俺はツンデレ幼馴染に恋をしていた
地獄少年
俺はツンデレ幼馴染に恋をしていた
ツンデレ。
普段は「ツンツン」してぶっきらぼうな態度をとっているものの、何かのきっかけで「デレデレ」して好意的な態度をとること、またそのような人のことを言う。
「ギャップ萌え」なんて言い方もする。『思ってたんと違う!』『何それ、可愛い!』いい意味で期待を裏切られた時、人は大きく心を揺さぶられ、困惑し、更なる裏切りを期待するあまり無意識のうちに惹きつけられてしまう。
「意外性」と言う名の強力な魔法だ。
国籍問わず、老若男女問わず、ツンデレ好きは多い。
でも、まさか俺がツンデレ好きだったとは思ってもみなかった……。
恋が始まる瞬間は、いつも衝撃的だ。
偶然の出会いによって打ち上げ花火の如く派手に始まることもあれば、ゆったりと静かに無意識のうちに始まっている恋もある。
ずっと昔から側にいたのに、ずっと昔から恋に落ちていたのに。その気持ちに気付いていなかっただけ……なんてこともある。
その事実に気付いたときの衝撃は、雷に打たれたほどに全身が痺れる。打ち上げ花火なんて比じゃない。
そう。
俺はずっと昔から恋していたんだ。そのことに気付いていなかった。
思い返せば、物心付いた頃から彼女はいつも側にいた。
苦しい時も悲しい時も、どうしようもない程に貧乏だった時も、いつも俺を見守ってくれていた。
しかも、ツンデレ。
俺がツンデレ好きだったなんて、恥ずかしくて誰にも言えない……。
天麩羅。
これほどまでにツンデレな食べ物なんて他にあるだろうか。
外はツンツンサクサクの衣。
それなのに、中身は思いもよらぬデレデレの風味を隠しているのだ。
俺は天麩羅というツンデレな食べ物に恋していた。ずっと昔から。
その事実に気づいた時は、気絶するほどに衝撃だった。
カボチャ。
分厚くて硬い皮に覆われているカボチャはツンツンだ。
まな板の上ではその鉄壁の防御力に悪戦苦闘する。
切れ味の悪い包丁なんて簡単に弾き返されてしまう。なんてツンツンな防御力なんだ。
それに、攻撃力だって際立っている。
毎年ハロウィンには世界中で大暴れするし、飛行機に乗ればハイジャックもする。
カボチャのツンツン度は野菜の中でも上位クラス。
だが、そんなツンなカボチャもひとたび衣を纏えばデレまくるのだから参ってしまう。
あの鉄壁だった防御力が嘘みたいに無抵抗主義へと様変わりする。
分厚くて硬かった濃緑色の皮は、いとも簡単に咀嚼できて柔らかな食感とほのかな香りと共に口の中で崩れ落ちていく。
しかも驚くほどに甘い。デレデレの甘さだ。
カボチャが優秀なところは、その甘さにハズレがないこと。
どんなカボチャでも期待を裏切らない甘さで俺にデレてくる。
天麩羅以外ではどうだろうか。
カボチャの煮物?
見た目から甘々じゃないか。見た目も中身もデレデレの甘さだ。
ーーいや、デレデレも悪くはないのだが。
残念だが、何の意外性も無い。ギャップという名の刺激が足りないカボチャの煮物は、天麩羅には絶対に敵わない。
カボチャの天麩羅。
ツンデレの代表格だろう。
トウモロコシ。
天麩羅で一番好きな食材だ。ダントツで。
彼女と初めて出会ったのは京都駅近くの小さな居酒屋だった。
あの時の衝撃は今でもはっきりと覚えている。
俺の前に姿を現した彼女はとてもお淑やかでありながら、誰にも媚びない少し控えめなツンでもあった。
でも、衣を脱いだ時の彼女のデレっぷりは半端なかった。
見た目からは想像できない程の強烈な甘さで俺を陥落させた。
プチプチした食感はそのままに口の中に広がる上品な甘みは俺の心を鷲掴みにする。
そう。彼女は高貴さを漂わせる上品なツンデレなのだ。
天麩羅以外ではどうだろうか。
焼きトウモロコシ?
確かに、あの醤油の焦げた香りは刺激的な魅力がある。
遠く離れた場所からでも遠慮なく俺を誘惑してくる。
ーー妖艶なフェロモンを漂わせてツンツングイグイ迫られるのも嫌いじゃない。
でも、彼女はその香ばしい香りで周囲の男もまとめて誘惑するのだ。
俺は気が気じゃない。
周囲の者が皆ライバルだなんて、チキンな俺は心労で胃に穴が開いてしまいそうだ。
胃に穴が開いたら彼女との恋は終わってしまう……。
刺激的な焼きトウモロコシも良いが、控えめで上品な天麩羅の方が体に優しいツンデレだ。
トウモロコシの天麩羅。
俺の中では圧倒的一番人気である。
でも、世の中に絶対は無い。
一番人気だって時には負けることもあるんだ。
そう。
圧倒的一番人気を打ち負かすダークホースが存在した。
しかも、俺のすぐ側に。
玉葱。
地味な存在ゆえ、その秘めた才能に俺は気付いていなかった。
子供の頃から、物御心つく前からずっと側にいてくれていたのに俺は彼女のことを軽視していた。見て見ぬふりをしていたのかもしれない。
彼女の真の実力に気づいた今、玉葱の天麩羅こそ史上最強のツンデレだと断言できる。
玉葱のツンは強烈だ。まな板の上では無類の攻撃力を発揮する。
俺の鼻腔の奥深くをツンツン刺激してきて、涙と鼻水が止まらなくなる程だ。
これほどの攻撃力を有した野菜は他に無い。
それなのに……。
ひとたび衣を纏いて天麩羅に姿を変えた途端、彼女は地味な存在に変身する。
天麩羅の盛り合わせを目の前にした時、彼女の存在に目を奪われる者は誰もいないだろう。
エビ、穴子、半熟の卵など。皆、他の食材に目移りする。
あれだけの攻撃力を有していたのに、誰からも注目されないほど地味な存在に様変わりする。
それも一種のツンなのだろうか?
まな板の上では誰よりも攻撃的で、お皿の上では誰よりも地味な存在。
そうやって俺を油断させておいて、口の中では強烈にデレてくるんだ。
ーー何なんだ、いったい!
シャキシャキの食感を連想させておきながら、歯応え無くジュワりとトロけてくる。
サラダにしたときは鼻腔を刺激するほどの辛味があったのに、ほのかな甘味で油断していた俺を魅了してくる。
その控えめな甘さが余計に俺を虜にする。
カボチャやトウモロコシのような強烈な甘さではない。物足りない甘さだからこそ際限なく「次」を欲してしまう。
まな板の上のお前は誰よりも攻撃的だったじゃないか! お皿の上では誰よりも地味だったじゃないか! なのに、何故これほどまでに俺は彼女を欲してしまうのだ!
ツンとデレの間にジミが混じる怒涛の三連コンボ。
地味が故に、俺は彼女の実力に気付いていなかったんだ。
思い返してみれば、彼女はいつだって地味だった。いつだって俺の側にいてくれた。
味噌汁、カレー、ハンバーグ。
彼女を見掛けない日なんて無かったかもしれない。
縁の下の力持ち。彼女がいなければ食卓はもっと地味だろう。
自分が地味に徹することで食卓を華やかに彩る。
どこまでもツンデレな奴。
そんな彼女が一番ツンデレしてくるのが天麩羅だ。
天麩羅。
圧倒的ツンデレな食べ物。
玉葱の天麩羅。
ツンデレの中のツンデレ。
そんな玉葱の天麩羅に俺は恋をしていた。
ずっと昔から。
俺がツンデレ好きだったなんて、俺が彼女に恋していたなんて、今の今まで気付いていなかった。
そんな自分をグーで殴りたい気分だ。
天麩羅以外の食べ物はどうだ?
肉?
肉は良い。みんな大好きだ。
肉はお腹と自尊心を同時に満たしてくれる。
牛、豚、鳥。それぞれに長所がある。
近江牛、松坂牛、神戸牛。
俺は幸運にも「日本の三大和牛」ともお付き合いをさせていただいたことがあるが、みんな最高だった。
最高だったけど……、彼女たちはお金が掛かる。
お金を掛けてお付き合いをして、他の男たちよりも自分が上である事をアピールして優越感に浸り、己の自尊心を満たしてくれる。
彼女たちはそんな存在だ。
でも、それは本物の恋と呼べるのだろうか。
お金ありきの恋なんて純粋じゃない。お金が底をついた時、彼女たちは他の男のところへ去っていく。
そんなの恋なんて呼べない。
玉葱なんて一玉数十円だ。
肉は刺激的だけど、長続きしない。玉葱のように毎日側にいられたら鬱陶しく感じてしまうだろう。
肉は、玉葱には敵わない。
魚?
魚は美味しい。日本人なら誰もがそう言うだろう。
刺身、焼き、煮付け、味噌汁、天麩羅、お寿司。
魚は何でも有りだ。
でも、彼女たちは鮮度が命。いつでもどこでも側にいてくれるわけじゃない。
呼子のイカ、福岡のゴマサバ、愛媛の鯛、明石のタコ、富山のホタルイカ。
どれも紛う事なき絶品。
新鮮なカツオやマグロとはお付き合いしたことないが、おそらく彼女たちも絶品だろう。
でも、彼女たちは現地でしか堪能できない。
ーー旅先で恋に落ちた一夜限りの関係。そんな関係も悪くはない。
良い思い出。それが魚との恋。
いつも側にいてくれる玉葱には敵わない。
天麩羅は旬の食材でいつも俺を魅了してくれる。
彼女たちに飽きることはない。しかも、全員ツンデレ。
「旬のツンデレ」たちが一年中俺を虜にし続けるんだ。
そんなツンデレたちの中でも一際異彩を放つ玉葱。
俺は玉葱の天麩羅に恋をしていた。
ずっと昔から。
ツンデレ幼馴染に恋していたんだ。
こんなこと、恥ずかしくて誰にも言えないよ……。
俺はツンデレ幼馴染に恋をしていた 地獄少年 @Jigoku_Shonen
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