第5話 人形屋
「おう、
店内で磨きものをしていると、突然、店の扉が開いた。
顔を見せたのは三十路絡みの男だった。
背の高い痩身の男で、髪の毛は毒々しいピンク色をしている。
首からは髑髏のついた首飾りをぶら下げ、耳には巨大なイヤリングを付けている。
地方訛りがキツイその男は無作法に入るなり、店内をキョロキョロと見ながら「相変わらずしけてんなー」と言って、バカにするような笑みを浮かべた。
業界の仲間内から、俺はその愛称で呼ばれている。
「ったく、もっとイカした店にしろよな。こんなファンシーなガキのおもちゃばかり置いてよ。ダッセ。マジダッセ」
男はそう言いながら、土間にどかりと腰をかけた。
「クルッカ。その言葉、マチルダがいるときにも言ってみろよ」
俺は手を休ませずに言った。
「ここはあの人の趣味の店なんだ。俺は雇われでやってるだけ。仕入れも店装も彼女の趣向なんだから」
「ああ良いぜ」
ピンク頭の男――クルッカはイキり散らした顔で頷いた。
「言っとくけどよ、人形。この俺が、いつまでも死神(マチルダ)の名前を出したらビビると思うなよ。俺がアイツにコテンパンにされたのはもう随分と昔の話だ。正味の話、今ガチでやったら、負けねー自信があるぜ」
「へぇ。お前、そんなに強くなったのか」
「当たり前だろ。俺たち殺し屋は毎日が戦争なんだよ。特に俺みてーな働き者はな、常にバージョンアップしてるんだ。死神のやつはあんまり仕事しねーだろ? だからよ、多分、かなり実力差は縮んでるはずだ」
「無いと思うぜ。つか、絶対にない」
「んだよ。んなこと、言いきれねーだろ」
「言い切れるね」
「どうして」
「俺はマチルダの仕事をよく見てるから」
一通り磨き終えたので、俺はその短刀を鞘に納め、サッカー台に置いた。
「あのな、クルッカ。お前、宇宙の広さって知ってるか」
「あ? なんの話だよ」
「宇宙ってのはさ、光を越える速さで広がってるんだ」
「だから何の話だ」
「つまり、あの人は宇宙なんだよ。例えばお前が弾丸のような速度で強くなってるとしたら、その間に、マチルダは宇宙の広がりくらいの速さで大きくなってる。才能の差だよ」
残念ながら、な。
俺はそう言うと、にたり、と笑った。
クルッカはじとりと額に汗をかいた。
「そ、そいつはさすがに大げさだろ。いくらお前が彼女のスポークスマンだからってよ、死神を過大評価しすぎなんだよ。大したことねーんだよ。あんなクソガキ」
「クソガキ?」
「そうだ。クソガキじゃねぇか。生意気で、尊大で、世の中を知らねえクソクソのクソガキだ。俺ぁ、いっぺんシバかないと勘弁ならねーぜ」
「あ、マチルダさん。お帰りなさい。いつからそこにいたんですか。ったく、相変わらず気配を消すのが上手いんだから」
「な」
俺がクルッカの背後を見ながら言うと、彼は光を越えるスピードでジャンプし、土下座をした。
「す、すいませんでした! い、今のは冗談ッス! 軽い冗談ッス! 調子に乗ってみたかったんッス! だ、だからその、命だけは助けて――」
そこで言葉を止めて、クルッカは顔を上げた。
視線の先には、誰もいなかった。
かっか、と俺は笑った。
「て、てめー……シャレにならねーだろ」
クルッカは額に青筋を浮かべて俺の胸ぐらを掴んだ。
「冗談だよ、冗談」
「冗談になってねーんだよ。あの女には冗談が通じねーんだよ。一瞬、ガチでマジもんの死を覚悟したぜ」
ふー、とクルッカは額の汗を拭った。
こいつは調子ノリだけど、どこか憎めない。
「で、例の資料(しらべもの)は」
ひとしきり笑ってから、俺は聞いた。
「ああ。もちろん拾って来たぜ」
クルッカはそう言うと、俺の前に紙の束をどさりと置いた。
「レッグストア卿の動きの全てだ。ったく、調べてたら反吐が出たぜ。よくもこんな悪党がいたもんだ。殺しに詐欺に脅迫に教唆。悪事のオンパレードだ」
「ご苦労さん。ギャラはいつもの手筈でな」
俺は軽く労うと、早速その書類に目を通した。
クルッカは俺たちの仲間で、担当は主に情報屋である。
殺しもするが、探査能力の方が長けている。
「しかし、人形屋。レッグストアの野郎、小物の癖に金だけは唸るほど持ってやがるみてーでよ。わりととんでもない奴を雇ってるぜ」
「とんでもない奴?」
「ああ。そこにも書いてるけどよ。やっぱり、よほど後ろめたいことがあんだろうぜ。超一流の傭兵が護衛に着いてる」
「へえ。そうなのか」
「へえ、じゃねぇよ。マジゲロやべーぞこいつは。聞いたことねぇか。
「聞いたことないね」
「コールドランド紛争の対砂海戦の時に一人で軍隊を壊滅させたバケモンだ。死者の数が夥しいことから恐らくはとんでもない魔法使いなんだろうけどよ、詳細は分かってない。いや、死神が負けるなんて俺も思わねえけどよ。こいつはさすがに対策を練った方がいーんじゃねーか。せめてどんな魔法を使う野郎なのかくらいは」
「ま、大丈夫だろう」
俺は簡単に目を通し終えると、紙をサイドテーブルに置いた。
「俺が知りたいのはレッグストアの行動パターンだけだから。傭兵なんてどうでもいい」
「とはいえ、だよ。とはいえ、世の中には絶対はねーわけで」
「絶対だよ。マチルダはこの世の絶対だ」
俺は言いきった。
言い切るだけの根拠があった。
愛だねぇ、とクルッカは眉を寄せた。
「まあいいよ。本当に大丈夫なんだな」
「ああ」
俺は頷いた。
それから肩をすくめて、言った。
「言っただろ。マチルダは宇宙だって。俺の考えでは、宇宙よりでかいもんはこの世に存在しない」
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