ツンデレ系OLは知る
どの曜日が一番精神的にキツいかと言われた時、多くの人は月曜日と答えると思う。
今日もいつものようにスーツを着て。適当に化粧をして。
変わらない日常に足を踏み入れるこの瞬間が、私は憂鬱でたまらなかった。
「おはようございます……」
職場のドアを開く。
私は適当に同僚に挨拶をしながら、足早にデスクへと向かった。
最近はまさとに週末会えるのもあって人生に対するやる気は上がっているものの、それで別に仕事のモチベーションが上がるかと言われるとそうでもなく。
お金をもらうためだと割り切っているきらいはある。
デスクにたどり着く少し前。
何の気も無しに、職場の中央に設置された大きなホワイトボードを確認する。
このホワイトボードには今週の予定、そして誰かが休みの場合はその休む日程などが書き込まれているのだが。
「あれ……?」
いつもと変わらないように見えたホワイトボード。
しかし、少し気になる点が。
金曜日の欄。
みき先輩が午後休をとっているのだ。
金曜日といえば私達の“宴”の日。
午後休ということは先輩は今週は行かないのかな……?
「星良おはよ~」
「あ、みき先輩おはようございます」
そんなことを思っていたら、みき先輩が。
どうせだし聞いてみよう。
「みき先輩今週金曜午後休なんですか?」
「ふっふっふ……そーなのよ。あ、“宴”にはちゃんと行くから安心して」
「?そうなんですか」
「理由……気になる?」
にやぁと笑うみき先輩。
いやこれ絶対聞いて欲しいやつじゃん……。
「き、気になりますね……」
形式上とりあえず気になると言うと、みき先輩がちょいちょいと私を手招きする。
耳を貸せ、ということだろう。
仕方なくみき先輩に近づいた。
「同伴出勤って、知ってる?」
「え……」
同伴出勤。聞いたことはある。
確か、ボーイと事前に待ち合わせして、お店に一緒に行くシステムだったような……ってまさか!!!
「そ……♪ゆうせー君と、デートしてから一緒にお店行くんだ♪」
「……!!!」
う、羨ましい!!!
羨ましすぎる。え、なにそれずるい。
「いやー。あのお店あんまり同伴のメリットボーイ側に無いらしくて?相当お気に入りだったりしないと、同伴できないんだって~~いや~~困っちゃうなあ~~気に入られちゃったかあ~~!!」
う、うざすぎる。
けど、それはきっと事実なのだろう。みきさんはあのボーイといい感じなのは知ってたし……。
「そ、それはボーイの方からお願いされたんですか?」
「……」
あ、目逸らした。
流石にね。流石に自分からお願いしたのね。良かった。
私は内心で安堵の息を吐く。
ボーイの方から誘われていたなら万事休すだった。
みき先輩の方から誘ってOKをもらえたのだったら、まだ私にも光がある。
私から誘っても良いということなのだから。
よし、それならすぐ実行だ。
「私も……私も誘ってみます」
「お、いいじゃんいいじゃん。それにさ……これがあるのよ、これ」
「?」
みき先輩が後ろのホワイトボードを指し示す。
そこには。
「そっか……もうボーナスの時期なんですね」
「そー!!ふふふ……財布の準備は万端。同伴もばっちり楽しめちゃうのよ……!プレゼントとかあげちゃおっかなあ……」
確かに、ボーナスが出るということを考えれば、多少奮発しやすい。
流石に毎週同伴はできないし、このタイミングで良いところをアピールするには絶好の機会だろう。
胸が昂ってきた。
「まあ、まさと君も星良のこと良く思ってるだろうし、同伴はOKもらえそうだけどね!」
じゃ頑張ってね!と笑顔で自分のデスクに向かうみき先輩。
これは良いことを聞いた。
早速私はスマホを取り出して、まさとに連絡を取る。
昨日の夜も私からのメッセージで終わっているが、お構い無しだ。
《望月星良》
『まさとおはよう』
『もし嫌だったら断ってくれていいのだけど、今度の金曜日、同伴ってできたりしない?』
2,3回書き直して、この文章に至った。
未だに、お店以外でまさとと会う事はできていない。これは新たな一歩を踏み出すチャンス。
今から金曜日午後休は流石にとれないので、多分みき先輩とは違って、デートと呼べるほどお店の外で2人きりの時間を取れはしないだろう。
けれど、ちょっとご飯を食べてからお店に行くだけでいいのだ。
それだけでも、私にとっては特別な時間になる。
いつまでも客と店員の関係ではいたくないと、誓ったから。
……まさとからの返事はおそらく11時頃だろう。
朝はだいたいそれくらいがまさとから返信が返ってくる時間帯。
それまで、待つほかない。
私は結局午前中ずっとそわそわしながら過ごすことになるのだった。
待ちに待った金曜日。
柄にもなく、少し良いスーツを着て。
駅の商業施設のトイレで、化粧と身だしなみは確認済み。
そう。私は同伴してもらえることになったのだ。
OKという連絡をもらえた時は、それはもう飛び上がって喜んだ。
大丈夫。今日の私は、自分でできる最大限の努力をしたはず。
大きく、深呼吸。
今いるこの駅の逆側の出口から歩いて5分ほどのところに、『Festa』はある。
同伴をするときは、だいたいがお店から近いところで済ます傾向にあるらしい。
そりゃその後お店に一緒に行くことを考えたら当然よね。
腕時計をちらりと見る。
腕時計だって、一番お気に入りのやつをつけてきた。シルバーバングルで、盤は小さくて表面は薄いピンク色があしらってあるやつ。
もうすぐ、まさとが来る時刻だ。
ドキドキしてしまう。外で会えるというだけで、こんなに嬉しいものなのだろうか。
「星良さん!」
ドキっとする。
この声。この雰囲気。間違えるはずもない。
私は声の方向に、静かに振り向いた。
「よかった!ちょっとお待たせしちゃいました?ごめんなさい」
「……」
そこには、天使……いや……悪魔?がいた。
あまりにも、カッコ良すぎる。カッコよさの暴力。
今のまさとになら、思い切り殴られたって多分嬉しい。
いつも通りゆるいパーマがかった黒髪。
白の半そでの襟付きのシャツ……は第一ボタンが開いていて、そこからキラリと輝くシルバーネックレスの首元。
シックな黒のパンツスタイルが、お店で会う時とは違ったフォーマルさを演出していて。
なんというか、こう……!
「エロすぎ……!」
「……?なんか言いました?」
「な、なんでもないわ……全然、待ってないし。行きましょ?」
あ、危ない。思わず言葉に出てしまった。
でもこれはズルすぎる!!こんな格好してきて……!きっと、スーツの私に合わせてフォーマルチックな恰好にしてくれたのかもしれないが。
そのくせいつもの心を溶かす笑顔は健在ときた。
こんなの兵器だ。平気で人を殺せるレベル。
「……?」
可愛く首をかしげるな……!
く、首元に目が吸い寄せられる……!さ、鎖骨が……こんなの見ない女いないわよ!!
誘ってるでしょこれ!!
「い、いいから行くわよ!」
「はい!すいませんお店まで予約してもらっちゃって!楽しみです」
あ~~~可愛い~~~無理~~~。
え、もうこれデートだよね?私この子とデートしてるって認識であってるよね。
ただのディナーデートだけど……でも……最高。
胸の昂ぶりに気付かれないように気を付けつつ、私は予約してたお店へと向かった。
「18時半から予約してた望月です」
「……あ、はいご案内しますね」
……あの受付の子……まさとに目を奪われてたわね……。まぁ気持ちはわからないでもないけど……ごめんね。この子私のなんだ。
ゾクゾクと背筋に甘い快楽が走る。
言いようのない優越感。たまらない。クセになる。
無事お店についた。道中はまさとが隣を歩いているというだけで夢見心地。何を話したかあんまり覚えてないもの。
結果的にこのお店を選んだわけだけど、お店選びも悩みに悩んだ。
年上の余裕を見せてあげたくて高いお店にしようかと思ったのだけど、高級過ぎてもまさとが委縮してしまうかもしれない。
かといって、安すぎるお店でまさとが満足してくれるかわからない。
だから、程よい中間。
テラス席のあるお店を選んだ。大学生にはちょっと高いくらいの、良い感じのお店。
「うわ~綺麗なとこですね……!」
「ふふ。こんなんで喜ぶなんてまさとはまだまだ子供ね」
「え、そ、そんなことないっすよ。ぜんぜん大人です」
「ふふふ……いいのいいの。ほら、座って」
テラスのテーブル席。
もう日は沈みかけていて、外に見える公園の街灯がちらほら点いている。
うん。景色も良いところを選べてよかったわ。
「好きな物頼んでいいよ。ここは私が出すから」
「え、ええ?流石にちょっとくらい出させてくださいよ」
「ダーメ。私が無理言って同伴してって頼んだんだから。まさとには一銭も出させません」
「悪いですよ……そんな……」
「本当に良いの。気にしないで。前も言ったけど、お金には別に困ってないのよ」
使う相手も趣味も無い。
だから、今はまさとのために使う。
私にとってはあまりにも自然で、当然のことだった。
「……めちゃくちゃおいしかったですここのパスタ……!こんなに美味しいもの食べたのいつ振りだろ……」
「ふふふ……そうね。とてもおいしかったわ」
正直、味はそんなにわかってない。
けど、目の前にまさとがいて……まさとがこんなに嬉しそうに食べてくれた。
それだけで私の幸福度はカンスト。これ以上の喜びなんてきっとない。
良かった。本当に良かった。
食後の紅茶を楽しみながら……私は、前から気になっていたことを切り出してみた。
「ねえ、まさと」
「……はい?」
きょとんとした表情が可愛い。可愛い私のまさと。
「……なんで、この仕事やってるの?」
「……あ~っと……」
これは、本来御法度の質問。
そんなことはわかってる。ある意味自分を売る商売。
事情は人それぞれで、ただの客である私が踏み込んで良い領域じゃない。
けど、私は知ってしまった。彼の魅力を。
だから、どうしても気になった。彼は、自分からこういう仕事をするタイプじゃない。
あのお店でも、明らかに浮いている。
だからこそ、惹かれたのかもしれないが。
頬をかいて、まさとが返答に困ってる。
……やっぱり、言いたくないよね。だからSNSでは聞かなかった。
これを聞く時は、面と向かって話す時にしたかった。
「ごめんなさい。言いにくい、わよね」
「あ、いえ、別に大したことじゃないんですけど……」
慌てたように、彼はマグカップを置いた。
「実は俺……お金、無くって。元々施設暮らしだったんです。それで、あそこのお店の人に良くしてくれる人がいて、働かせてもらえることになって……って感じですかね」
「え……?し、施設……?」
施設って、児童養護施設ってこと?
「あ、そうなんです。変、ですよね。両親、いないんです。俺」
「……っ!ごめんなさい!!」
「え?……あーいやいや!全然気にしてないんで、大丈夫ですよ?!」
バカなことを聞いた……!
まさとの気も知らないで……!
「本当に、大丈夫です。今は恵まれてます。普通に暮らせてますし……幸せですよ」
「……!」
――色々な感情が混ざり合う。
目の前で笑っているまさとが可愛いと思う感情と、バカなことを聞いたという後悔と。
それと。
「いや~本当に美味しかったです!ありがとうございました!」
「いいのよ。いつものお礼」
お店を出て、大きく伸びをするまさと。
そんな仕草一つ一つが、愛らしくて、たまらない。
「でも俺なにも返せてないですけど……」
「そうねえ……じゃあまたこうして私と出かけてくれる?」
「え?もちろんお願いします」
ふふふ……やった。自然に次の約束をとりつけることができた。
今度はお店の前じゃなくて……後、とか。
思わずニヤけてしまう。
「じゃあ、お店に行きましょうか」
「はい!行きましょう!」
わたしが歩きだして、まさとがついてくる。
気分が高揚していているのに、いつもと違って、緊張していない。
ふわふわしてるのに、意識はハッキリしているような、そんな気持ち。
今なら、普段は言えないような大胆なこと、言えるかもしれない。
「ねえ」
「……?」
ねえ、可愛い私の、まさと。
「お店まで……手、繋いでいっちゃだめ?」
「……?いいですよ!」
指と指を絡めた。
まさとの手が、温かい。
あぁ。
最高の気分だ。
甘美に酔いしれる。
ねえ、まさと。
横を歩く愛しい彼を見る。
カッコ良くて、可愛いまさと。それでいて……。
可哀想な、まさと。
私が、守護るから。
もうこんな仕事しなくてもいいように。私が頑張るから。
彼の手を、強く握る。
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