幼馴染系JDは打ち返す
大学という教育施設は、学ぶ側の自主性一つで日々の拘束時間が違う、と私は思う。
やる気が無い人は人に出席を任せて遊びに行ったりしてるし、やる気のある人はたくさんの授業に出て単位をとってる。
もちろん、大学によってはそんなことないんだろうけど。
私はどちらともいえない中間で、それなりに授業をとって、それなりに休みもとってる。
そんな中で、今日はどちらかといえば休みの日。
3限が終わって今日はもうとっている授業は無い。
「ん~っ!疲れた!いやあ来週小テストか~自信ないわ俺」
「まあまあ、なんとかなるなる!」
「みずほはそんなこと言っていっつもぎりぎりじゃん……」
「ギリギリだからおーけーなのだよ!」
今日も今日とて3人で授業を受けて。
最近はこの3人で行動することにも慣れてきたように思う。
チラりと、そんなみずほの言葉に笑っている将人の横顔を見た。
慣れてきたからこそ……自分の気持ちを将人にぶつけて、もしダメだった時のことを考えて萎縮する。
けど、いつまでもなあなあにしてると将人は危なっかしいから誰かに取られちゃうかもしれない。
それだけは、それだけは絶対に無理。
「……?恋海、どうかした?」
「んーん!なんでもない!それじゃ、約束してたバッティングセンター行こうよ!電車で少し行ったところにあるからさ!」
「おー全然いいよ」
今日は元々、将人とバッティングセンターに行く約束をしている。
私はこうみえてソフト出身だし、バッティングには自信がある。けどそう言っても全然将人が信じてくれないので今日証明する!そういう約束なんだ、今日は。
「みずほも行くでしょ?」
横を歩く能天気ツインテガールも運動は得意なタイプ。
最近は将人と打ち解けたみたいだし、きっと来てくれると思ったのだが。
「え?あー……あはは!今日はちょっと先約があって……2人で楽しんできてよ!」
「あれ?そうなの?」
「うんうん!やっぱ大人気のみずほちゃんは忙しくってね……ヨヨヨ」
こんな風に言っているけど私からしたら珍しいなって思ってしまう。
みずほは付き合い長いし、こっちから誘うと大体尻尾振って来るイメージなんだけど……。
「みずほ、なんか用事?」
「……っ」
将人もちょっと意外に思ったのか、みずほの顔を覗き込んだ。
「い、いや~!困っちゃうなあ。将人もそんなにこのみずほちゃんが来て欲しいかあ。けど今日はダメなの!ごめんね!じゃあ2人とも、また明日~!」
「あ、ちょっとみずほ!」
マリンキャップを被り直したみずほは、そのまま一目散に走っていってしまった。
そんな急いでるの?駅までは一緒のはずなのに……。
「ちょっと変だったね、みずほ」
「あ……」
変、と言われて、私は気付いた。
みずほが気を遣ってくれたんだ。私と将人が2人でデートできるように……。
「みずほのバカ……別にいいのに……」
「?どした?」
「なんでもない!じゃあ行こっか!」
明日会ったらちゃんと言ってやらなきゃ。
別に私は3人でいる時間も好きだし、バッティングセンターくらいなら3人で行ったってなんの問題もないよって。
大学内、確かに3人で行動することが増えたけれど、私はそれでみずほを疎ましくなんて思わない。
そもそも私が紹介したんだしね。
私は、みずほのことも大好きなんだから。
大学の最寄り駅から電車で10分ほど。
私と将人は、バッティングセンターのある駅までやってきた。
駅の改札を出れば、目の前にあるビルの屋上が、ネットで囲まれている。
バットでボールを打った時の特徴的な金属音も、ちらほら聞こえてきていた。
「久しぶりにバッティングできるのワクワクしてきたわ」
「ふふ、将人子供みたい」
「こういうのは童心に返るのが一番だろ!」
るんるんでエレベーターに向かう将人を追いかける。
将人の子供の頃か……どんな子供だったんだろう。もう既にカッコ良かったのかなあ。
エレベーターに乗って、屋上へ。
券売機に1000円を入れれば、打席4回分のチケットが出てきた。
「どっちが先打つ?」
「いいよ将人先で、さっきっからもう目が輝いてるもん」
「あはは、バレた?」
本当に子どもみたいだった。そんなところも、可愛いくて、愛しい。
将人は足早に打席に向かっていく……って。
「将人そこ130kmだよ?流石に最初からは……」
「大丈夫大丈夫!俺結構打てるから!」
「ほんとかなぁ……」
このお店で2番目に速い球速の打席だ。
男子でこれを打つのはけっこう難しいと思うけど……。
「あ、ごめんこれ持っててもらっていい?」
「あ、うん」
将人が打席に入る前に、自分のリュックと、腕時計、それにネックレスを渡してきた。
……え、なんか彼女っぽくない?彼氏の荷物持っててあげる感じ、めちゃくちゃ彼女っぽいよね?!
もう彼女でいいよね(自己完結)
幸せだ……。
「よーし!行くぞ!」
右打席に入った将人が、腕まくりをして打席に立った。
ネット越しに、それを見守る。
モニターが点いて、ピッチャーが振りかぶる。
映像に合わせて、ボールが射出された。
「よっ!」
将人がシャープなスイングで振ったバットが、ボールを捉える。響く高い金属音。
打球は綺麗にセンター方向へと飛んで行った。
「えっすご!本当にすごいじゃん将人!」
「だろ~!だから言ったじゃん!よっと!」
次のボールも捉えた。今度は右方向。
内側からバットを出しているから、強い打球が右方向に飛んでいく。
え、上手い……まずい!これじゃ私の方が上手いというのを証明できなくなっちゃう!
そんなことは置いておいて、後ろから見る将人のバッティング姿はそれはもうカッコ良かった。
思わず、会話を忘れて見惚れてしまうほどに。
あ、そうだ。動画撮っておこう。
帰ってから見たいし。
スマホを取り出して、カメラを起動。
ビデオで将人の姿を録画する。
「よっと!」
「え、すごいすごい!ほとんど捉えてるじゃん!」
「これくらい余裕よっ!」
心臓がドキドキする。
この会話もばっちりスマホに録画されているわけで。
こんなの、SNSに上げてしまったら……もうそれは彼氏では?
外堀りから埋めてしまえばいいのでは?我ながら名案だと思う。
結局、将人はほとんどの球を綺麗に打ち返した。
「いや~楽しかった!久々だったけど結構打てたわ!」
「いやすごいよびっくり。本当だったんだね」
「だろ~!」
いつになくテンションの高い将人に、こっちも笑顔になってしまう。
さて、私もしっかり示さなきゃね。
「じゃ、次私ね!」
「っておいおい、恋海もそこの打席で打つの?」
「?そうだけど?」
「流石に速いっしょ?他の打席でもいいんじゃ……」
ほほう。
将人は未だに私のことを舐めてるなあ?
「はい!これ持ってて!」
「お、おう」
今度はさっきまで持っていた将人の荷物と、私の荷物を全部将人に押し付ける。
良いでしょう!見せてあげようじゃないか。
打席に入って、チケットを入れる。
迷わず私は、スタートのボタンを押した。
今日はホットパンツ+スニーカーで来てよかった。
運動するかもと思っていたから動きやすい服装を選んだけど正解だった。
モニターに映ったピッチャーから射出されたボールを……私も鋭く振りぬいた。
よしっ!センター前!
「おお~!マジか!」
「ねっ!言ったでしょ!」
将人が驚いている。うんうん、この反応が欲しかった!
私は幼い頃に野球に触れる機会があって、それからなんとなくソフトボールを続けていた。
なんかいつの間にか結構うまくなって、高校もそこそこ頑張った。
運動は、元々好きだったしね。
1球打ち終わったタイミングで、私のソフト魂に火が点いた。
よーしこっからは1球たりとも逃さないぞ~!
やってくるボールを次々ミートする。
センター前、ライト前、レフト前。左足をあまり高く上げ過ぎずに、体重移動。
遠くに飛ばす力は減るけど、その分ミート力は上がる。
いつの間にか夢中になって私はボールを打ち返していた。
バッティングセンターが終わって。
私と将人は、バッティングセンターがあるビルの一階にあったファストフード店で一息ついている。
……んだけど。
(や、やりすぎた~~~~……)
私は絶賛後悔中。
あの後、私は熱くなってめっちゃ打った。
けどそれって、将人的にどうなの?って今更になって思ってしまう。
せっかく一緒に来たのに、将人が楽しめなきゃ……それに将人に少しでも私のこと良いなって思ってもらえなきゃ意味が無い!
なのに私はムキになってひたすらバッティングしてた……。
え、こいつめっちゃ打つやん怖……とか思われてたらどうしよう。死にたい……。
「お待たせ~」
私が机に突っ伏していると、将人が注文したものをトレーに乗せて持ってきた。
「いや~楽しかった~って、どしたん恋海」
「いや……あはは……」
どーしよやり過ぎたよなあ……一応、一応将人に聞いておこう。
不思議そうにジュースを飲んでいる将人に聞いてみる。
「将人的にさ……運動できる子って、どう?」
「どう、とは?」
「えっと~いや~タイプ的に?好きか嫌いかで言うとみたいな~」
お、オブラートに包もう。
なるべくダメージの少ないように……!
「なんだろ、俺昔仲良かった子がよく一緒に運動してたからかもしんないけどさ、割と好きかも。運動できる人」
「……そっか」
昔仲良かった子……。
そっか、そうだよね。将人にも今までがあって、こんなカッコ良い人が、今までなにも無いわけがないもんね。
せっかく良い答えだったはずなのに、暗くなってしまう自分に嫌気が差す。
「恋海はいつからソフトやってたの?」
「え?小学校高学年くらいからだったかな?」
「なるほどな~それから高校までか。そりゃ上手いわけだ」
ポテトを食べながら、感心したように頷く将人。
よ、喜んでいいのかな……。運動できる子は嫌いじゃないってことだし、喜んでいいんだよね……?
電車に乗って、帰路につく。
結局、将人の子供の頃の話とかは深く聞けなかった。
これからいくらでも話す機会はあるし……また聞くタイミングは必ず来るよね。
「じゃ、俺ここで乗り換えだ」
「あ、うん!お疲れ様!また明日ね!」
電車を降りていく将人に手を振って、お別れ。
正直、今の関係は心地良い。
大学でも一緒に行動できるし、連絡もいつでもしてるし、ほぼ付き合ってるみたいな感じでデート行ってくれるし……まあきっと本人は付き合ってる気なんて一切ないだろうけどさ。
他の人に渡したくない。それは絶対。
だけどそれと同時に、今の関係が壊れてしまうのもまた怖い。
将人と一緒にいられなくなった……なんてなったら、きっと私は壊れてしまう。
ピロン。
スマホの通知が鳴った。
誰だろう、と思ってスマホを取り出す。そこには、《将人》の表示。
なんだろ。荷物なんか返し忘れてたっけ……?
《将人》『今日はありがとう!楽しかった~!』
《将人》【画像を送信しました】
将人から、画像……?
すぐにタップして、画像を開く。
そこには、私が夢中になってバッティングをしてる時の、真剣な表情でボールを待って構えている姿。
その様子が、斜め後ろから、撮られた写真。
《将人》『盗撮しちゃった笑めちゃくちゃカッコ良かったよ!今日の勝負は負けておいてやる!』
――ああ。どうしてこの人は。
思わず、スマホを胸に抱いた。
電車内の椅子に座りながら、この気持ちを噛み締めるように。
してほしいことを、こんなにもしてくれる。
言って欲しい言葉を、こんなにもかけてくれる。
「やっぱり好きだ……大好き……!」
小さく呟いた。
電車が揺れる音なんか気にならないくらい、心臓の音がうるさかった。
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