番外編 それぞれの日常




 ~望月星良とディナー~


 

 

 「――っていうことがあってですね……」


 「あらそうだったのね。残念。まあでも軽い運動くらいできるなら、今度はどこかで運動とかしてみたいわね」


 

 今日は星良さんと同伴の日。

 前回と同じように今日は駅ビルの最上階にあるレストランで夕飯を食べてから、お店に向かう手筈になっていた。


 前回連れて行ってもらったお店もめちゃくちゃ美味しかったけれど、今回のこのお店もとても美味しい。

 ……美味しいしか言えないの、マジでガキ舌ですみませんって感じや……。


 前に嫌いな食べ物はほとんどありませんって言ったからか、前回のイタリアンとは違って、今日は和食。

 海鮮系の食べ物に舌鼓を打った後、今はお茶を飲みながら星良さんと雑談中だ。


 

 「……あ、ごめんなさい、ちょっとお手洗い行ってきていいですか?」


 「ええ、もちろん。もうこんな時間だし、将人がお手洗いから帰ってきたら、お店に向かいましょうか」


 「はい!了解です!」


 柔和な笑みを浮かべる星良さん。

 星良さんは本当に雰囲気落ち着いたなあと思う。


 良い意味で、割り切ってくれた感じなのかもしれない。


 たまにエグい下ネタで笑わせに来るのはやめてほしいけど……。


 お手洗いを済ませて、手を洗う。

 ハンカチを取り出して手を拭いた後、鏡の前でみだしなみチェック。


 おん、問題ないね。


 ゆっくりと席の方に戻ろうとすると。



 「あれ?」


 「はい、行くわよ将人。これバッグ」


 「あ、ありがとうございます」


 入り口付近にあるお手洗いの前で待っていた星良さんが、俺のクラッチバッグを持って立っていた。

 それを俺が受け取ると、星良さんがお店の外へ向かって歩いていく。


 え、あのーお客様お会計が……。



 「星良さん、お会計は……?」


 「?もう済ませたわよ」


 「ええ?!悪いですよいくらでした……?」


 「はぁ……あのねえ、将人」


 星良さんが振り返って右手の人差し指を俺の目の前に立てた。


 「いい?私といる時は、将人に1銭たりとも払わせるつもりはないの。なんならお財布持ってこなくてもいいわよ?」


 「いやでもそれは……」


 「でももなにもないの。私は将人にお金を払わせない。そう決めたの。だから、ね?」


 そう言われてしまっては、俺も引き下がるしかない。

 これも文化の違いと受け入れるしかないのかなあ……。


 俺はクラッチバッグから取り出した財布をすごすごと鞄の中にもどした。



 「でもね」


 「?」


 星良さんが、俺の手を取った。

 さらさらとした肌の感触に、思わずドキリとしてしまう。


 

 「そうやって『払ってもらうのが当たり前』って少しも思ってない将人の姿勢が……私はとっても好きよ」


 「……ありがとう、ございます」


 「あら、照れてる。可愛い」


 

 ……最近の星良さんに、俺はどうにも押され気味だ。











 ~五十嵐恋海と戸ノ崎みずほの大学生活~



 

 大学の授業は、基本恋海とみずほのどちらかと同じ授業を取っていることがほとんど。

 だからあまり、他の同級生とコミュニケーションをとる機会というのは無かったのだが。


 

 「将人くんって普段なにしてるの~?」


 「将人くん彼女いる?!」


 「ウチのサークル来ない?」


 たまに1人になっているとこういう質問攻めを受けたりする。

 どうしよう。グループ活動ってなっても基本どちらかがいてくれたからあまり困らなかったけど……。


 まあでもこれくらい1人で対応できなきゃダメよな。

 俺は覚悟を決めてこの子達と話すことに決めた。


 「バイトしかしてないよ~彼女もいないしね。サークルはちょっとバイトの方が忙しいから無理かも……」


 同級生の女子3人は、俺が話している間も目がギラギラと光っている。

 正直なんか……怖い。


 「彼女いないんだ!めっちゃモテそうなのにね~!彼女作る気無いの?」


 「サークルなんだったら全然いつでも休んでもらっていいからさ!合宿とか楽しいよ!」


 おおう。ボディタッチ激しすぎないか?距離近いよ?そこまでがっついてくると怖いよやっぱり。

 しかもサークル誘う最初の提案が合宿って。怖すぎるっぴ。


  

 ちょっと対応をどうしようか悩んでいると。


 3人の後ろから走って来る、見知った顔。

 

 「将人あたーーーっく!」


 「ぐえっ」


 みずほが小走りでこっちへ向かってきたかと思うと、俺の腰に飛びついてきた。


 「お待たせ~!ってあれ?なんか話してた?ごめんね?」


 「あ、いやえっと……戸ノ崎さんと将人くんって……」


 いきなりのみずほの登場に驚いた様子の女の子3人。


 「いやーバレちゃいましたか!バレちまったなら仕方ねえ!そう、私と将人は盃を交わした仲……」


 「盃……?」


 俺の腰にくっついたまま、みずほがしたり顔で説明を始める。

 いやペットボトルで乾杯しただけでしょそれ……。


 

 「変なこと言わないの。ごめんね、みずほが急に」


 「恋海~!遅いよ~!」


 いつから聞いていたのか、恋海も後ろからやってくる。


 そのまま俺の隣……みずほがくっついていない側に立った。


 「申し訳ないんだけど、将人はバイトで忙しくてさ。サークルに入る気ないんだって。私も誘ったんだけどね~」


 「は、はあ……」


 「ま、そういうわけだからさ。諦めて?じゃあね」


 

 そう言い放った恋海は、俺の腕を取って、歩き出す。

 同級生の女の子3人は、終始きょとんとしていた。


 ずんずんと歩いていく恋海に引きずられながら、俺はちらっと後ろを振り返る。

 結構強めに言っちゃってたけど、大丈夫だろうか。


 「い、いいの?」


 「いいのいいの、別に名前だけ知っているような仲だし。あの子達、極論ちょっとカッコ良い男なら誰でもいいんだよ」


 「あの子達結構強引なんだよね~!テニスサークルって言いながらテニス全くしてないって有名だよ!」


 「そ、そうなんだ……」


 みずほも指でバッテンを作っている。

 関わっちゃいけないということなんだろうか。


 「みずほなんで私がいっつも嫌われ役なのよ……」


 「ごめんごめんいやーどうにも強く言うのは私にはできなくてですね……」


 「もー私がいないときどうするの?」


 「そりゃあ将人を連れて緊急脱出!しますよ!」


 呆れ顔の恋海と、にへへと笑うみずほ。


 なんだかんだでこの2人には、助けられてばっかりだ。


 一つ気になることがあるとすれば……。


 この2人が握る俺の両手に込められた力が、以前より少し強くなった気がするのは、気のせいなんだろうか。


 










 ~篠宮汐里と読書感想~


  

 汐里ちゃんに借りた本を、一週間かけて読んでから返した。


 「いや~面白かったよ。なんか不思議な気分だったわ」


 「いやこれを貸して感想を聞いてる私が一番不思議で複雑な気分なんですがそれは……」


 汐里ちゃんは、あれからだいぶ雰囲気が変わった。

 というか、これが本来の汐里ちゃんなんだろう。服装の感じもいかにもお嬢様っぽかったものから、いい意味で気取らない、可愛らしいものに変わっていた。


 「それで、誰が一番好きですか?やっぱ末っ子のかずくんですよね?」


 「あ~……それでいうと次男のりかくんが俺は面白くて好きだったかなあ」


 「それは病院行った方がいいですね」


 「辛辣すぎない?!」


 感情の抜け落ちた顔でそう告げる汐里ちゃんは、ある意味表情豊かになった。

 

 「いやないでしょ。せめて長男の英くんでしょ。次男て……ないわぁ……」


 これだからニワカは……と肩をすくめる汐里ちゃん。ちょっと憎らしいくらいの今の温度感が、俺にはちょうど良かった。

 これくらいの空気感で話してくれるの、汐里ちゃんだけなんだよね。


 「じゃあ次はなんか他の読みます?」


 「お、なんかおススメある?」


 「そうですねえ……」


 汐里ちゃんが本棚を見る。

 かつて突っ張り棒とカーテンで守られていた本棚は、今はあけっぴろげになっていて。

 横にもう用無しになったカーテンが畳んで置かれている。


 「これとかどうですか?」


 汐里ちゃんが、1冊の本を取り出した。


 「どれどれ……」


 俺が受け取った本の表紙を見る。『お願い先生~学校じゃ教えてくれないこと、教えてください~』禁断の家庭教師のお兄さんとの恋。18歳以下閲覧禁止……。

 ……うん。


 

 「俺これどういう気持ちで読めばいいの?」


 「是非自分に当てはめてもろて」


 「絶対嫌だわ」











 


 


 


 


 


 

 ~前田由佳とバスケコート探し~


 

 由佳と一緒にバスケをしていたコートが取り壊されてしまうということを知ってから。

 俺と由佳は新しい練習場所を見つけるべく、探索に出ていた。


 と言っても、あてもなく探したって見つかるものではないので、事前にインターネットで調べてから、下見に行く感じ。


 

 「う~ん、ここはかなり人気っぽいですね……」


 「そうだな……休日とはいえ待ちが何組もいるみたいだしね……」


 それでもなかなか簡単には見つからない。ネットで最初に出てくるような人気スポットは、いつもバスケができるとは限らない。

 程よい穴場があれば一番良いのだが……そんなに都合よくは見つからなかった。


 「一応この近くにもう一ヵ所あるみたいだから、歩いていってみようか?」


 「はいっ!」


 由佳を連れて、再び歩き出す。

 俺はスマートフォンを取り出して、次の場所への道を調べていた。


 「え~っと……ここを真っすぐ行って……」


 大通りの歩道を、由佳と2人で歩く。

 すると。

 

 「はっ……!」


 「……?」


 何かに気付いた由佳が、素早く俺の隣から逆側の隣へと回り込んだ。

 

 「……どうしたの?」


 「いえ!なんでもないです!」


 不思議に思ったが、由佳が笑顔で楽しそうなので何も言わないでおく。


 「ここを左だね」


 「へえ~こっちの方は、あんまり行ったことないです」


 「俺もあんまり無いなあ」


 

 信号を渡って、再び歩道を歩く。


 すると再び。



 「はっ!」


 またもや何かに気付いた由佳が、回り込んで俺の逆側の隣にぴったりとくっついた。

 ……えーっと?


 「スクリーンアウト的な……?」


 「ち、違います!」


 バスケの練習でもしてるのかと思ったが、どうやら違うようで。

 ではなんのために……?


 「テレビで見ました。良い女は、男の人を車道側に立たせないそうです!お、お兄さんを車道側に立たせるのは、危ないので!」


 ……ちょっとぎこちない話し方。

 けれど、こちらを気遣ってくれているのは、十二分に伝わってくる。


 恐る恐る、由佳が俺の顔を覗き込んできた。


 「ど、どうですか……?」


 「ふふふ……ありがとね」


 そう言うと、花が咲いたようにぱあっと由佳が笑顔になった。


 俺はやっぱりこの子の笑顔には、敵わないなあと思うのだった。


 

 


 

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