バスケ部JCは良い笑顔


 本格的に夏の暑さが厳しくなってきた日曜日。

 蝉の声もだいぶ煩わしく感じられる。


 そんな中俺は起きてからこれといってやることなく家に引きこもっていたのだが。


 「あつー……」


 流石に暑すぎるやろ!

 クーラーは部屋にあるにはあるが、なるべく電気代を節約したいという思いもあって、基本的にはつけていない。

 これだけ暑いんだから仕方ないと言い訳をすることはできるが、まだ夏は始まったばかり。こんなんでいちいちつけていたらこの先が思いやられる。


 「……外行くか」


 外の方が暑いやん。と言われたらそうかもしれないが、気持ちの問題だ。

 このまま中で暑さにうなされるくらいなら、外で活動した方がまだマシ。


 軽くシャワーで汗を流して、動きやすい服装に着替える。

 リュックにバスケットボールとタオル等を突っ込んだ。

 

 「……由佳いるかもしれないしな……」


 スマホを確認すれば、今日も朝イチに連絡が来ているのみ。

 健全なバスケ部女子な彼女は、今も練習しているかもしれない。


 なんて。なんとなく由佳とバスケをすることが楽しみになってきていることに驚きつつ。


 だってあいつどんどん上手くなるんだもん。見ていて楽しい。

 そろそろ本当にあの場所を取り返されておかしくない。

 本当に女子中学生か???


 「うし。行くか」


 戸締りをして公園に向かう。

 真夏の太陽はやはり猛烈な勢いでコンクリートを焼いていたが、外の空気は幾分気持ちが良かった。





 









 流石日曜日の午後といったところか、公園のバスケコートには先客がいた。


 「ま、そう上手くは……って」


 感じる強い既視感。

 バスケコートの中の人物が見えるくらいの距離まで来て気付く。


 4人でバスケをしている女の子達の中の1人を、俺はとても良く知っている。


 「由佳じゃん」


 黒髪ショートに青のヘアピン。

 今日は部活動のジャージではなくいつも一緒にバスケをやるときの恰好だったからというのもあるかもしれないが、すぐに俺は由佳を見つける事ができた。


 まさか……またいじめ?

 この前のこともある。

 嫌な予感がした俺は、とりあえずバスケコートの近くまで寄ってみた。


 

 「こっち!」


 「はい!」


 「うっていいよ!」


 「ナイッシュー!」


 あ、大丈夫だ。

 4人とも表情が真剣で、この前と違い、バスケに全力に取り組んでいることがすぐにわかった。


 「疲れた~!」


 「いったん休憩しよっか」


 おお……なんか新鮮。由佳がリーダーシップを発揮している。

 会話を聞く限り同級生っぽいし、聞いたところによると1年生で唯一試合に出ている由佳がリーダー的存在になるのは自然、なのかもね。


 コート脇のベンチに向かう4人。


 ん~、どうしよっかな。せっかく練習に来ている由佳達に水を差すのも悪い。

 かといって、せっかくバスケしにきたしちょっとボールを触りたい気持ちもある。


 ……背を向けてシューティングすれば、ワンチャンバレないんじゃね?


 ちょっとだけシューティングして帰ろう。よし。それだ。


 俺はリュックからボールを出して、バレないようにコートイン。

 彼女達に背を向けて、ボールを何度がドリブルした。


 軽いアップ。

 足の間を通して、今度は背中側から通して……。

 うん、よく手にボールが馴染む。


 1度、2度地面にボールをついて、中距離から俺はジャンプシュート。

 スパッと気持ちの良い音を立てて、ボールがゴールに吸い込まれる。

 うん、この距離なら成功率高くて良い。


 よし、あと2,3本打って帰ろ――。



 「お兄さん」


 シュート体勢に入ろうとしたその時。

 後ろから聞き覚えのある声。

 なん……だと……。


 「な、何故バレた……」


 「お兄さんのプレー何回見たと思ってるんですか……それくらい、すぐわかりますよ」


 いつの間にか真後ろまで来ていた由佳に、声をかけられてしまう。

 にこっと笑う彼女の笑みがまぶしい。


 「いや~ごめんごめん。邪魔したら悪いと思ってさ、すぐ帰るから」


 「え?帰っちゃうんですか?」


 「チームメイトなんだろ?いいじゃん。しっかり練習してき」


 せっかくの同級生達との練習時間を邪魔しても悪い。


 ひらひらと由佳に手を振って、俺はボールを抱えて退散。

 ちょっとでもシュート打ててよかったわ。



 「あの!」

 

 ボールをリュックにしまおうとしゃがみ込んだ俺に、声がかかった。

 

 振り返ってみると、由佳のチームメイトであろう3人の少女達が、そろって俺のところまで来ていた。

 な、なんだなんだ。


 「「「バスケ教えてください!!」」」


 ええ……。





 

 





 









 俺に教えを乞うのは由佳としても想定外だったのか、なにか4人で揉めている。

 ……というか由佳が一方的に怒ってそれを受け流している3人という感じがしないでもないが……。


 由佳に悪い事したかなあ。


 「あ~、由佳やっぱり俺帰るよ。申し訳ないし」


 「あ!ち、違います!お兄さんは、か、帰らないで……」


 「……?そう?」


 なんか顔が赤い。大丈夫だろうか。


 「由佳に教えてるように、私達にもバスケ教えてください!」


 「俺が教えられることなら別にいいけど……」


 さっきのプレーを見てても、やっぱり由佳はこの中だと相当抜けている。

 他の子達は一般的な女子中学生バスケ部って感じだ。

 上手い方ではあると思うけど。それくらいなら、俺でも教えられることはある。


 「やった!!私すずかって言いますよろしくお願いしますね!」


 「私かほです!」


 「みほで~す!」


 おお、勢いがすごい……若いな。

 もう俺はおっさんなのか……。


 手を差し出されたから握りかえすと上下にぶんぶんと振られる。

 元気がすごいよ……。


 「も~~~~~!!!!」


 由佳がキレてる。やはり邪魔してしまったか……。

 終わった後SNSで個人的に謝ろう……。


 











 中学生だからかなのかはわからないが、皆技術の吸収が早かった。

 教えたことをすんなり行動に移すし、それをすぐ自分のものにできる。


 なるほど。こりゃ確かに中学生は最高だぜと言いたくなる気持ちもわかる。

 誰の言葉だったか忘れたけど。しかも小学生だった気がするけど。 

 

 「お兄さんお兄さん!」


 由佳が俺をお兄さんと呼ぶからか、バスケ部の子達も俺をお兄さんと呼ぶようになった。

 なんならみほちゃんはお兄ちゃんと呼んできた。由佳がめっちゃキレてた。怖e。

 

 このポニーテールの子は……たしかすずかちゃん、と言ったっけか。


 「お兄さんにとって由佳ちゃんってどういう存在なんですか?!」


 「ちょっとすずか!?!?」


 すごい勢いですずかちゃんをヘッドロックキメる由佳。

 いやそれ流石に痛いやろ……。


 由佳も誤解されたら嫌だろうから、よし、ここはしっかり言っておいてあげないとな。

 由佳の好感度を回復させておこう。


 「由佳はそうだな……まだ会ってからそんなに日が経ってるわけじゃないんだけど。もう俺にとっては、妹みたいな存在だよ」


 嘘偽りない言葉だ。いつの間にか由佳とバスケするのが楽しみになっているし、バスケ以外の話も良くするようになった。俺自身、由佳と話す時間は割と好きだなあと思う。

 

 ちょっと図々しかったかな……?でも由佳はそれなりに俺に懐いてくれているし、嫌がられることはない、と信じたいが……。


 「い、妹……」


 あ、ごめんなんか嫌がられてるっぽい。

 泣きたい。勘違いでした。


 「はいはい私も質問!お兄さんって彼女いるんですか~!?」


 今度はなんかやたらとギャルっぽいみほちゃんから質問。

 ませてるなあ~今時の中学生ってそんなもん?


 「いないよ~。独り身さ」


 「ええ~めっちゃ意外!はいはい!じゃあ私彼女りっこーほしまーす!」


 「みほ!!!」


 わ~由佳すごいキレてる~。さっきはちょっと落ち込んでいたり、怒ったり。由佳の情緒が心配だ。

 にしても速攻で彼女立候補しますとか言っちゃうあたり、まだ中学生というのは恋に恋する時期なんだろう。

















 「「「ありがとーございましたー!」」」


 「はい、こちらこそ混ぜてくれてありがとうね~」


 由佳以外の3人が、ベンチの方へ帰っていく。みほちゃんなんか「3年経ったら告白しにきまーす!」とか言ってた。

 ギャルっぽいけど快活な良い子だったし、多分3年経ったら俺の存在なんか忘れてるよ……。


 「あの、ありがとうございました。ま、将人兄さん」


 「ん?んーん。こちらこそ、邪魔してごめんね」


 どういう心境の変化なのか、由佳は俺のことを将人兄さんと呼びだした。全然良いけど、さっき妹扱い嫌がってたのは気のせいだったのか……?


 「良い子達じゃん。大切にしなよ」


 「そうですね。よかったら、今度試合とか見に来てください」


 「お、是非是非。由佳が試合しているところ見たいしね」


 試合って一般の人でも入れるのだろうか。大会とかなら見れるのかな……?



 「あ、あの……」


 「ん?」


 夕焼けに照らされて、心なしか由佳の頬が紅い。

 でもやっぱり、こうして見ると幼いながらも由佳の顔は女性らしい丸みを帯びていて可愛いなと思う。翡翠色の瞳も、透き通っていて綺麗だ。

 将来は、きっと美人になるだろう。



 少し、間があって。



 

 「なんでも、ないです」


 「……?そ?そしたら、また今度ね。いつでも練習付き合うからさ」


 数秒の間に、由佳がなにを考えていたかはわからない。

 何かの言葉を、飲み込んだように見えたけど。


 「はい。今度は、2人で、練習したいです」


 「ははは、そうだな。由佳に教えるなら、2人きりの方がいいな」


 他の子達とは教えてあげるレベルが違いすぎる。

 そういう意味でも、由佳にとっては2人でやるほうがスキルの上達にはつながるだろう。


 

 「はい!!またお願いします!」


 


 最後に明るく返事を返してくれた由佳の笑顔は、やっぱり可愛かった。

 


 

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