソファーまで来た由佳が、両手で俺の肩を掴む。あの、あのあの?相変わらず力強いですね由佳サン?


 「私はいつでも歓迎だったんですよ?でも将人さんはいじらしいから、きっと言葉にできなかったんですよね。わかります。でもそんな将人さんも好きです」


 「え、ちょ、なになに本当にわからないんだけど――」


 慌てて由佳を止めようとしたその時。

 由佳の右手に握られているものに気が付く。


 正方形の、小さな包み。

 使ったことは無いけれど。

 

 知識として知っている。あれは、避妊具である、と。


 頭が混乱する。

 こちらの世界でもちろん買ったことなどないし、もらった記憶もない。

 誰かの悪戯?けれど、友達の少ない俺は、部屋に誰かを招いたことなんか――。



 ――思い出した。あるとすれば、良く知るスーツ姿のお姉さんが、一度だけ。

 

 あんの人はなんてものを――!


 「待て待て由佳誤解だから!とりあえず一旦話を……って力つっよ!?」


 ソファに無理やり押し倒された俺は、上からのしかかってくる由佳を跳ね返すことができない。


 「今すぐ恋愛対象として強制的に見れるようにしてあげますからね……初めてなので不慣れな点もあるかもなんですけど、許してくださいね……」


 


 嬉々として服を脱がせようとしてくる由佳の説得に、この後1時間ほどかかったとかかかってないとか。

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