秘君





『遠くから見たら少し近寄りがたい美しさがあるけれど、こうして近づいて一輪ずつ見てみると。ふふ。ほら。引っくり返せば、まるで和三盆で作られたうさぎみたい。かわいい』

『ああ』

『あわい紫。こい紫。白。あわい紅。こんなにいっぱい咲いて。帰ってからも匂いが着物に残っていそうですね』

『ああ』

『………あなた様はいつも口をへの字にしていますね。話されるのはいつも一言だけ』

『ああ』

『ごめんなさい。私だけはしゃいでしまいました。愛していない女性とこうしてお出かけするのもお話するのも、あなた様にとっては退屈なだけ。ですよね。ほんとう。気が利かなかったわ。なにか食べ物を。いえ、お酒を用意しておけばよかった。そうしたら、少しだけでも退屈な想いをさせなかったのに』


 ただ。


 寂しげに彼女は笑った。




 ただ、なにも持たずにあなた様とおさんぽをしてみたかったんです。











「あれがわしの秘君、なのか?」


 布団から飛び跳ねた殿さまはあごに手を添えて、顔の中心にしわを寄せて首を傾げた。


「まっっったく、おぼえてないんだが」









(2022.5.19)


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