バスケ部JCは努力の子
スマホの通知で目を覚ます。
最近はそういう朝が増えてきたように思う。
「うぐぅ……」
昔やったゲームのメインヒロインがよくこんなうめき声みたいな可愛い声出してたな、なんて思いながら。
自分から出た声は本当にただのうめき声なことを自覚しつつ。
「何時だ……?」
スマホを見る。
ロック画面には、10時28分の表示。日曜日だからといって、がっつり昼頃まで寝てしまったようだ。
でも仕方ないんだ。昨日は夜まで入ってたゆーすけさん(ボーイの方)に誘われて夜中にラーメンという大罪を犯してしまったが故に、すぐ寝るわけにもいかず、結局眠りについたのは3時頃だったから。
ちなみにゆーすけさんは帰り際女の人から電話が来て慌てて帰っていった。闇が深い。
ぽりぽりと頭を掻いて、歯を磨きに洗面所へ。
顔を水で洗った後に歯を磨く。そこでそういえば通知で起きたんだったと思い出して、ポケットに突っ込んだままだったスマホを開いた。
《恋海》
『おはよー!!』
『え、じゃあ本当に今度行こうよバッティングセンター!』
『私自信あるんだからね!!』
……なんの話してたんだっけ。
ああ、そうだ!恋海がなんかソフトボールやってたとかって話だった。
俺も野球にはバスケ以上に自信があるので、流石に俺の方が上手いかな~とか調子乗ってたんだった。
この世界ではスポーツも女子の方が上手い人が多いらしい。まあ確かに由佳とか見てると、こんな上手い女子中学生おるんか???ってはなるしね。
単純に母数の差だとは思うけど。単純な力の差だったら男の方が強いのは変わってない……と思う。
既読をつけずにとりあえず恋海からのメッセ―ジは保留。
朝ごはん食べ終わったら返そうかな。
星良さんに続き、汐里ちゃんや由佳ともSNSを交換したので、最近はスマホの通知が元気である。
皆マメやね。用ある時だけでいいのに連絡なんて。
冷蔵庫を開けて、朝ごはんになりそうなものを探す。
あんまりないな……。ハムあるからパンにチーズとハム乗っけて焼こう。
朝は本当に食べる気にならない。
かといって昼と夜だけだと健康に悪いかなと思って一応なにか食べるようにはしてる。
「ん~今日はなにすっかなあ……」
バイトと大学が無い日は、割と暇ではある。
週2,3回しかないバイトでそこそこのお金が稼げているのは本当にありがたい。
汐里ちゃんの家庭教師の方はなにか良くない力が働いてるんじゃないかと思ってしまうほど高額だけど……。
そういえばと思ってもう一度スマホを開く。
由佳がそろそろ大会だと言っていた。
今日も朝イチから連絡が来ているし、きっと今頃は部活の練習中なのだろう。
本当に偉い奴だ。
……よし、決めた。
今日は俺もバスケしにいこう。
身体動かさなきゃね。
というかそろそろ本格的にちゃんとやっとかないと由佳に負けかねない。
優しい彼女のことだ。勝っても約束通り俺をあの公園から追い出すことはないだろうけど、流石に中学生女子に負けるというのは前世のプライドが許さないし。
程よく焼けたパンを頬張って、俺はバスケに行く準備を整えるのだった。
公園は休日ということもあってそこそこ賑わっている。
公園と言っても遊具がたくさんあるタイプの公園ではなく、自然を楽しむためにベンチとか池とかがあるタイプの公園なので、子供たちでごった返す……みたいなことはあまり見ない。
そしてそんな公園の奥にひっそりとバスケコートがあるが故に、このバスケコートは穴場なのだと思う。
「おろ……でも流石に先客か」
今日は休日。
そんな穴場のバスケコ―トであっても、流石に休日とあれば先客がいるらしい。
バスケットボールが地面を弾む音を聞きながら、俺は歩を進めた。
「あれ……?」
そしてようやくバスケコートの中が視認できるようになって、気付く。
バスケをしている4人くらいの中の1人……瑞々しい黒髪のショートヘアにキラリと光る青のヘアピン。
今日はおそらく学校指定のジャージを着ているらしい女の子は……もうすっかり顔馴染みになった前田由佳だ。
そしてその周りの少女達……って一人男の子もおるわ。
彼彼女らは全員が由佳と同じジャージ。つまりは、同じ学校の生徒なのだろう。
「由佳が部活仲間とここで練習してるのか……やはり偉いな。今度撫でてやろう」
最近の由佳を見ていると庇護欲が湧く。
可愛らしい見た目と、バスケをしている時の真剣な表情のギャップが良い。
妹がいたら、こんな気持ちになるのかねえ。
「……ん?」
今日はそれなら他の空いてる場所でドリブルだけして帰ろうかと思っていた時。
なにやら雰囲気がおかしいと思い、よく様子を見る。
由佳の表情が、かなり辛そうだ。
この暑い中で練習をしている……と思えばその表情もわからなくはないが、おかしいのは他のメンバー。
明らかに、由佳を見て笑っている。それも、嘲笑うような表情で。
……いじめ?
嫌な予感が、頭を駆け巡る。
いじめなら、止めなければ。けれど、勘違いで出張っていって、邪魔するのも、でしゃばりみたいで――。
結果的に、その逡巡は無かった方がよかった。
由佳の近くにいた女子が振りぬいた肘が、もろに由佳の顔面に当たった。
由佳が、勢いよく地面に倒れる。
それを見て、周りは笑っている。
ぷつん、と何かが切れた。
由佳が無双してる。どうしてこうなった()
由佳がいじめられてるのを見て、俺は完全にキレてしまった。
今になって思えば、あそこであんなにキレたのは、俺にとって由佳がいつの間にか大切な存在になってたんだなあと自覚する。
いや、ほんと良い子だし。
妹にもらえないかな。……ってこんなこと言ってたら犯罪で捕まるわ。やばいやばい。
まあそれはいいとして、今は由佳が実力を先輩達に見せつけるべく、普段の練習の成果を遺憾なく発揮している。
正直最初のワンプレーで大体実力差は分かった。
どう考えても由佳の方が上で、ああ、普通女子中学生ってそんなもんだよなって安心したまである。
そしてそうなれば、俺が出しゃばりすぎるのは非常に良くない。
そりゃ俺が全力でやれば勝ちは揺るがないだろうけど、今回の目的はそこではない。
今回の目的は、由佳が自分の力でスタメンを勝ち取ったことを示すこと。
実際に今、由佳が女子の先輩3人を相手に大立ち回りを演じようとしている。
そして。
俺には気になっていたことがもう一つあった。
さっき由佳を全員で虐めていた時。
その遠くから、気まずそうにそれを眺めていた少年。
俺の目の前に佇む、由佳と同じ学校指定のジャージを着たこの少年は、終始気まずそうにしている。
どうしても気になったので、俺は少しかがんで、この少年に聞いてみた。
「……ねえ。君はどうして由佳のいじめに加担してるの?由佳に恨みがあるようには、見えないけど」
「……それは……あやこが……僕の彼女が、悲しんでたから……」
あやこ……そう言われて、思い出す。
由佳が嬉しそうに試合に出れるかもと言っていた時のこと。
先輩から「頑張って」と言ってもらえたんですと覚悟を決めた目で言っていたこと。
そしてその相手の名前が、たしかあやこだったこと。
……なんとなく、話が見えてきた。
「じゃあこれは、彼女がこうしてくれって頼んだの?」
「ち、違う!あやこはこんなこと、したかったわけじゃ……」
「じゃあもし仮にこれでさっき由佳が大怪我をしていたとして、それでその彼女に、君はこの行いを胸を張って報告できるの?」
「……でも」
話を聞くに、きっとそのあやこちゃんとやらは、悪い子じゃないのだろう。
少なくとも、ここにいる子達よりは。
本心はわからないが、少なくとも由佳に頑張ってと声をかけたこと。
悔しかったかもしれない。けれど、そこで素直に応援できる人間性は、大したものだと思う。
「彼女に誇れる自分にならなきゃ」
「……」
「君がやるべきことは、由佳を虐めて、怪我をさせて、彼女さんが試合に出れるようにすることじゃない。彼女さんを応援して、支えて。彼女さんがたくさん練習するのを見守って、また実力でコートに立つ手伝いをしてあげることなんじゃないかな」
「……」
……我ながら説教臭かったかな。
まあでも、本心だ。
この少年があの子達に脅されたか、はたまた別の思惑があったかはわからない。
この子はこのいじめに加担してしまった。それは紛れもない事実。
けれど、過去は変えられなくとも、未来は変えられる。
後はこの少年が正しい方向に進んでくれることを祈るばかりだ。
コートに目を移した。
由佳のドリブルスキルに、磨きがかかっている。
1人、2人、また抜いた。
その動きを俺は良く知っている。
俺がよくやっている動きだ。見て、学んだのだろう。
本当に……よく努力する子だ。
最後に3人目を前にして……由佳は跳んだ。後ろ向きに。
ははっ……ついにそれまで真似されちゃったか。
俺それできるようになったの、高校2年とかだったけどなあ……。
綺麗な放物線を描いたボールの行く先は、もう見なくても分かる。
だから、俺は彼女を見た。
体勢を後ろに倒しながらもシュートを打ち切った由佳の横顔は、とても輝いていた。
全てが終わって、俺は由佳と勝利を喜んだ。
例の彼が女子達に強い口調で何かを言って、その後、女子達が由佳に謝罪。謝って許される行為かと言われれば、正直そんなことはないだろう。
軽傷で済んだから良いものの、最悪救急車を呼ぶ事態になっていたっておかしくなかったのだから。
けれど終始由佳のリアクションは薄いものだった。
あんまり興味がないんだろう。なんか本人はこれから学校でバスケやりやすくなったらいいなーくらいにしか思ってなさそうだった。
ほんとにバスケバカなんだから!ちょっとは頓着しなさい!
ボールを片付けている由佳を見て……その頬に血がついているのが見えた。
肘を入れられた時、頬がどうやら切れてしまっていたらしい。
あ!そういえばこのまえ自転車でコケた時に絆創膏買っとこー!と思ってバッグの中にぶち込んだんだった!
そう思ってバッグに手を入れれば、すぐに絆創膏は見つかったので。
仕方ない。今日は由佳たくさん頑張ったからね。
俺が貼ってあげよう。(何様)
「由佳、ちょっと待って」
「え……?」
えーと……右頬がわずかに切れている。
由佳の可愛いお顔に傷だなんて、やっぱ許せねえな?(過激派)
最近目が悪くなったのか、近くまでいかないと、傷口がよく見えない。
あれ?ってか先に消毒だった?
まあけど消毒とか持ってないし、しゃーないやろ。
ぎゅっと目を閉じている由佳の頬に、絆創膏をぺたっと貼り付けた。
……?なんでこんな力入ってるんだ?可愛いけど。
「良かった~この前自転車でコケて怪我してからさ、バッグに絆創膏ストックしておいたんだよね!頬からちょっと血出てたし、これで大丈夫やね。もっと早く気付いてあげればよかったんだけど……ごめんごめん!」
「……」
由佳が素っ頓狂な顔して、頬を触った。
そこには俺が今しがた貼った、絆創膏。
そしてみるみるうちに、由佳の顔が真っ赤に染まった。
「……っ!!!」
「うわっ?!どうしたの由佳?!」
かと思うと、今度は思いっきり突っ込んできた。
思わず胸で由佳を抱き留める形になる。
……色々あって、疲れたのかもしれない。
学校で、由佳がどんなことを今までされていたのかは分からない。
けれど、今日のあの場面を見ただけでも、相当な嫌がらせを受けていたことは容易に想像がつく。
しかしそんなことおくびにも出さず……俺とは常に笑顔でバスケをしてた。
辛いことも、たくさんあっただろうに。
「……よく頑張ったね、由佳。カッコ良かったよ」
最後は、本心で。
今日の由佳は、最高にカッコよかったぞ。
俺はその後もしばらく、由佳の艶やかな黒髪を撫で続けたのだった。
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