ツンデレ系OLは密かにアピール
夏休みであっても、金曜日はバイトを入れていた。
あのお店に来るような人達に夏休みなんてないし、一応曜日固定で入っているから、夏休みなのでいませんっていうのはなあという気持ちと、シンプルにお金を稼がねばという使命感から俺は今日も出勤している。
いつものようにメインは受付。テンションの高いお姉さま方をご案内し、担当のボーイに任せる。
最初は少し抵抗があったものの、来る人は皆笑顔で帰っていくし、話すこと自体は嫌いじゃないこともあって、案外悪くないもんだなと思ったり。
……ボーイとしてのトークスキルみたいなものは、上手くなる気がしないけど。
ふと、時計を見る。
時刻は20時になるかならないかという所。
「そろそろか……」
一旦俺は裏での作業をやめて、受付へと戻る。
大体は来店の知らせがあってから受付に行けばいいのだが……俺は一人のお客さんがこの時間に来ることを分かっていた。
そうして受付に戻って5分も経たないうちに。
入口の扉が開いた。
「やほ。将人」
「……いらっしゃいませ、星良さん」
俺にとって唯一の常連客である、望月星良さんがやってきた。
「だから余計なお世話だっての!!私は将人にお金使って十分満足なのよ!!」
「星良さんどうどう」
星良さんを案内してから2時間ほど。初見のお客様であれば一度や二度ボーイを交代するところだが、星良さんに限ってそれはない。
そして店の人間も誰も声をかけてこない。星良さんが断ることを分かっているからだ。
星良さんはお酒がだいぶ回ったようで、さっきから大学時代の友人達への愚痴がすごいことに。
こうなった星良さんはなかなか止まってくれない。
「まあまあ、ご友人の方々は本当に心配なんじゃないですか?」
「いーやあいつら自分が幸せだからって私を憐れんでニヤニヤしてんのよ……!」
「卑屈すぎでは……?」
空になったグラスにお酒を入れながら、星良さんの愚痴を聞き続ける。
星良さんはあの件以来、丸くなったというかなんというか……。
前まではちょっと怖いって思うことがあったけど、最近はそれが無くなった気がする。
逆にエグイ下ネタとかセクハラ紛いのことは増えたけど。
きっとこっちが星良さんの素なんだろう。
グラスにお酒が注がれて、氷が溶けてカランと気持ちの良い音をたてた。
「別にいいわよ。どうせ将人以上の男なんて現れっこないし、そんな男のために奔走するくらいなら将人にお金使うわ私は」
「と、とてもコメントしづらいですね僕の立場からすると……」
「いいのよ。ふりでもなんでも良いから将人が喜んでくれてそうだったら私嬉しいしね」
「ふりじゃないですよ?!」
ぐいっとグラスに入ったお酒を呷って、ふぅと一つ息を吐いた星良さん。
表情から影が抜けたからかわからないけれど、こうして横から見る星良さんは魅力的に見えた。
スーツ姿も似合っているし、切れ長の目は少しだけつりあがっているけれど、まつ毛が綺麗に上を向いて整っているからか、ぱっちりとした印象を受ける。濃すぎない程度の化粧に見えるけれど、相当に気を遣っているんだろうなということが目元だけでわかった。
「将人は?実際のトコ何人女いるのよ?」
「うぇっ?!」
ちょっと星良さんの顔に見惚れていたら、やべえ発言。
「うえっ?じゃないわよ可愛いわね。いるでしょ5、6人くらいは」
「いやいやいや!いません……よ、そんなに!」
いない、と言い切ろうとしたところで、脳裏に飛び込んできたのは花火をバックにして妖艶な笑みを浮かべた由佳の顔。
あそこまでのことをされて、想いを直接告げられて、けれど相手は中学生で。
あの子に関しては、一体どんな関係と言えばいいのかわからなくて、言葉に詰まってしまう。
そんな俺の態度に星良さんがわかりやすくため息をついた。
「はぁ~……別にいいわよ。今更将人に女がいないなんて思わないし。話に聞くくらいだったらなんともないわよ。遠慮せず吐きなさい」
「い、一応聞いておきますけど、話聞くくらいだったらってことは……?」
「実際に目の前でイチャイチャされたら手が出るかもしれないわね」
「怖すぎなんですけど?!」
これでも成長した方よと1ミリも悪びれない星良さん。
急に目から光が消えるのやめてほしいんですが?!
いや気に入ってくれてるのは嬉しいけどさ……!
「ほら、この前店の入り口にいたお友達は?あれも完全に恋する女の顔してたけど」
「みずほのことです……?い、いやいやいや違いますよ同級生ですけどあの子は別に俺の事好きとかじゃないですよ」
「はぁ~……」
「ダメだコイツみたいな目で見ないでもらっていいですか?!」
心底呆れたと言わんばかりに星良さんが再びグラスに手を伸ばした。
一口煽って、机にグラスをことり、と置いてから。
「あのね、無理よ。女として生まれてきて、将人に会って話して、惚れないのは無理。惚れなかったとしても絶対心のどっかで性的な目で見てるんだから」
「とんでもないセクハラ発言ですよそれ?!」
「あのねえ~、そもそも女子大生なんて大概「あ~この人持ち帰れないかな~持ち帰ってホテルで寝てるタイミングで写真撮ってSNSに上げて周りにマウントとりたいな~」としか思ってないんだから」
「めちゃくちゃ聞きたくなかったですそれ」
なんだそれ。……でもこの世界だとそれが標準……なのか?
元の世界の男は確かに、下心丸出しの男多かったけど……。
それに女性特有のSNSマウントみたいな精神が加わるのか……冷静に地獄だな。
「それで。どうなのよ。もう実際やる事やってるんじゃないの?」
「エグいライン踏み越えてきますね今日は?!お酒そろそろやめときますか!?」
「あ、でも待ってヤる事ヤってたら私の精神がぶっ壊れそうだからそれは聞くのやめとくわ」
「ヤってないですよ!!!」
「あらそう、その反応は本当にそうみたいね。よしよし……」
「何がよしよしなんですか!」
最近の星良さんと話していると主導権をもっていかれっぱなしだ。
けれどそれが意外と悪くなくて、俺も完全に毒されてるなと思う。
「けどま、さっき微妙に言い淀んでたし、思い当たることはあるんじゃないの?」
「……バレてたのが意外ですよ……」
「バカね。私が将人のことどれだけ見てきたと思ってるのよ」
「微妙に怖い言い回しですねそれ」
……まあ、正直由佳に関しては明確に迷っている。
正直中学生の時の恋愛って憧れの延長でしかなくない……?って最初は思ってたし。
由佳は可愛いし、人もできてるからこれからたくさんの男と色々な出会いを経験するわけで。
俺としては「そういえば昔バスケしてくれたお兄さん今どうしてるかな」くらいの思い出し方してくれればそれだけで嬉しかったんだけど。
もうその程度では収まりようがない思い出の残し方しちゃってるしなぁ……。
「なに?煮え切らない顔してるわよ?」
「いや……そのですね、すごい想いを伝えてくる子はいるんですけど、如何せん若すぎるというか……」
「?高校生とか?」
「いや中学生っすね……」
「……私も若い頃に将人に出会いたかったわ」
星良さんの学生時代……それはそれで気になるけど。
「それで?何を迷ってるわけ?」
「いや、やっぱきっとこれから色んな恋愛をするでしょうし、なんか俺なんかがあの子の可能性を閉ざしちゃうのもなぁって」
由佳はこれから人気者になるだろう。この世界であっても、由佳は言い寄られることが少なくなさそう。
「はぁ~~~~~」
「ええ~……」
めちゃくちゃクソデカため息つかれたんだが?
「将人やっぱあんたバカでしょ」
「ええ……」
一通り呆れたリアクションが終わった後、星良さんは人差し指を俺の前に立てた。
「いい?将人はね……自分の魅力を理解してなさすぎ」
「……そんなこと」
「いーやそうよ。前々からおかしいと思ってたの。あなたの男としての魅力と、自己評価が全く結びついてない。それが良いところでもあるんだけど、その自覚の無さは罪になる」
「……」
「だいたいね、将人は無防備すぎよ。犯してくださいって言ってるようなもの。女なんて皆獣なのよ?」
「最近は……意識するようにしてる、つもりなんですけどね……」
特に由佳の一件があってから、できるだけ気を付けているつもりではいる。
それでも昔からの性格というのはなかなか変わってはくれないが……。
「へえ~。じゃあ一回目閉じて」
「へ?いいすけど……」
今の話と目を閉じることになんの関係があるのか全く分からないが、とりあえず目を閉じた。
ふわっと、柑橘系の香水の香りがした。
頬に、感触。
「え……?」
「ほら、やっぱり無防備じゃない」
いつのまにかとても近い位置にいる星良さんの顔に、思わずドキっとしてしまう。
「唇にしなかっただけ私の理性を褒めて欲しいくらいね」
「いや、ちょ、これは、不意打ちというか……」
「いい?将人」
一度しっかりとソファに座り直して。
頬こそ酔いが回ってるのか赤いけれど、真剣な眼差しで星良さんが真正面から俺を見る。
「自分の魅力を自覚しなさい。将人の性格は、とても私は好ましいと思っているけれど。それで傷つくのは、相手だけじゃなく将人も傷つくことになるかもしれないわよ」
「……そう、ですよね」
「正直私は将人に寄り着く女なんてどうなっても良いと思っているけど。将人が傷つくのは見てられないの」
「ちょ、言い方……」
「事実だもの」
なんてことないといったすまし顔で、星良さんが鞄を持って席を立つ。
時計を見れば確かにもう良い時間だった。
会計を済ませて、星良さんが店を出る。
俺も見送りのためにそれに続いて店を出た。
「んーー!やっぱ将人に会える金曜日は最高ね」
「楽しんでいただけたなら、良かったです」
大きく伸びをする星良さん。
長い艶やかな髪が夜の街の風にさらさらと揺られた。
「……ねぇ将人」
「……?なんです?」
振り向いた星良さんは、酔っているはずなのに。
にやっと笑みを浮かべるその表情は少し蠱惑的で。
俺に取ってはとても魅力的に見えた。
「私別にキープでも良いよ?」
「キープってそんな……」
「言ったでしょ?」
少し、星良さんが俺との距離を詰める。
手を、とられる。
さっきの香水の香りがして、心臓が少しだけ跳ねた。
「自分の魅力に、自信を持って。少なくとも私は……将人に初めて会ったあの日から、あなたしか見えてない」
「っ……」
「ふふっ……照れちゃって。可愛い」
前髪を、さらっと撫でられた。
抵抗できない自分が恥ずかしいのに、する気も不思議と起きなかった。
少し名残惜しそうにした後、星良さんは一旦目を閉じた。かと思えば、握っていた手をパッと離して。
「ま、今日はこんなとこにしといてあげるわ。もしちょっとでも良いなって思ったらアフターよろしく〜!」
「ま、またそんなこと言って!!」
ひらひらと手を振って、星良さんが帰っていく。
とても良い笑顔が、街頭と街の光に照らされてとても綺麗で。
やがて後ろ姿が人混みに紛れて、見えなくなった。
「はぁ……」
結局ペースを握られっぱなしだった。
心なしか、まだ心臓の鼓動が早い。
空を見上げる。
見上げた空は既に真っ暗で、都会でも見える一等星が夜空に輝いていた。
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