第四夜 自らを殺す毒

第25話 センターなんて荷が重い

 年間を通して気温の高い日が続く砂漠地帯だが、実はちゃんと冬はある。とはいえ他の地域とは違い、真冬でも涼しくて過ごしやすいと感じる程度の気温だろうか。


 そんな砂漠の冬の一大イベントはといえば、宮殿で開かれる新年の宴である。普段はそれぞれの地元にいる部族の長たちが一斉に皇都へと集い、皇帝陛下に新年の挨拶を行うのだ。


 そしてその新年の宴は、私たち妃にとっても年間を通して最も重要なイベントである。普段は宮殿の奥に引っ込んだまま親族以外との面会は制限されている妃たちだが、新年の期間のみ、外廷で開かれる宴に参加できるのだ。


 しかも毎年その宴の初日には、妃たちによる水の女神への奉納の舞が披露されている。後宮の美女たちが女神や精霊たちにふんして舞い踊るその舞台は、新年の宴の一番の目玉として、毎年注目を集めているのだ。


 しかもその舞台の構成や演出は、妃たち自身の手によって行われている。正確には舞踊が得意なマハスティ様が、毎年ほとんど主導しているのだけれど。


 こうして今年も稽古の季節が到来したが、未だに舞台の中央で踊る水の女神役を誰にするのか決まっていない状況である。実はもう何度も打ち合わせを繰り返しているのだけれど、決め手がないままだったのだ。


「ねぇねぇ、新作出たんでしょ? まだまわってこないんだけど、今どこにあるか知ってる!?」


「ちょっと分からないですね〜」


「ええー、早く読みたーい!」


 今日もまた基本の稽古の後に打ち合わせと称して、皆で広間に円座を組み、ひんやりと甘いリンゴの氷菓シャルバトゥを楽しんでいたときのことである。


「今皆さんいらっしゃいますし、ちょうどいいから聞いてみます?」


「そうね、そうするわー」


 私の言葉に先輩のうち一人がすぐに身を起こすと、手を挙げて皆に声をかける。するとすぐに冊子の所在は判明して、話がついたようだ。


 そんな『物語』は公認も得たということで、今もレイリやアーラと共に少しずつ書いている。ただ最近の私はといえば、皆から集めた話のまとめ作業が中心になっていた。その一番の原因は、やはり実物のサイード様を知りすぎてしまったためだろうか。


 脳内で構築していた堅物忠犬小姓のキャラと実物とのに気づくたび、イメージがブレて妄想しにくくなってしまったのだ。とはいえ、他の人の妄想は今なお大変美味しくいただいているのだが……それはそれ、これはこれ、である。


 なんてことを思いつつ、皆と雑談を続けていると。そこに巻紙を手にした使用人が、慌てたように駆け込んできた。


「第十六妃アーファリーン様へ、ご実家より緊急の書状にございます!」


 通常の手紙であれば、たとえ留守であってもヴィラの方に届けられるはずである。だがこれは、わざわざ緊急と銘打って直接私に届けられたのだ。もしやおばあさまの身に、何か……!


 私は思わず円座から立ち上がり、急ぎ使用人から書状を受け取った。簡単に皆さまへ断りを入れてから、手紙の封緘ふうかんを切る。だがそこに書かれた文面は――


『婿殿のお披露目のために娘夫婦を連れて新年の宴に参加するから、皇帝陛下に直接のお目通りが叶うよう根回しをしておけ。本来であればアルマガーンのものだった妃の座を譲ってやったのだから、しっかりとその恩を返すように』


 ――これのどこが、緊急なのだろう。


「うわぁ……」


 思わずげんなりとして声を漏らすと、背後から心配そうに声をかけてくれたのは、レイリである。


「大丈夫!? 何かあった!?」


「それがねぇ……見てよこれ」


 私はあまりの脱力に手紙をひらひらさせると、思わずそのままレイリに見せた。


「なにこれ、これのどこが緊急なの!? ありえないんだけど!」


 レイリが呆れたように声を上げると、私たちが座っていた下座の辺りに、たちまち人だかりができる。すると向こうの上座に居るマハスティ様たちにも、どうやら話の内容がしっかり聞こえてしまったらしい。


「ちょっと、例の義妹が新年の宴に来るのですって!? なら、今年の水の女神役はファリンにしましょう。呪いだのなんだの言って後宮ハレム入りの名誉を足蹴にしたこと、後悔させてあげるわよ!」


 ぐっと拳を握って熱弁をふるうマハスティ様に向かって、みな口々に賛同の声を上げた。しまった、これは絶対に、面白がられているやつだ。退屈すぎる日々に加える、良いスパイスぐらいに思われてしまっているような……。


 そもそも実家でのことを話していたのは、初めて男装した時に居合わせた四人だけのはずなのだ。それなのに、いつの間に妃たち全員が知っている感じになっていたのだろう。実家であなどられてたとか恥ずかしいから秘密にしてくれと言い忘れていた自分が悪いとはいえ、ほんと後宮って噂が拡散しやすいにも程がある。


 だがそんな私の内心の憂いや嘆きなどなんのその、マハスティ様はニッコリと良い笑顔を浮かべて言った。


「では、決まりね!」


「でっ、でも私、舞踊はあまり得意ではないんです! 水の女神役なんて、絶対に務まりません!」


 不得意なものでわざわざ目立つところに立って、舞台の成否を決めるような重責なんて負いたくない。本気で顔色を変える私に、だが遠く上座の方から、お姉さま方の無責任なフォローが飛んで来た。


「大丈夫。去年だってしっかり踊れていたじゃない?」


「そうそう。女神役だけの独舞ソロはあるけど、そんなに難しいものでもないし。そんなに気負わなくてもだいじょうぶよぉ」


 マハスティ様の隣に座って、バハーミーン様もニコニコと同じような笑みを浮かべている。さらにその向こう隣りでは、デルカシュ様が意気揚々といった面持ちで口を開いた。


「ほんとうに、ファリンなら適役ね! さっそく、衣装の採寸をしなくては!」


 デルカシュ様がそう口にするなり、彼女の侍女たちがササっと私を取り囲む。


「えっ、今、ですか!?」


「そうよ。水の女神の羽衣はごろもを最も美しくなびかせるには、身長と羽衣の長さの比率が重要だもの。ちゃんと稽古のときから、本番と全く同じものを使わなくては意味がないのよ?」


 結局断れないまま、あれよあれよという間に全身の数字を測りつくされて……そのすぐ翌日には、稽古用の衣装と羽衣が用意されてしまったのだった。


 このように、結局強く断り切れなかった私は……水の女神役として、皆の中央で踊ることになった。私が何を言っても、皆さま「大丈夫大丈夫!」としか言ってくれないのである。だが舞踊がそれほど得意ではないのは、本当だ。だから去年だって、隅っこで出来るだけ目立たないよう踊っていたのに。


 もっとはっきりと、お断りしとくんだった……。


 私は踊りの稽古にはげみつつ、心の中でコッソリとため息をついた。

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