第2話 依頼


「どうぞ。粗茶ですが」


 俺はそう言いながら彼女のテーブルの前にティーカップを置いた。

 女性はありがとうございますと頭を下げた。


「それで」

 俺は女性の向かい側に腰を下ろした。

「ここのことは誰から聞いて来たんですか」


 女性は怯えたようにびくりと肩を上げ、それから俺から目を逸らして「アマンドール」と呟いた。

 アマンドールとは領主に雇われた巨大自警団グループのことだ。

 街の不届きものや犯罪者を取り締まる私設の警察みたいなものだ。

 私設とはいえ、領主様はこの街では皇帝と同義であるため、その権力は絶大だ。

 裁判などでも彼らの証言や捜査は広く採用される。

 そのため、俺たちのような"反社会的存在"の人間からすれば敵と呼べる存在であった。

 その「敵」からの紹介。

 俺はほうと顎を撫でた。

 意外な名前が出た。

 大抵の客は俺と同じようなロクデナシから話を聞き付ける。

 蛇の道は蛇ってやつだ。 


「アマンドールの誰ですか」


 と、俺は聞いた。

 そのとき、思わず顔をしかめてしまった。


「あ、いえ、その」


 女性は少し考え、それから焦るような素振りを見せた。

 俺のリアクションを見て、正直に言ってしまったことを後悔しているようだった。

 俺たちの世界では口が軽いやつはすぐに死ぬ。

 だからその"後悔"は間違っていない。

 ただ。

 俺の前に限れば、それは全くの反対である。

 即ち、素直であること、包み隠さず全てをさらけ出すことこそが、長く生きるコツとなる。

 なぜなら――


 俺に【嘘】は通じないからだ。


「大丈夫ですよ」

 俺はにこりと笑った。

「依頼主の秘密は死んでも守りますから。第三者があなたとその人間を紐付けされることはありません。それに、アマンドールにも知り合いは何人かおりますのでね。それであなたに何か禍が降ることはない。ですから、正直に教えてください」


 女性ははいと消え入るような声で呟いた。

 顔はまだ怯えている。


「……ドリトルミ公爵様です」


 女性は消え入るような声で言った。

 ふむ、と俺は唸った。

 どうやら嘘は吐いていない。

 それならば、彼女の反応はベストだと言えた。

 嘘を吐く依頼人は論外だが。

 軽々に自警団の名前を吐くやつもあまり信用できない。

 この女性は信じられそうだ。


「なるほど。分かりました」

 俺は居住まいを正し、少し体を前傾させた。

「ではまず、あなたのお名前からお聞きしましょうか」

「私の名前はクラウディアです」

 女性は応えた。

「シンシニティ家の3女でございます」


 シンシニティ家。

 貴族か。

 これはまた珍しい。


 それで、と俺は先を促した。


「クラウディアさん。あなたは、誰を、どのような理由で、殺したいんでしょうか」


 俺がズバリ聞くと、女性――クラウディアは少し驚いたような表情を見せた。

 これは彼女たけではなく、依頼主の大半がこうだ。

 人を殺す。

 それを人に依る。

 そのために来たはずなのに。

 覚悟を決めて来たはずなのに。

 このように直截的にいわれると、ほとんどの人間が戸惑う。

 だから俺はいつも、あえてこのような口吻を使う。

 これは遊びじゃない。

 夢でも願望でもない。

 そのことを早めに感じてもらうためだ。


 クラウディアは沈黙した。

 長い躊躇いの時間があった。

 室内に静寂が落ちると、隣の部屋で騒ぐ幼女の声が聞こえた。


 俺は辛抱強く待った。

 急かしては行けない。

 

 だがやがて、クラウディアは口を開いた。


「レッグストア卿でございます」


 その名を口にすると。

 彼女はガタガタと震え始めた。

 目の端に涙を滲ませ、顔は紅潮し、表情には怒気が浮かんだ。


「あの男を――あの男を、殺してください。私から、いいえ、私たちから全てを奪ったあの男を。八つ裂きにして、首を晒してもなお足りない、あの男をどうか、どうか――」


 殺してくださいまし。


 クラウディアはそういうと、身体を折って咽び哭いた。


 俺は足を組んだ。

 それから「そうですか」と言い、懐から小切手を取り出した。

 それをテーブルに置くと、次のように言った。


「それでは金額を決めましょうか。ですがその前に、何があったか、お聞かせくださいますか。それがここの決まりですから」 


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