ツンデレ系OLは誘う
最近、よくボケっとしてしまう。
俺にとって衝撃的な事件から5日……。正直、あんまり大学の授業も、身に入ってこない。BGMのように教授の声が右から左に抜けていくだけだ。
脳内をリフレインするのは、あの日のやりとり。
『返事はいりません。これからずっと……いっしょにいて私の想いを証明しますから!』
きっと今は年上の俺に幻想を抱いてるだけで、もっと色んな男と会えば変わるかもよ?と聞いた俺を一蹴したのがこのセリフ。
笑顔で帰っていった由佳の顔は……とてもイキイキしていたように思う。
実際そう思うのだ。中学生なんて多感な時期で、たまたま今回は俺がいただけでこれからいくつもの恋と失敗を経験していくはずなのに。
あんな嬉しそうに言われたら、振り切る事なんてできない。普通に可愛いし。俺も男だし。
あれから由佳からの連絡も結構積極的だ。
由佳の言う通り、今までは妹のような存在だと思っていたから、まさかそんな感情を抱かれているなんて思いもしなかった。
あの日の由佳の表情が、行動が、脳裏に焼き付いて離れない。
夕日を背に、由佳に上から抑えつけられて……。
「も~また考え事してる!」
「……ごめんごめん」
隣に座った恋海の声を聞いて俺は我に返った。
「はい、これ冷たいの」
「おお、ありがと。ちょっと待って今細かいのあったかな……」
「いーのいーの!これくらい払わせて」
今日も腰の高い位置からスウェードフリルのついたブラウンのショートパンツに、白の清涼感溢れるスクエアネックタイプの半袖を少し余裕を持たせて裾を入れている。スタイルが良い恋海は、脚を長く見せたこういったセットアップが映える。
「自販機のジュース奢ったくらいじゃなんもカッコ良くないヨ?」
「みずほだってこの前買ってたじゃん」
「それはスタバね!私の方が格上なのだ!」
恋海の後ろからひょこっと顔を出したのは恋海の親友であるみずほ。
みずほは恋海と同じショートパンツでこそあれ、色は黒で上はピンクのシースルーブラウス。袖の部分がレースになっているタイプだ。
みずほの可愛い部分を全面に押し出したファッションは、自分の武器をわかってるのかもななんて思わせる。実際似合ってるし。
「でも将人確かに最近元気ないよね。なんかあったの?」
「いや……なんでもないよ」
可愛く首を傾げたみずほだったが、俺が恋海から渡されたジュースを無言で飲み始めてこの話をする気がないのがわかると諦めてくれた。
まあ、もうこの5日間で何度聞かれたかわかんないしな……。
自分でもかなりショックを受けているのかもしれない。
この世界に来て4ヶ月弱。正直ほとんど変わりないし、俺自身も今まで通り生きていけると思っていたが……やっぱり違う世界なんだと叩きつけられた気分だった。正直油断してた。由佳と仲良くなれて、可愛い妹みたいな奴ができたって思いあがってた。
目の前で話し始めた2人を見る。
この2人とも仲良くなれた自信はあるし、前の世界だったらこのまま何も感じずに暮らしていたと思う。可愛い女子2人と仲良くなれたって浮かれていたまんまだっただろう。
けれど、違うんだ。恋愛感情……をもたれているかどうかまではわからないが、少なくとも2人とも俺に好感情を抱いてくれていると思う。
だから、変に刺激するようなことをしちゃいけない。
今になって思えば、泊まりの旅行だってめちゃくちゃ危ないよな……せめてもう1人男子がいるとか、した方がよかったよな……生憎、仲の良い男子なんてボーイズバー仲間以外にはいないのだが。
「来週楽しみだね!」
「そ、うだな」
思わず返答も詰まってしまう。
来週。もう夏休みは直前に迫っていて、その夏休みの初っ端に俺たちは海に行くことになっている。
今までの俺だったらなにも心配せずのこのこと着いていったと思うが……ようは前の世界なら、タイプの違うイケメンの男2人に女の子が1人でついていくわけだろ?俺が女の子の友達だったら心配する「大丈夫なん?」って。ちなみに大丈夫ではない。
だからしっかり線引きをしよう。今更感はだいぶ否めないが……。
できることはやろう。
「ねえ、将人聞いてよ。みずほったら水着ちょっと攻めたやつにしようかなとか言って――」
「あーーー!!あーー!!聞こえません!聞いてません!!誰も得しまっせーーん!」
ニヤニヤと笑いながら俺にそんなことを伝えてきた恋海に、みずほがタックルしてる。
なんか、ちょっと微笑ましくて、気持ちが幾分か落ち着いた。
最近はなんか2人の間もたまにギクシャクしているような気がして、どうしたのだろうと気になっていたから。
解決したのなら、それで良い。
「じゃあ、楽しみにしてるね」
「うぅ……全然そんなんじゃないんです……最悪だ……私貧相なのに……」
まあ、これくらいならいいだろう。
わかっていたことではあるけれど、18年生きてきた性格はそう簡単に変えられそうにない。これが俺の素なのだから。
ただボディタッチとか、パーソナルエリアとかは考えなきゃいけないな……。
今日は金曜日。
バイトをしていれば、いつものように18時半頃に星良さんがやってくる。
「いらっしゃいませ、お嬢様。今日も来てくれたんですね」
「ええ。こんばんは、まさと」
半袖の白のブラウスにスーツスカート。黒髪を今日はポニーテールではなくそのまま下ろしているのが、仕事のできる女性って感じでかっこよさが際立っている。
冷静になってみれば、この人との関わり方が一番難しい。
とりあえず、心無し普段の連絡の頻度を減らしてみた。効果があるのかはわからないが……。
一番の問題は、俺自身が星良さんに嫌な気持ちを抱いていないことだと思う。
綺麗な人だし、話してて楽しいし……。
気に入ってくれているというのも普通に嬉しかった。今にして思えば、かなりボディタッチも多いが……男なら、こんなの浮かれてしまう。
しばらく接客していると、星良さんがおもむろに鞄の中から何かを取り出した。
「実は……今日は渡したいものがあって来たの」
「え……?」
丁寧に梱包された包みを見て、俺はそれがプレゼントの類であることに気付く。
……まだ全然誕生日とかじゃないのだが?
「ちょ、ちょっと待ってください星良さん、俺まだ誕生日先ですし……」
「誕生日はこんな物で済ませないわよ……これはほんのお礼。この前デート付き合ってくれたしね」
渡された袋は、そこまで重くも大きくもない……が、俺でも知っているブランドのロゴが刻まれている。
あ、開けるのが怖いんですがそれは……。
「あ、開けてもいいですか?」
「もちろん。もうそれはあなたの物よ」
恐る恐る、開けてみる。袋を開けてみれば、さらに四角い箱。丁寧にその梱包をまた開けると中に入っていたのは、紺のシックなネクタイと、タイピン、カフスが入ったセットだった。
色合いも落ち着いていてとても俺好み。
でもやっぱり値段が気になってしまう。
「うわカッコよ……ってだけどやっぱこれ高いですよね……?」
「もう……金額なんて気にしないで。まさとに似合うだろうなって思ったから買っちゃった」
悪戯成功したみたいな笑みを見せる星良さんが普段とのギャップがあって、思わずドキッとしてしまう。
まずいな……由佳の件があってから、異性の表情に過剰に反応してる節がある。
「で、でも……本当に、使いすぎないでくださいね……」
「ふふふ……可愛いんだから」
頬杖をついていた星良さんが、目の前のグラスに入ったお酒に口をつけた。
そして少し下を向いて……。
「やっぱり、まさとがそんな有象無象のボーイと同じわけないのよ。間違ってるのはあの子達。まさとは唯一無二で、私だけの……」
「え?」
「……なんでもないわ」
なんか小声で何かを言っていた気がしたが……よく聞き取れなかった。
ぱっと顔を上げた星良さんが、何かに気付いたように俺の身体を凝視する。
「そういえば、最近ちょっと筋肉ついたんじゃない?最初会った時はあんなにヒョロガリだったのに」
「ええ?そうですか?そんなことないと思うけどなあ……」
たしかに由佳とのバスケもあって最近運動する機会は多いが……ってまた由佳とのことを思い出してしまう。
「ほら、この辺の腕とか……」
身体を寄せてきた星良さんが、俺の腕を優しく握る。
その時、由佳の一件を思い出していたからかもしれないが。
――反射的に、俺は少し引いてしまった。
その反応を見て、星良さんが驚いて手を引く。
……少し、気まずい間があって。
「――どう、したの?」
「あ、いえ……違くて……」
ヤバイ。なんでこんなことになってるんだ?
先週からやっぱりおかしくなったみたいだ。……でも、本来これが正しいのかもしれない。
距離感を、ちゃんととらないと――。
と、思ったその瞬間。
いつの間にか、真隣まで詰めてきた星良さんの腕が、俺の逆側の腰に回される。
そのままぐっと、星良さんの方向に引き寄せられた。
「なんで、避けるの?まさと」
女性特有の柔らかい香りが、強く香った。
「いや……えっと、そういうんじゃないんです、けど……」
もう星良さんもだいぶお酒が回っているのだろう。
顔が、かなり赤かった。目鼻立ちが整った星良さんの顔が近くて、身体が固まってしまう。
「わかった。他の女になにかされたんでしょ」
「……!」
「なるほどね。この前接客してた可愛い子?なにされたの?怒らないから、教えて?」
「いや、ちが……」
右手を握られる。星良さんの左手は相変わらず俺の腰をしっかりと絡めとっていて、身動きが取れない。
「ねえ、まさと……」
「は、はい……?」
星良さんの細くて長い指が、俺の指の間に入りこんで来る。
一本一本。じっくりと。
やがて完全に、いわゆる恋人繋ぎが完成した。
握られたその手は、言葉にしなくても雄弁に、「もう離さない」と、言っているような気がして。
「プレゼント気に入ってくれたのよね?」
「は、はい……」
「じゃあさ……」
耳元に、顔を寄せてくる聖良さん。
だ、だめだ。ダメなのに。
思い切り聖良さんをどけることが、俺にはできなかった。
……ああ、そうか。
俺は、由佳の件があってこれからは距離感とか、ボディタッチとか気をつけなきゃなって思っていたけれど。
それはもうあまりにも遅すぎて。
妖艶な笑みを浮かべた聖良さんが、耳元で囁く。
「……アフター、行きましょう?」
必死にもがいたってもう遅い。
もう既に俺は、ずぶずぶと深い沼に首元まで浸かっていたのだ。
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