バスケ部JCは襲いかける




 今日は金曜日。

 最近の私にとって一週間で1番楽しみな日。


 中学校生活が始まって2ヶ月が経ったけど、学校よりも楽しみにしちゃってることがある。

 

 (今日はお兄さんとたくさんバスケできるといいな♪)


 そう。公園でのお兄さんとのバスケの時間。

 先週はちょっと色々あってあんまりバスケできなかったし……今日こそはたくさんバスケをしよう。


 今はお昼休み中。バスケ部の皆と、部活で使うバスケットボールを雑巾で磨いていた。

 今日は部活がオフだけど、先輩から指示があって、こうして私達1年生はボールを磨くことになった。


 全然これくらいは苦じゃないんだけど、同級生の子達は不満を言ってる子も多い。

 

 でも私にとってみれば後は、このあとの5時間目を終えれば、私は公園に行くことができるからね!

 へっちゃらかな!


 「ねえ由佳」


 「んー?」


 隣で一緒にボールを磨いていたりかちゃんは、つまらなさそうに私に話しかけてきた。


 「最近金曜日どこ行ってるの?」


 「……あ~えっと~……」


 なんか最近すごく聞かれる。昨日も聞かれたし。

 なんでだろ?やっぱうきうきしてるのバレてるのかな……?


 「ねえ、はっきり言ってほしいんだけどさ……男でしょ」


 「ち、ちちがうよ?!」


 「あ~動揺してる~!やっぱり男なんだ~」


 「え?!なになに由佳彼氏できたの?!」


 「皆由佳に彼氏できたらしいよ!」


 「違うってば!!!」


 もーーー急にやめてほしい!

 顔が熱くなる。お兄さんとは別にそういう関係じゃないし……。

 健全に、そう健全にバスケ教えてもらってるだけで。


 「最近やっぱりおかしいと思ったのよね!由佳金曜日は一目散に帰っていくし」


 「あの由佳が彼氏できたなら納得だわ~むっつりだもんね由佳」


 「ねーやめてよそんなんじゃないって!」


 彼氏、彼氏か……。

 もし、もしお兄さんと付き合えたら……どんなに嬉しくて、素敵なことなんだろう。


 考えただけで、胸がドキドキする。


 「あ~ニヤけてる!やっぱり男なんだ!もー許せない皆で今日由佳についていこ!


 「いいねいいね!どんな男なのか気になるし!」


 「や、やめて!それだけはダメ!絶対ダメ~!!!」


 お兄さんはカッコ良い。いや、カッコ良すぎる。

 多分皆ついてきたらカッコ良いと思っちゃうし、これからも来る子がいて全くおかしくない。


 それにお兄さんは優しいから増えても教えてくれちゃいそうだし……。






 「なに?その楽しそうな話。私達も混ぜてよ」







 空気が、凍った。


 恐る恐る後ろを見ると、体育倉庫の入り口に、2年生の先輩2人が立っている。

 よく見ると、その後ろには2年生でカッコ良いと言われているバスケ部の男の先輩もいた。



 「「「お、お疲れ様です」」」


 「はいはいお疲れ。で?なに?由佳彼氏できたの?」


 「……!……いえ、誤解、です」


 この2人は、1年生の指導係になっている先輩で、正直、あんまり好きじゃない。

 怖いし、威圧的な人達だ。


 「ふ~ん……ま、だろうね。その男もどうせ不細工だろうし」


 「……ッ!」


 お兄さんは不細工なんかじゃない――!!お兄さんをバカにされるのだけは許せない。

 言い返そうと思ったけど……後ろでりかちゃんが見えないように私の制服の袖を引っ張っていた。


 落ち着いて、ということなんだろう。


 「ボール磨き、終わったの?」


 「もう、終わります」


 「あっそ。明日部活始まるときチェックするから。汚れあったら許さないからね?あと由佳」


 名指しされ、先輩と目が合う。 

 先輩はすたすたと近づいてきて、威圧的に私を見下ろした。

 私の耳もとで、静かに言い放つ。

 

 「――スタメンとったからってあんま調子乗らないでね」


 「……」


 「じゃ、私ら帰るから。――ごめんねけんじ時間とらせて。ほら、行こ?」


 先輩2人は男子の先輩を連れて帰っていく。

 私は怒りをなんとか飲み込んで……息を吐いた。



 「由佳大丈夫?」

 

 「ほんっとさいってーだよねめる先輩」


 「なにあれ。わざわざ見せつけるように彼氏つれてきて。マジでキモいんだけど……」


 私がスタメン……試合に出られるようになってから、異様につっかかってくるようになっためる先輩。

 きっと自分がスタメンじゃなくて、1年生の私がスタメンになったからつまらないのだと思う。


 それにしても。

 

 (お兄さんを……バカにしたな……!)


 私はどう言われたって良い。

 けれど、お兄さんをバカにされたことだけは許せなかった。


 























 学校が終わって。

 

 昼休みにちょっと嫌なことはあったけど、その程度でお兄さんとの時間への楽しみは薄れない。

 さっそく家に帰ってきて公園に行く準備をする。


 お兄さんに借りたタオルも……返さなきゃ。

 

 タオルをバッグに詰める。

 もう私の家で洗濯してしまったからお兄さんの良い匂いはしない……と思いきや、微かに香りが残っていた。

 お兄さん、恐るべし。


 最後にちょっとだけ。ちょっとだけタオルを顔に押し当てて……。


 (ふわぁ……)


 だ、ダメだ。溶けるこれ。

 洗濯後でこれなのだから、洗濯前にあんなことやこんなことをしてしまった私は誰も責められない。うん。絶対そう。



 「なにしてんの?」


 「うわあ?!お母さん急に入ってこないでよ!!」


 「いやあんたが水筒作ってって言ったから……」


 お兄さんの香りに包まれてたら、お母さんが部屋に入ってきていた。

 あ、危ない危ない。トんでる所を見られたら流石に恥ずかしすぎる。


 

 「じゃあ行ってくるから!!」


 「あ、ちょっと由佳~!」


 お母さんの声も聞かず、私は勢いよく出ていった。

 お兄さんが待ってるんだ!ほんっとーーに楽しみ!




 




 「あのコ、天気予報ちゃんと見たのかしら……」




























 「お、お兄さん今日こそはこの場所を譲ってもらいます!!」


 「お、来たな~由佳ちゃん」


 15時過ぎ。

 やっぱりもうお兄さんは先についていて、準備運動をしていた。

 今日のお兄さんの恰好も素晴らしい。白のTシャツに黒の半袖シャツ。

 今日はちょっと涼しい方だから、これくらいの清涼感が見ていて気持ちが良くて。

 しっかり動きやすい緩めのズボンも、お兄さんの身長にマッチしていてカッコ良い。



 ……そういえば、由佳、ちゃんか。呼び捨ての方が、親密な気がして嬉しかったけど……。

 ワガママ、かな。


 私は、ちょっとだけ勇気を出してみた。


 「あ、あの!私達は敵同士ですので、な、情けは不要です。由佳と、どうぞ呼び捨てにしてくだ、さい」


 ど、どうかな。なんか武士みたいになっちゃったけど、ギリ自然じゃない?


 恐る恐るお兄さんの表情を伺うと。


 「ふふふ……あはははは!確かに、確かにそうだね!よーし由佳。今日もこの場所は俺のものにさせてもらうぞ?」


 ――ッ!やった!嬉しい!!それに、笑顔のお兄さんも眩しい!かっこ良い!!好き!!


 思わず小躍りしてしまいそうになる。

 

 「で、では早速……」


 「こーらダメだ」


 「え?」


 私がボールを鞄から出して、さっそくバスケをしようとすると、お兄さんが立ち塞がった。


 「先週のこと、もう忘れたの?準備運動!今日はちゃんとしないと勝負はしませーん」


 「……!は、はいそうでした!」


 手でバッテンを作るお兄さんも素敵……可愛い……。

 じゃない。確かにちゃんと準備運動しないと。


 屈伸運動、ストレッチ。入念に私は準備運動を開始する。

 その間もお兄さんはゴールに向かってシューティングをしていた。


 本当に、柔らかなボールタッチ。

 綺麗なシュートフォーム……。思わず見惚れちゃう。


 カッコ良い横顔を見て……昼休みに先輩にバカにされたのを思い出してイラっとしてしまった。

 でもいいんだ。あの先輩は私がこんな素敵な人とバスケをしているなんて思いもよらないだろうから。


 私は、勝手に優越感に浸るのだった。



 




















 

 



 「――ふっ!」


 「おっ……!マジか」


 ゴール下までなんとか持って行って、シュートフェイクからピボットでターン。なんとかお兄さんのブロックをかわした私が放ったシュートは、ゴールに吸い込まれた。


 「……よしっ!」


 「いやマジか……本気で止める気だったんだけどなあ……」


 お兄さんとのバスケは本当に楽しい。もちろんお兄さんのカッコよさにドキりとしちゃうこともあるけど、純粋に私はこのバスケが好きだった。

 お兄さんも、もちろん身長が私より高いのもあるし手加減はしてくれていると思うけど、私がギリギリ点をとれるかどうかの力加減で相手をしてくれる。

 

 「本当に由佳どんどん上手くなるね……そのうち本当にこの場所取り返されちゃうかもな?」


 「はい!絶対に取り返します!」


 正直、取り返すつもりなんか全然ない。

 いつまででもこの時間が続けば良いと思う。



 「じゃあ、次は俺のオフェンスだな」


 「はい。来てください!」


 ボールを渡して、私がディフェンスの姿勢を取る。



 ――と、その時。





 ポツ、ポツ。


 私の頭に、冷たい何か。



 あれ?




 「おろ?」



 お兄さんも頭を上げた。


 バスケに集中しすぎて全然気にしてなかったけど。

 あたりが急激に暗くなっていて。


 雫程度だったその感覚は、次の瞬間。


 バケツをひっくり返したような量の雨が降ってきた。


 

 「おわあ?!」


 「きゃーー?!」


 お兄さんと私は、すぐに避難する。

 まずはボールを鞄につっこんで、鞄を頭の上に持ってきて一時的に傘代わりに。

 もー!雨降るなら折り畳み傘もってきたのに!


 「由佳!あそこ行こ!」


 「はい!」


 お兄さんが指さした先……そこには屋根がついている休憩所みたいなところがあった。

 走ってお兄さんと私は避難する。



 「ふーーーー!まさかこんなに降ってくるなんてね」


 「はぁ……はぁ……そう、ですね」


 なんとか避難こそできたものの、一瞬で全身びちょびちょ。

 靴下もずぶ濡れで、靴の中が気持ち悪い。


 

 「タオルタオル……ふー由佳は大丈夫?タオル持ってる?」


 「はい、持ってま」


 思わず、言葉が止まった。

 今日はお兄さんに借りたタオルの他に、ちゃんと自分のタオルを持ってきた。

 それはいい。


 それよりも――


 (お、おおおおおお兄さんちょ、ちょちょちょちょちょっとシャツの下透けすけ、すけけけけ)


 お兄さんも私と同じようにずぶ濡れで……白いTシャツの下……肌が微妙に透けている。

 え、えっちすぎる……ちょっとまって。髪もいい感じに濡れてて、色気が、色気がすごい!え、もしかして、これっていわゆる、事が起きる前???


 

 「は~どうすっか流石にこれじゃ無理よなあ」


 「……」


 「由佳?」


 あ、頭に入らない。

 なにも頭に入らないよ!!

 待って、呼吸が荒くなってしまう。

 まずい。こんなことでお兄さんを性的に見ていることがバレてしまったら……!




 『え……キモ。二度と俺の前に来ないで』




 (し、死んでしまうよそんなこと言われたら……!)


 人生終わりだ。そんなこと言われてしまった日には。

 絶対に、絶対に見てはいけない。

 誘惑はある。けどこの程度の誘惑……ッ!



 

 「……?本当にどした?由佳。体調悪いのか?」


 「……っ!!」


 て、て、おてて、おてておてておてて。

 お兄さんの柔らかくて大きなおててが、私の額に当てられているっ!!

 距離が近い!!雨に濡れた色っぽいお兄さんが近い!!!


 やめて!!心臓が!!心臓が爆発する!!!


 

 「熱は無さそうだけど……そうか、だいぶ冷えたもんな……あ、そうだ」


 お兄さんはなにかを思い出したように自分の鞄を引っ張り出した。



 「これ、着てて。半袖だからあんまりかもだけど。マシでしょ多分」


 「え……」


 肩にぱさっと。

 お兄さんの、半袖の上着。

 来るときに見た、お兄さんが着ていた服だ。バスケし始めてから確かにしまっていたけれど……。


 「ごめんな。これくらいしかないわ……ちょっと雨マシになるまで待とうか」


 「……はぃ……」


 心臓が鳴りやまない。隣にはすけすけのお兄さんで、自分の身体はお兄さんの服に包まれていて。

 私の全てが、お兄さんにどんどんどんどん染められていくような気がして。



 「あ~、由佳ごめん、ちょっと向こう見てて?」


 「え……?」


 「流石にこれはヤバイのか……?まぁ~でも見られなきゃ問題ないよね?多分。ええやろ」


 な、なんだろう。

 と、とりあえず言う通りお兄さんがいない方向を向いた。


 やっぱりまだドキドキするけど。



 すると。



 ばさっと、衣擦れの音がして。

 ぎゅっという何かを絞る音。

 続いて、水が滴る音。




 え?





 「うっわこんなに水吸ってたかあ……一回絞るだけでこれとかヤバいな……ん~替えのTシャツ持ってた気が……」






 え?


 も、もしかして、お、お兄さん。






 服、脱いでません?





 

 

 「え~っと確かこの辺に……」








 ドクンドクンドクン。

 私の心臓が過去最大に鳴っている。

 ちょっとまって。今振り返ったら、は、裸の、お兄さん???

 え、え、え。


 見ていい?見ていいよね?

 だって、ほら。不可抗力!これは不可抗力だから。

 見ない女なんていないから!


 お、お兄さんの肌。生の、肌。




 おそるおそる、振り返る。

 鞄の方に向いていて、こっちは向いていない。

 背中が、視界に映る。


 綺麗な、肌色の、引き締まった背中……。



 お兄さんの匂い。

 お兄さんの肌。


 「はぁ……はぁ……!」


 お兄さんの匂い。

 あたまがくらくらする。

 いいよね。もう、ごーるしてもいいよね?


 このうしろからがばってだきついてほっぺすりすりしてもだれももんくいわないよね????

 ぺろぺろしちゃってもだれももんくいわないよね????

 だっていまだれもみてないもんね???さいごまでしちゃってもいいんだよね??



 

 「お、あったあった。よかった替え用意してて……って由佳?!?!」



 

 あ……意識が……。


 へたれでごめんなさい。最後にお兄さんの肌堪能したかったな……。





 新しいシャツに身を通して私の肩をゆするお兄さんの姿を最後に、私の意識はまた途切れたのでした。



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