第59話 エンディング

 俺は主人公ルルナの実力を目の当たりしていた。


 《混沌のカオティック・終劇フィナーレ》を防がれた後、俺とルルナは数発ずつ攻撃を交わしたが、互いにダメージを与えるには至らなかった。


 俺のメインクエスト《裏ダンジョン最奥部に到達した主人公に討伐される》をクリアするためには、ルルナの攻撃をわざと受けるべきだということは分かっている。


 しかし、俺がゲーマーとして元来もっている「負けず嫌い」という性分が、ここにきて前面に出てしまっていた。


 相手の動きを覚え、攻撃パターンを把握し、攻略していく──そんな、ゲーム《フェイタル・リング》の楽しさを、この世界にきて初めて体験していたのだった。


「…………っふ」


 自然と笑みが零れる。


「ヴェリオさん、なんだか楽しそうですね」


 戦闘相手のルルナにも指摘されてしまった。


「そういうルルナこそ」


「ふふっ、バレてしまいましたか」


 ルルナも無防備に笑う。


 俺との戦闘前は真剣な表情を浮かべていたルルナだったが、いざ戦闘が始まると、その表情に不思議な明るさが宿り始めたのだ。


「ヴェリオ様……ルルナも…………二人とも戦うのを楽しんでる!?」


 状況を見守っているチェルシーからも声が上がる。


「こんなに怖くて……楽しい戦いは初めてです! ヴェリオさんが計り知れない御方であることは知っていましたが、実際に戦ってみると、その凄さが分かります!」


 興奮気味に言うルルナ。


 ルルナも俺と同じ気持ちを抱いていたのだ。


 これまで一緒に冒険をしてきた信頼できる仲間。

 相手の凄さは知っているし、リスペクトもしている。

 気を抜いた瞬間、やられてしまうという恐怖感もある


 ──そして、相手が居なくなってしまうかもしれないという寂寥感も同時に込み上げてくる。


「正直、ルルナがここまで戦えるとは思っていなかった」


「ありがとうございますっ。私には、この戦いの真の意味が分かりませんが、ヴェリオさんの温かい感情は伝ってきます……だから…………今の私の全力を、ヴェリオさんにぶつけます!」


 ……ああ。

 本当に強くなったな……。


 俺はゲーム《フェイタル・リング》をクリアした時以上の大きな達成感を胸に抱き、ルルナとの最後の戦いを再開させた。




 ◆




 ……。


 …………。


 ………………。


 ルルナと一騎打ちを続けること数刻──


 俺は戦闘中、《混沌の終劇カオティック・フィナーレ》のみを使用。それに対しルルナは、《大いなる岩壁グランド・ウォール》で防ぎつつも、時折攻撃が身体を掠め、ダメージを負っていた。


 ルルナは聖王エリオン17世が使用した光属性攻撃、《聖なる閃光ホーリー・ライトニング》で応戦。

 ルルナの見事な反応速度により、俺も弱点属性の攻撃を受けていた。


 お互いに体力が削られ、俺とルルナはダメージが蓄積された状態で向かい合う。


「…………ッ」


 そんな2人を心配そうに見つめるチェルシー。


 チェルシーの複雑な感情は俺にも充分伝ってきている。



 ……そろそろ決着をつける時だな。



 俺は既に満足していた。


 決定的なレベル差があるにも関わらず、裏ボスとここまで対等に渡り合えた時点でルルナの勝ちは明白だ。


 《悲劇的なカタストロフィ・終幕ジ・エンド》を使用しないと決めたので縛りプレイのような形になっているが、それでもルルナの勝利は揺るがないだろう。


 元々、負けるつもりで挑んだ主人公ルルナとの戦い。

 実際の結果を前にすると少々悔しい気持ちもあるが、それ以上にルルナへの賞賛の念がまさっている。


「…………」


「…………」


 俺とルルナとの間に、張り詰めた空気が漂う。


 俺の……俺たちの冒険を終わらせる時が来たのだ。


 思いがけない形でスタートさせた主人公ルルナとの冒険。

 頭に描いた攻略チャートを見事にブッ壊してくれたチェルシーとの出会い。


 超難関サブクエストでチェルシーが想いを爆発させた『火のリング』イベント。

 俺とルルナたちの絆が深まった『風のリング』イベント。

 最悪な臭いとルルナの力が印象に残る『土のリング』イベント。

 ルルナが主人公としての覚悟を決めた『光のリング』イベント。

 そして、ラスボスとの虚しい戦いとなった『闇のリング』イベント。


 今では全てのイベントが俺の思い出となって心に残っている。


 ルルナとチェルシーとの冒険の記憶は、どこへ行っても、どの世界へ行っても俺の心に残り続ける。


「…………ヴェリオさん、ありがとうございます」


 俺が2人に思っていたことを、ルルナが発した。


「俺は魔神ヴェリオーグ……ルルナたちの敵だぞ。礼を言われることなど──」


「いいえ‼ 私たちはヴェリオさんに感謝しています! これまでの冒険、本当にありがとうございました!!」


「ルルナ……」


「ア、アタシもよ!! アタシも、ヴェリオ様には感謝してるわ! ヴェリオ様と出会わなければ、きっとアタシは今のアタシにはなっていなかった! そう強く感じてるわ!! だから……」

 

 チェルシーが言葉に詰まる。


 チェルシーの言葉に、主人公ルルナが続けて言った。


「……だから、私が最後の決着をつけます。ヴェリオさんが望んだ戦い……最後に、私の……私たちの想いを乗せてヴェリオさんに放ちます!」


 そう宣言したルルナの瞳には、今にも溢れ出てきそうな雫が浮かんでいた。


 ルルナは精一杯の気を張って、俺の我儘に乗ってくれたのだ。



 ──感謝しているのは俺のほうだ。



「…………2人の……おかげで」


 仲間、友達……良いもんだなって、思うことができた。


 生きることに希望が持てた。


 どんな状況になっても、負けないで前に進もうって思えるようになった。


 本当に、ありがとう──

 ルルナ、チェルシー。


「ヴェリオさん!!!! 私の残った最後のチカラをぶつけます!!!! …………《聖なる祈りライト・ヒーリング》!!!!」


 ルルナが口にしたスキル。


 《聖なる祈りライト・ヒーリング》。


 光属性の…………魔法。


 魔神へ最大の威力を発揮する


 その攻撃を受けた直後。


 俺の視界にシステムメッセージが表示された。




 ──《裏ダンジョン最奥部に到達した主人公に討伐される》をクリアしました──




 ルルナの最後の攻撃により、俺のHPが無事0になったのだ。


 メッセージが消えた後、俺は不思議な光景を目にする。


 薄暗い『魔神の部屋』は眩い光に照らされ、視界一面に、これまでの冒険の記憶が走馬灯に映し出されていた。




 これが……エンディング……だろうか。


 …………ああ……なんだか気持ち良いな……。


 身体と心が……浄化されていく……ようだ……。




「──ェリオ様────ヴェリオ様!!」


 目には見えないが、遠くの方からチェルシーの叫ぶ声が聴こえてくる。


 大声で泣いているようだ。


「──ヴェリオ──さん!!!! ──また────必ず────んっぐ────私──たちは────んっぐ!!!!」


 途切れ途切れに届いてくるルルナの声。

 すすり泣く声が漏れ聴こえる。

 我慢していた涙が堰を切ったように溢れ出てきているようだ。




 そして。


 ルルナとチェルシーの声が完全に途絶えた後──


 俺は白い光に包まれ、意識を失った。







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