元気っ娘JDは情報を得る
最近、私は変だ。
「みずほ、この前の授業のプリント持ってる?」
「あ、うん、もってるよ」
「……大丈夫か?なんか浮かない顔してるような……」
「そ、そんなことない!ばっちり元気いっぱいだぜ!」
無理やり、会話を終わらせる。
恋海に紹介されてから、大学では将人と恋海と3人で行動することが多くなった。
現在進行形で行われている授業も、一緒に受けている。
それ自体は、嬉しいしちょっと鼻が高い。
大学内でも男子がいるグループってだけでちょっと羨ましがられるし、それがイケメンときたら尚更。
だけど、私は恋海が将人に抱いている気持ちを知ってる。
恋海は、それをわかってて私に将人を紹介してくれた。それはある種の信頼。
もちろん、私が運命の人と出会ったというのもあるだろうけど、私なら大丈夫だって思ってくれたことに他ならない。
なのに。
この人と……将人といると自分が変になる。
けいとさんに絡まれたあの事件以来、私の心はずっとふわふわしたまま。
私の心は、こんなに軽いものだったのかな。
運命の人を探したい。その気持ちは変わってない。
だって、あの時本当に救われたから。
そんな人がこの大学にいるかもしれないなんて思ったら、絶対に会ってこの気持ちを伝えたい。
けれどじゃあ、今私が抱いている将人への気持ちは一体何?
男の子なら誰でもいいなんて、絶対に思わない。そのはずなのに。将人には何故かどうしても惹かれてしまう。
恋海の想い人なのに。絶対に好きになっちゃいけないのに。
考えれば考えるほど、胸が痛い。
授業の内容が、ずっと頭に入ってこなかった。
ノートはずっと空白のまま。
どうしたらいいのかわからないまま。
「ん~っ!疲れた!いやあ来週小テストか~自信ないわ俺」
「まあまあ、なんとかなるなる!」
「みずほはそんなこと言っていっつもぎりぎりじゃん……」
「ギリギリだからおーけーなのだよ!」
授業が終わって、帰り道。
こうやって歩く最中は、忘れることができる。
複雑な自分の気持ちも。恋海と将人の関係も。
ただただ楽しい時間を、感じることができる。
「それじゃ、約束してたバッティングセンター行こうよ!電車で少し行ったところにあるからさ!」
「おー全然いいよ」
「みずほも行くでしょ?」
けど突然、こういうことがやってくる。
急に、胸が苦しくなった。
恋海は、将人と行きたいんだ。
私がそこにいたら、邪魔になる。だって恋海は将人のことが好きだから。
大学でも2人きりの時間を奪っているのに、外でも奪っていたら……私は嫌な奴だ。
頑張れ、私。と心の中で唱えて。
「あー……あはは!今日はちょっと先約があって……2人で楽しんできてよ!」
「あれ?そうなの?」
「うんうん!やっぱ大人気のみずほちゃんは忙しくってね……ヨヨヨ」
悪く、ない。
いつも通りを演じられている。これでいいんだ。
最初から、わかってたことだから。
「みずほ、なんか用事?」
「……っ」
将人に、覗き込まれる。
悪意のない、純粋な瞳。整った、綺麗な顔立ち。
やめて。
やめて、よ。
大きく、息を吸い込む。
「い、いや~!困っちゃうなあ。将人もそんなにこのみずほちゃんが来て欲しいかあ。けど今日はダメなの!ごめんね!じゃあ2人とも、また明日~!」
「あ、ちょっとみずほ!」
いつの間にか、走り出していた。
予定なんかもちろんない。
けれど、これ以上一緒にいるのは、心臓が耐えられなかった。
帰り道、私は乗り換えの駅で一度改札を出ていた。
定期圏内なので、お金が余計にかかることもない。
行くあてもなく、歩く。
一人で歩いている時は、気持ちを落ち着かせることができる。
「あ……」
そうしている内に、見覚えのあるドラッグストアにたどり着いた。
ここは、私と運命の人が出会った場所。
ふらっと歩いていたらまた会えたりなんか……しないよね。
あの時とは、時間も曜日も違う。
ばったり出会えたりなんかしたら、それこそ奇跡みたいなものだ。
けれど……今はとても運命の人に会いたい気持ちがある。
だって、そっちに気持ちがちゃんと傾いたら、3人でいる時に罪悪感を感じずに済む。
将人に惹かれつつあるこの気持ちに、踏ん切りをつけることがきっとできる。
「化粧品でも、見よっかな……」
なんとなく、お店に入った。
どうせ暇だし。
すると。
「いつもありがとうございます~」
「いえ!こちらこそ~!」
レジからこちらに向かってくる男性。
その制服に、見覚えがあった。
あの時はコンタクトが無くてわかりにくかったけど。
――運命の人と同じ、制服だ。
どくん、と心臓が跳ねた。
顔を見る……けど、顔は違う。そもそも髪色が派手すぎる。
あそこまで派手な髪色じゃなかったし、身長も運命の人より結構低い。
違う人物であることは明白だけど、同じ制服ということは、同じお店で働いている可能性が高い。
というかほぼそうだろう。
私は、ほとんど無意識で声をかけていた。
「あ、あの!」
「……?なにか?」
ま、まずい。勢いで声かけちゃったけど、めちゃくちゃ変な奴じゃん私。
「あ、え~っと、その」
「……?」
な、なんて聞こう。
そうだ!大学生のバイトがいるかどうか聞いてみればいいんだ!
「あ、あの、そちらのお店に、大学生のバイトさんっていらっしゃいますか……?」
「大学生?……え~っと。あ、うん、いるよ?」
いた!
けど、大学生のバイトなんていない方が珍しいかな……?
もうちょっと、情報が欲しいな……。
せっかく得たチャンスなんだ。無駄にはできない!
「えっと、な、名前とかって……」
「う~ん、流石にお店のことだし、教えてあげられないかなあ、ごめんね」
「そ、そうですよね!すみません!」
あ、当たり前だよバカバカ!
まるっきり不審者だこれじゃあ!
「あ、じゃあよかったらこれあげる。気になるなら、是非来てみたらいいんじゃないかな」
「え……?ありがとう、ございます」
銀髪で可愛らしい系の整った顔をしている彼が、名刺を渡してくれた。
名刺なんてあるんだ……。
「じゃあね。お待ちしてます、お嬢様」
「……?」
ひらひらと手を振って、そのお兄さん(?)は去っていった。
タイプな感じではなかったけれど、かなりイケメンだったように思う。
イケメンっていうか可愛いって感じかな?
あんな言葉を言われてもドキッとしたりしなかったのは、やっぱり自分が誰でも良いってなってたわけじゃなかったんだと安心しながら。
名刺を見てみた。そこには煌びやかなグラスと、夜景が描かれていて。
とにかくお店の名前を知ることができたのは大きな進歩だ。
えーと、なになに。
「ボーイズバー『Festa』……って、ボーイズバー?!」
た、確かに今の人も、運命の人もカッコ良かったけど!
これはあまりにも予想外。名刺には、「ゆーた」と名前が書いてある。
「え、ええ……!?」
お店がわかれば、すぐにでもに行こうと思っていた。
けど、ボーイズバーとなると話が変わる。
というか、運命の人はボーイさんだったのか……!
「ど、どうしよう……」
私はその場から数分、動けなかった。
結局、家に帰ってきた。
ベットにごろごろと転がって、スマホをいじる。
お店を調べてみたら、一応18歳以上から入店できるらしく、行けることは行けるらしい。
けれど……使う金額もきっと高いだろうし、ボーイズバーなんてもちろん行ったことがない。
それに。
「ボーイだから優しかったのかな……」
一つの疑問が、鎌首をもたげる。
お店の接待の延長だったのかな……?
けど……。
『大丈夫ですか?コンタクトですよね。一緒に探します』
『すみません!ちょっとコンタクト探してますので!』
『はい、気を付けてね』
目を閉じれば、昨日のことのように思い出せる。
あの笑顔が、優しい言葉が、思いやりが。
偽りのものだったとは思えない。
ましてや私はお客さんでもなかったのだ。
お店の外で、そこまでするだろうか。
そう考えると、やっぱりあれは、彼の心からの優しさで――。
ピロン。
通知。
スマホにSNSの通知だ。
寝っ転がった体勢のまま、私は既読をつけないようにメッセージを見る。
《恋海》
『みずほ、気遣わなくてよかったのに』
『だけど、ありがとう』
恋海には、やっぱり気付かれた。
でもいいんだ。恋海が楽しかったのなら、それで……。
と思った、その時。
続けざまに、通知。
《恋海》
【動画を送信しました 52秒】
【画像を送信しました】
『みてみて。後ろから将人撮っちゃった。めっちゃカッコ良くない?』
『それに、将人が私の事撮ってくれてたの、ヤバいよね♪』
胸が、急に苦しくなった。
胸の当たりを、強く握りしめる。
なんで?
なんでこんなに辛いの?苦しいの?
よかったねって。もうそれ彼女じゃんって。
いつもの調子で言いたいよ!
なのになんで。
こんなにも苦しいの……?
ふと、机の上にさっき置いたものが目に入った。
手を伸ばして、手に取ってみる。
名刺。
帰りにもらった、ボーイズバーの名刺。
ベッドの上で仰向けに寝転がりながら、右手を頭上に掲げてしばらくそれを眺める。
……ため息をついて、掲げていた右手を、腕で顔を覆い隠すように落とした。
「……行く…しかない、よ」
この気持ちに踏ん切りをつけるために。
親友を、自分を傷つけないように。
私は、覚悟を決めた。
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