バスケ部JCは変になる



 私がお兄さんとバスケをするようになって1ヶ月が過ぎた。

 最近は、お兄さんとするバスケが楽しくて仕方ない。


 今日は金曜日。この今やっている5時間目の授業を終えれば、お兄さんと会うことができる。


 入部したバスケ部は本当に運よくたまたま金曜日がオフだったため、なんの迷いもなくお兄さんの所へ行けるのが、とっても嬉しい。


 教室の中は、お昼の後の国語の授業ということもあってか、周りにはうたた寝している子もちらほら。

 私はこの後が楽しみすぎて、全然眠くなかった。


 うきうきしていたら、授業終了を知らせるチャイムが鳴った。

 やった!公園に行ける!


 「はーいじゃあ日直号令~」


 日直の子が号令をかけて、先生が出ていく。


 あとは担任の先生が来るのを待って、早く帰ろう!


 私が鞄に教科書やらなにやらを詰め込んで早くも帰り支度を整えていると、同じバスケ部のりかちゃんが声をかけてきた。


 「由佳~今日ゆうすけ君が自主練しよって言って何人かでコミュニティセンターの体育館行こうって話になってるんだけど、由佳も行こうよ!」


 「あ~……えっと……」


 ゆうすけ君、というのはバスケ部の男子だ。

 バスケは上手くないけれど、よく女子とも話す子で、クラス部活問わず女子人気が高い。

 私も別に嫌いではなかったけれど、わざわざ話したりとかするような仲でもないし……。


 それよりもなによりも、今日はお兄さんとバスケをするって決めてる。


 「ごめん!私今日用事あるんだ!」


 「え~!先週もそう言って帰っちゃったじゃん~なにがあるの?」


 「それは~~えっと~~……」


 ヤバイ、なんて言えばいいんだろ?

 イケメンでバスケが超絶上手いお兄さんと二人っきりでバスケしにいきます、なんて言ったら妄想乙って言われるか、紹介しろって言われるかの二択しかない気が……。


 「あの……バスケをしに……」


 「え~?じゃあ別に皆でやったってよくない?」


 「えっと、約束してる人がいるの!だから、ごめん!」


 パン、と両手を合わせて謝る。

 付き合いが悪いのは自覚してる。けど、このお兄さんとバスケをする時間だけは、絶対に譲れないんだ……!


 「ふ~ん、わかった。でも誰かがゆうすけ君といい感じになっちゃっても、後からじゃ間に合わないからね~!」


 「あ、それは大丈夫」


 良い人だとは思うけどタイプじゃないしね……。


 

 


 無事私はクラスメイトの静止を振り切って、学校を後にする。

 お兄さんと出会ってから……正確には、お兄さんのことを好きになってから、毎日が彩って見える。


 きっとお兄さんは今私のことを恋愛対象としてなんか見てないと思う。

 けど、それでも良い。

 今はたくさんアピールして、私が高校生くらいになった時に、意識してくれたら……嬉しいな。

 


 















 

 「最近由佳ちょっと変じゃない?」


 「わかる!なんか休み時間鼻歌歌ってるし、授業終わったらすぐ帰るし……」


 「ね~私思ったんだけど……由佳もしかして、他校の男と会ったりとかしてるんじゃない……?」


 「え~うっそお!?」


 「いやでもあり得るかも……最近授業中に本読みながらニヤニヤしてる時のニヤニヤ度が増してる気がするし」


 「それ関係ある……?」


 「ね、今度由佳に問いただそうよ。早く帰ってなにしてるのか!」


 


























 まずいまずい!家の鏡で変じゃないかチェックしてたら、ちょっと時間かかり過ぎちゃった!

 多分もう、いつも通りならお兄さんは公園にいるはずの時間。


 私は大急ぎで公園まで走る。

 結局こんなに走ったら髪乱れちゃうしチェックした意味ないよ~~。


 すっかり春になって、日差しも少し強くなってきた。

 走っていると、汗が額を伝うのがわかる。


 汗臭いとか思われたら最悪だな……制汗剤は、一応持ってきたけど……!


 走っていると、いつものボールを地面につく音が聞こえてきた。

 間違いない。お兄さんはもうそこにいる!


 私は木陰で一旦止まると、リュックから制汗スプレーを出して服にかける。

 小さめのポーチに入れてきた手鏡を出して、髪の状態もチェック。


 変じゃない、よね。よし。


 走ってきて乱れた息遣いを深呼吸で整えて、私はコートへと向かった。



 お兄さんが、ドリブルをついている。

 相変わらず、とても綺麗なハンドリング。

 

 あ、今日の恰好もカッコ良いな……。

 同年代の男子では決してできない、ゆったり目の着こなし。

 運動することを考えてか、ズボンも緩めの七分丈。上は半袖のTシャツで簡素に見えるけど、ベンチにかかってるベストを今までは着ていたんだろうなぁ。本当にカッコ良い……。


 っていけないいけない。ずっと見てられるけど、今日は一緒にバスケしにきたんだから……!

 

 声、かけなきゃ。



 「お、お兄さん!」


 「んあ?」


 シュートフォームに入っていたお兄さんが、声に反応してこちらを見る。

 横顔もカッコ良かったけど、正面ももっとカッコ良い。


 ……じゃなかった、えっと、一緒にバスケしましょうって、言わなきゃ……。


 もう何回も会っているのに、いざお兄さんと会うと、言いたいことがなかなか言えない……。

 うーー家で何回も練習したのに……。


 すーっと息を吸い込む。



 「きょ、今日こそは勝ちます!そして、この場所を……渡してもらいます!!」


 あーーもうなんでこーなるの?!

 もっと素直になりたいのに!


 「来たな~ちびっ子」


 「ちびっ子じゃありません!由佳は中学生になりました!!」


 最近お兄さんはふざけて私のことをちびっ子、と呼ぶ。

 砕けた感じで接してくれるし、仲良くなれた、とも思う。

 けど、このちびっ子だけは訂正していかないと……!いつか意識してもらうためにも、絶対。


 「きょ、今日こそはこの場所を返してもらいます……!」


 返してもらう気なんてさらさらない。

 むしろ、ずっとこの時間が、続けば良いと思ってる。


 「はっはっは、俺に一度でも勝ったことがあったかな少女よ~」


 あっ、少女にレベルアップした。ちょっと嬉しいかも。



 「きょ、今日は秘策があります!」


 これは嘘じゃない。

 私は部活動の中で、練習してきたスキルがある。今日はそれを使って、お兄さんから必ず1本とる!


 もちろん、お兄さんに勝ったらお兄さんはこの場所に来ないという約束をしているけれど、お兄さんに勝つ、というのは正直かなり厳しい。でもだからこそ、私は全力でお兄さんに挑むことができる。


 へえ~と楽しそうに笑うお兄さん。うう……いちいち行動が絵になりすぎるよ……!


 「な、なにをボーっとしてるんですか!1on1や、やります、よね?」


 ちょ、ちょっと生意気だったかな?

 途中で生意気だったかもと思って口調が尻すぼみになってしまった。


 「いいぞ~けどちゃんと準備運動しろよ?ケガするぞ?」


 お兄さんが心配してくれている……。その事実が、私の心にじんわりと沁みわたる。


 「あ、当たり前です。それくらい、もう終わってます」

 

 「え?君今来たよね……?」


 お兄さんに会いたくて走ってきたからアップはほぼ完了してるし、準備運動も、さっき自分の姿を確認した時に手早く済ませた。

 だからもう、大丈夫!


 私はリュックからボールを取り出すと、お兄さんにバウンドパス。ディフェンスの姿勢をとった。

 お兄さんは私のボールのサイズに合わせてバスケをしてくれる。とっても優しい人。


 「急だなあ……んじゃいくぞ~」


 来る……!私の頭は、瞬時にバスケットの頭に切り替わった。

 

 お兄さんはオールラウンダー。ハンドリングも、シュートも。しまいにはゴール下の技術もある。

 全てを頭に入れなきゃいけないのは、ディフェンス側としては守るのが本当に難しい。


 お兄さんが軽くクロスオーバーを入れて、横に鋭くカットイン。

 速い……!でも、それくらい速いのは知ってるから……!


 「行かせません……!」


 素早く回り込んだ。

 これくらいはできなきゃ、お兄さんの相手は務まらない。


 「ここまでで大丈夫ですっと!」


 「あっ!」


 お兄さんの判断は速かった。

 私が追い付いた瞬間、まだ移動してきたせいで重心が安定していないのを見抜き、即座にミドルレンジのジャンパー。


 シュートモーションまでが速すぎて、私はブロックに行くのが間に合わな……。



 「……!」



 お兄さんが飛んだ瞬間。

 緩めのTシャツを着ていたお兄さん。


 そのTシャツが、飛んだ拍子にめくれ上がる。


 あらわになる、お兄さんの腹部。

 普段から鍛えていることがわかる、しなやかな腹筋。


 「よーしこれで先制な~……ん?由佳?」

 

 バスケットの頭になっていたはずなのに、私はその一瞬で全て脳の容量をもっていかれてしまった。

 え、えっちすぎるよ……こんなの……!

 ドキドキと鳴り続ける心臓がやけにうるさくて。



 「……どした?」


 「はぇ……」


 気付けば目の前にお兄さん。



 (……ッ!)


 ま、まずい。お兄さんのおなか見てましたとかバレたら二度とバスケしてもらえない!

 い、今は落ち着かなきゃ。

 け、けど今の光景が頭から離れない……。


 「おい、顔赤いぞ?熱中症なんじゃないか?ベンチで休むか?」


 「あ、ああああ?!違います違います!大丈夫です!は、はやくボールをください!すぐ同点にしますから!」


 あ、危なかった!!

 本当に眼福……じゃなかった、目に毒なんだから……!

 こんな素敵なお兄さんとバスケをしているという事実を突きつけられて動揺しちゃう。


 深呼吸。大きく息を吸って、吐く。


 今は集中しなきゃ。今週練習してきた成果をお兄さんに見せるんだから……!!




























 バスケットボールがリングに弾かれる音で、目を覚ました。


 あれ……確か私は……。


 お兄さんとバスケをしてて、それで……。


 (……ッ!)


 思い出した。私の足がもつれて、お兄さんの上に乗っかっちゃって……。

 お兄さんに抱きしめられたような状態になって気絶しちゃったんだ……。


 は、恥ずかしい!!

 変な奴だって絶対思われたよね……!


 慌てて起き上がると、自分の頭があった場所に、タオルがたたんで置かれていた。

 きっとお兄さんが私を寝かせる時に、おいてくれたのだろう。

 こんな状況なのに、嬉しさがこみあげてきた。


 ふと、視線を戻す。

 お兄さんが、シューティング練習をしていた。


 

 「ふっ……!」


 3pライン付近からの、シュート。

 綺麗な縦回転で、ボールは放物線を描いていき……。スパッとゴールに吸い込まれた。


 (カッコ良いなあ……)


 もちろん、お兄さんという人を好きになったのもあるけれど、お兄さんがバスケをしているところは特別かっこよかった。


 

 ボールを取って戻ってきたお兄さんが、私に気付く。


 

 「お、起きたか。体調は平気?由佳」


 心臓が跳ねる。

 い、今呼び捨てされた、よね?初めて呼び捨てされた……!嬉しい……!


 「だ、大丈夫です。ごめんなさい、迷惑かけちゃって……」


 「全然大丈夫よ!今日はもうこんな時間だし、俺も帰るから帰ろうか」


 え……と思って公園の時計を見れば、時計の針は4時半を示している。

 かなり長いこと気絶してしまっていたらしい……。

 もう最悪……もっとお兄さんとバスケしたかったのに……。


 その気持ちは、どうやら表情に出てしまっていたらしい。


 「ほら、また来週も来るからさ。取り返すんだろ?この場所」


 私が落ち込んでいるのがバレたのか、お兄さんがポン、と肩を叩いてくれる。

 励ましてくれるのも、来週約束してくれるのもめちゃくちゃ嬉しいけど、距離が、距離が近くてドキドキするよ……。


 

 「あ、そのタオル貸したげる。汗かいてると思うし、それで拭いて帰りな?俺はもう1枚持ってるから!」


 「え……」


 ベンチの上に丁寧にたたまれたタオルを見る。

 これを、貸してくれる……?


 「そいじゃね!……あ、今回は失敗しちゃったけど、ロールは良いと思うよ!あの速さでロールされたら、ディフェンス1人だったらほとんど止められないんじゃないかな?だから、自信もってね!」


 じゃ!と言って、お兄さんは立ち去っていく。


 ……言って欲しいこと、全部言ってくれて。

 お兄さんは帰っていった。


 そして、手に残された、お兄さんの、タオル。


 高鳴りだした心臓をおさえつけて……まずは、手に取ってみた。


 なんの変哲もない、スポーツタオル。

 なのに。


 

 「はーっ……!はーっ……!」


 息が、荒くなってしまう。

 ごめんなさいお兄さん、私は、いけない子みたいです……。


 顔を、うずめてみた。

 顔を拭くふりをして。


 お兄さんの香りが、顔いっぱいに広がった。







 

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