第24話 出ない杭なら打たれない
「これは、パラストゥー様……ごきげんよう」
だが彼女は私に挨拶を返すことはないまま、眉を吊り上げ、大きく声を上げた。
「前々から頻繁にヴィラに出入りさせて怪しいとは思っていたけれど、こんな
突然の追求劇に
「言い掛かりはやめてくれ。俺がアーファリーン妃と行動を共にしているのは、あくまで陛下の命によるもの。正当な業務の
だがパラストゥー妃はその気迫に怯むことはなく、さらに強くこちらを
「いくら陛下の
「――裏切ってなどおりません」
ようやく怯みから立ち直った私は、そう静かに口を開いた。
「口ではなんとでも言えるわ。それほど頻繁に二人きりで過ごしていて、
「
怒りに染まった瞳を冷たく見返しながら告げると、その瞳はすぐに、驚愕の色へと変わってゆく。最後にはまるで信じられないものを見たような顔をして、彼女は言った。
「未通女って……アナタ、ここに二年近くいて、まだ一度も陛下の御渡りがないの!?」
「その通りです」
「なぁんだ、まだ
呆れたように声を上げて笑う彼女に、私はため息をついた。
「もうよろしいですか?」
「はいはい、お子サマたちに用はないわよ。失礼いたしました!」
この一瞬でもうすっかり興味を失ってしまったようで、彼女はパタパタと手を振って立ち去ってゆく。その姿が見えなくなるまで見送ると、サイード様がぼそりと言った。
「そうか、まだだったのか……もうとっくに、御渡りがあったものだとばかり」
「あの、そういうの恥ずかしいから再確認しないでください……」
「恥ずかしい、か。ならば……陛下に君の一連の功績を伝えて推薦しよう」
皇帝陛下の夜の御渡り先って、実務の功績をもとに推薦される系のものなんだ……はともかく、『恥ずかしい』の意味を、『陛下から一度もお声がけいただいたことがないのが恥ずかしい』のだと、誤解されてしまったようだ。確かに、そっちの方に考える妃が多いみたいだけど。でも、私は――
「せっかくですが、辞退させてください。私は今のまま、忘れられた妃でいいんです。他の妃と争いたくなんかないし、特別な寵愛なんていらないから、このままずっとみんな同じで仲良くやっていきたいんです」
せっかく似たような立場のみんなと仲良くなれたのに、コネを使って抜け駆けしたみたいになって、気まずくなるのは嫌だから……それなら今まで通り、みんなと一緒な方がいい。親しい人に置いていかれたり、離れていかれたりしそうなことは、私にとって、どうにも耐え難い恐怖なのだ。
「――かくいう君は、もし友人が陛下の寵愛を受けることになったなら……嫉妬して疎遠になるのか?」
「いいえ、もちろんそれが友人にとって幸せならば、ぜったいに応援します!」
もちろんこれは、一片の迷いもない本心である。私が即答すると、サイード様は真剣な面持ちで口を開いた。
「ならば君も友を信じろ。その友情が本物であれば、必ずや君の幸せを願ってくれるはずだ」
「友情、ですか……」
友情だなんてそんな大げさなこと、考えたこともなかった。ただ一緒にいると楽しい、それだけの仲なのだ。そもそも最初にレイリが私に声をかけてくれたのは、ほぼ同時期に入宮して、ヴィラが隣だったからというだけで……そしてアーラも、人なつっこいレイリを介して仲良くなっただけである。
二人は私のことを、本当はどう思っているんだろう。正直言って、あまり自信はなかった。
「……やはり君のような人材を、後宮の奥に埋もれさせておくのは惜しい。君であれば、必ずや立派な御世継ぎを生んでくれるだろう」
言葉に詰まってうなだれていた私の頭上から、そう無機質な声が降ってくる。それを聞いた私は、なぜか無性に怒りがこみ上げるのを感じていた。
「そうですね。陛下の御子を産むため……そのためだけに、私たち妃はこの後宮で手厚く飼われているのですから。寵を望まぬ妃など、役立たずだと言うのでしょう? ああ、人質の意味もあるんでしたっけ。でも私なんかは、その役目すら果たせそうにないわ。ここへは、厄介払いされてきたんだから!」
こんなグチっぽいことを言うつもりは、なかったのに……陛下への不敬罪で処罰されても仕方がないし、こんなことは言うだけムダで、あきらかにバカな行為だ。でもなぜかこの人の口からだけは、そんな言葉、聞きたくなかったのだ。
――どうやら、一緒に過ごした時間が長すぎてしまったらしい。
「……少し、話を聞いてくれるか? 君さえよければ、少し庭でも歩こう」
本当は今すぐこの場から逃げ出してしまいたいけれど、私の立場で彼の提案を拒否することなんて、できるわけがない。私は黙ってうなずくと、彼が
「前にも少し話をしたことがあるが、この国は国土の大半を枯れ果てた永遠の砂漠に覆われ、農耕に向かない、人が住むには厳しい場所だった――」
――この中央砂漠地帯は西方の列強諸国や東方の大帝国といった豊かな国々に挟まれながら、東西交易の中継地点としてなんとか食いつないで来た地域である。だが大量の地下資源が発見されてから、事態は急転した。これまでは貧しい土地だと捨て置かれていたこの砂漠が、途端に最優先で奪う価値のある場所となってしまったのである。
アルサラーン陛下はそれにいち早く気付き、団結して砂漠の民の地位と権利を守ろうとしたのだ。だが
「――そのような事態を避けるためにも強い世継ぎを立て、皇家を取り巻く制度を拡充し、帝国を
厳しい表情で語っていたサイード様は、だがここで一転、どこか辛そうな表情を浮かべた。
「とはいえ陛下は、冷徹なように見えて……家族である妃たちの幸せを、誰よりも願っておられるのだ。どうかそれだけは、信じて欲しい。そうであってくれなければ、俺は、諦めきることが……」
彼はそこで言葉を濁らせると、自らの瞳を利き手で覆う。――こう言ってはなんだけど、今聞いたことはもう知っていたことばかりだ。だけどまさかこの人が、こんな
「サイード様……まさか本当に、陛下のことを!?」
「……は?」
彼は目元から手を離すと、訝しげな視線をこちらへ向ける。私はその目をまっすぐに見つめ返すと……まるで自分に言い聞かせるかのように、拳を握ってしっかりとうなずいた。
「あの私、応援していますから。諦めずにがんばってください!」
「だから何故、そうなるんだああああ!!」
なぜか嘆くような、サイード様の
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