バスケ部JCはお盛ん
夏といえば。
そう聞かれて出る答えは、割と人によって違うと思う。
例えば海や川といった場所だったり、例えばスイカやアイスなどの食べ物であったり。
確かになにかと魅力的な事柄が多いこの季節だが、俺はその中でも「夏祭り」が好きだった。
親もおらず、祭りなんて知らなかった俺が、たまたま近所でやってた祭りに連れて行ってもらった時。
暗いはずの時間なのに屋台や提灯の明かりで辺り一帯が照らされていて。
誰もが笑って、楽しそうに「祭り」という空気に酔っているような、そんな空間を目の当たりにして。
子供ながらにとても胸が躍ったのを覚えている。
以来、男のくせに浴衣まで用意して当時仲の良かった何人かでお祭りに行くなんてことがそこそこあった。
さて、なんでそんなことを思い出していたのかというと。
その俺の好きな「夏祭り」に由佳から誘われたからだ。
『今度大き目の夏祭りがあるんですけど……』
そう言ってきた由佳の誘いを断れるほど、俺は大人じゃなくて。
ちなみにその後別で汐里ちゃんから「祭り行かないっスか!」って同じ夏祭りに誘われたんだけど先客いるって言ったら泣いてた。泣いてたのになんか喜んでた。こわe。
待ち合わせ場所である駅前で俺はぼけっとスマホをいじりながら、由佳を待つ。
先ほど連絡があったことだし、そろそろ来るんじゃないかな。
少し、胸に手を当ててみた。
「……なんで緊張してんだ……」
我ながら、呆れてしまう。
相手はまだ中学1年生。自分はすでに大学生という年齢であることから考えても、世間一般で考えれば余裕で犯罪。
きっとこんなことが恋海やみずほに知られたら、俺はロリコンの誹りを受けることはまず間違いないだろう。
俺だって、ちょっと前まで全然意識なんてしてなかった。
俺にとって由佳は、可愛い妹みたいなもので。思い出すのは、しょっちゅう勝負をしかけてきては、俺に負けて悔しそうに練習に励む由佳の姿。
そんな彼女を俺はバスケプレーヤーとしてとてもカッコ良いと思ってたし、同時に微笑ましく思っていた。
きっともっと上手になって、俺なんかよりもすごいプレーヤーになるんだろうなあとか。
本当に、その程度だったのだ。
それが、あの日。
全てがひっくり返った。
『妹じゃ、嫌です』
そう言った彼女は、今にも泣きそうな顔をしていて。
俺はなされるがままになるしかなかった。
そして――。
『……もっとしてもいいですか?』
「……ッ!」
思い出すだけで、顔が熱くなる。
ダメだダメだ!あんなのいけません!不純です!!
……ってなんで俺が女みたいになってるんだ……いや、でも正しいのか?ある意味……。
ぱたぱたと手で顔を扇ぐ。
まったく……どうしたもんかね。
想いは嬉しい。そりゃそうだろう。純粋な好意で、しかも自分が好意的な印象を持っている相手からで、嬉しくないわけがない。
だけど……年齢の壁というものがやっぱりある。
由佳はもっと多くの人とこれから会うはずで、俺とのこの時間なんて、小さい時の思い出くらいでちょうど良いはずなんだ。
「ねえねえ、そこのお兄さん」
「……んあ?」
そんなことを考えていると、いかにもギャルっぽい女の子2人組に声をかけられた。
すごいな。今時のギャルは浴衣も着こなすのか。
「暇だったら、ウチらと遊ばない~?お金出すよ」
「ってかもしかしてナンパ待ちだったりする?」
ぎゃ、逆ナン!
あ、いやこれはむしろ正ナンパなのか?この世界だと。
「あ、えっと……ごめん。俺待ち合わせてる人いるから」
「え、男の子?だったらその人も一緒に遊ぼうよ~」
……意外としぶといな。前の世界で女の子達はこんな感じのナンパを受けていたのか。
大変やな。(他人事感)
いい加減諦めて欲しいので、俺もちょっと強めに断ろうかなと思ったその瞬間。
「あの!!」
それは、一際大きい声だった。
ビク、と一瞬固まった女の子2人組が、後ろを振り返る。
そこには、青色が鮮やかな浴衣を身にまとった、由佳の姿。
「その人は私のこ……こ……に、兄さんなので、離れてもらっていいですか」
「あ、えっと妹ちゃん?」
「あ、妹待ってたんだお兄さんやだ妹想い~」
こ……からやたら間が長かった気がするが、大丈夫だろうか。
「あ、じゃあ妹ちゃんさ、お兄さんの連絡先だけ教えてくんない?また今度でいいからさー」
「うんうん、今日はお兄さんとデートなんだもんね?悪かったからさ、お姉さんたちは出直すから~」
あ、完全に本当の妹だと思われてるわ。
素早く俺の前に回り込んだ由佳が、今度はプルプル震えている。
「えっと……由佳?」
俺が小声で由佳に声をかけると、意を決したように由佳は顔を上げて大きく息を吸い込んだ。
「やっぱり兄さんは私の恋人なので諦めて帰ってください!!!」
「「やっぱりってなに?!」」
結局、ナンパしてきたギャルたちは諦めて帰ってくれた。
なんか最後由佳に頑張ってとか言って由佳が赤くなってたが一体何を頑張らせたんだろうか。
今は2人で祭り会場への道を歩いている。
「えっと……すみません、急に大きな声出して……」
「んーん。むしろ助かったよ。どうやって帰ってもらうか悩んでたからさ」
横を歩く由佳を見る。
淡い青を基調にして、控えめにあしらった花柄がしおらしい。えんじ色の帯も良い差し色となって全体を映えさせている。
いつもヘアピンをしている由佳だが、今日は簪。大人びた印象をもたせるのに十分な役割を果たしていて。
「えっと……どう、ですかね」
そんな俺の視線に気づいたのか、由佳がちょっと両手を伸ばして全体の姿を見せてくれた。
うん……。これは破壊力抜群だ。
「めっちゃ似合ってる。いつもより大人びた印象で、綺麗だよ」
「あ、ありがとうございます……」
な、なんでこんな気恥ずかしいんだ!!
いや、理由なんてわかりきっているのだけど。
「将人さんも……その、カッコ良いです。浴衣、すごく似合ってます」
「……へへ、ありがとね」
へへってなんだへへって。キモすぎだろ。
横にぴったりとくっついている由佳は、顔が赤い。きっと俺も若干赤いのだと思う。かおあついし。
けど……けどさあ~!中学生だよ?!しかも1年生!こんな可愛いのは犯罪だろと思うけどさ、実際に付き合うとかそういうのは流石に……ヤバイだろ!!ちょっと前まで小学生だった子なんだよ?!
「あ、あの……将人さん」
「ん?どした?」
気付けば、お祭りの会場である神社の入り口まで来ていた。
屋台と提灯の明かりで神社の方向は眩しいほどに光っている。
周りには家族連れやらカップルやら子供たちやらで溢れているし、いよいよお祭りって感じだ。
そんな中で、由佳が上目遣いに見つめてくる。
「……手、繋いでもいいですか?」
「……そう、だね。繋ごうか」
こんなの断れる人類いるなら呼んでみて欲しい。
俺がぶん殴る。
「うわ凄い!たくさん取れました!」
「意外と俺こういうのも得意なんだよね」
それからしばらく、俺と由佳は祭りを楽しんだ。
屋台の食べ物を食べたり、射的をしてみたり。
今はスーパーボールを掬っている。
遊び自体がそこまで面白いのかっていわれると微妙だけど、この空気の中でやる特別感が、俺は好きだった。
最初こそ気恥ずかしかったけど、由佳と祭りを回るのが楽しくて、恥ずかしさも忘れていたように思う。
由佳が笑っているのを見たら、なんか今あんまり考えすぎるよりも、この瞬間を一緒に楽しんだ方が良いかなと思ってしまった。
問題の先延ばしに過ぎないのは、わかってるけどさ。
「えっと、お兄さんたちすまないんだけど、持っていけるのは10個まででね……」
「あ、そうなんですね」
「かわりといっちゃなんだが、この中から景品持ってっていいから」
そう言って指さされた先は、射的の外れ景品が並んでいる。
なんかこれといって欲しいものが見当たらない。
「……絶妙なラインナップだな……」
「あ、じゃあ私選んでもいいですか?」
「お、なんか欲しいのある?」
「はい。あのお面をください」
由佳が選んだのは、可愛い狐のお面。
上機嫌な由佳と共に、スーパーボール掬いの屋台を後にした。
「由佳狐好きなの?」
「そうではありませんが……はい。将人さん」
「え、俺がつけんの?!」
笑顔で狐のお面を渡してくる由佳。
その笑顔に負けて、仕方なく俺は狐のお面をつけた。
ってこれ……。
「由佳これ前が見えない!」
「大丈夫です!私が手握ってるので!」
「そういう問題?!」
そんなこんなでわちゃわちゃしていると、神社のあちこちに設置されたスピーカーから、アナウンスの声が響いてきた。
『間もなく、お祭りのラストを飾る打ち上げ花火を行います』
お、もうそんな時間か。
「由佳、どっか移動して花火見ようか」
「そうですね」
とはいえこのままではやっぱり前が見えない。
狐のお面を外そう。
と、思ったのだが。
「……ちょっと待って由佳。このお面外れないんだけど」
「え?!」
驚きつつも、笑っている由佳。
いや俺も驚いてるよ?!なんか結構しっかり頭にフィットしちゃって外れないんだけど!
「私が外します。将人さんしゃがんでもらえますか?」
「おお、悪い……」
大通りでは邪魔になるので横道に反れて、俺がしゃがみこめば、由佳が俺の頭の後ろに手を回して、がっちりと頭をホールドしていた紐を解いてくれようとする。
……正面からやってもらっているからか、由佳との距離が近くて視界にはなにも映っていないはずなのに、少し緊張してしまう。
あの時と、ちょっと似ているからか。
しばらくして、お面が外れる。
俺は由佳に感謝を伝えようとして――。
また、目の前に由佳の顔があった。
覚えのある光景。
覚えのある――感触。
「……っ」
ゆっくりと、離れる。
思わず俺は、後ろ向きに雑木林へと倒れ込んでしまった。
「ちょ、由佳お前……」
「ふふふ……油断は禁物ですよ将人さん……って」
由佳が俺の顔を悪戯っぽい顔で覗き込んで来る……と思いきや、由佳の動きがピタリと止まる。
視線は、俺の身体に注がれていた。
え?
全然気付かなかったが、浴衣が地面から生えた小さめな木の枝にひっかかって、左肩がはだけている。
中には当然何も着ていない。
俺は、それがどれだけヤバイことなのか全然わかっていなかった。
まずい、と思った時にはもう遅い。
目が完全にヤバイことになっている由佳が、俺に思い切りのしかかってきた。
そのまま、雑木林の奥の方にずるずると引っ張られていく。
祭りを楽しんでいる人たちは神社の境内の方で行われる花火に向かっていて、俺たちのいる脇道の雑木林なんかに誰も意識は割いてない。
喧噪が遠く、ここには、俺と由佳だけ。
少なくとも俺はそう思っていた。
「ちょ、由佳……!ダメだって……!」
「将人さんが悪いんですよ。こんなえっちな姿を見せて私を挑発するから……!」
身体の隅から隅まで。
由佳の華奢な手と、口で蹂躙される。
もう何度口づけされたかもわからない。
花火の音が遠くに聞こえる。
俺の視界に映るのは、顔を赤らめて発情しきった由佳の顔と、夏の夜空だけだった。
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