第58話 ルルナvsヴェリオ

 ルルナの決意は固まった。


 あとは、俺が主人公のルルナに倒されれば全てが終わる。


 俺からルルナを攻撃することはないので、これで事実上メインクエスト達成の算段はついたと言える。


 だが──


「ちょっと、ルルナ!? 本気でヴェリオ様と戦うつもりなの!?」


 『デーモンサイズ』を構えたルルナに、チェルシーの声が飛ぶ。


 ルルナの目は本気そのものだった。


 俺は、そんなルルナの姿を見て不思議な感覚に包まれていた。


 そして、一つの疑問が頭の中を駆け巡っていた。




 ──本気のルルナに、果たして俺は勝つことができるのだろうか?




 普通に考えれば、レベル差があるのでゴリ押しでいけば俺が負けることはないだろう。


 しかし、単純な「プレイヤースキル」は、どちらが上なのか。


 あの神衛隊長タナトスとの一騎打ちでみせたルルナの戦闘技術。

 聖王エリオン17世や巨大ワームとの戦いでみせた精神力。


 これまでの戦いで、ルルナは見事に主人公としての成長を遂げている。


 成長したルルナと純粋に戦ってみたい──

 

 魔神の前に堂々と立つルルナをみて、そんな願望を抱いてしまう。


 この最終局面にきて、俺の眠っていたゲーマーの血が湧き上がってきていた。


「ヴェリオさんも本気のようです! チェルシーは私から離れていてください!」


 俺の心情を悟られたのだろうか。

 ルルナは俺から視線を外すことなく、チェルシーに言った。


 その直後。


 ルルナは『デーモンサイズ』を掲げ、フゥッと息を吐いた。


「ルルナ!? まさか《悪魔の審判ラスト・ジャッジメント》を使うつもり!?」


 《悪魔の審判ラスト・ジャッジメント》。

 ルルナ最強の必殺スキルであり、最強武器『デーモンサイズ』から放たれる強力な攻撃力は裏ボスのスキルにも匹敵するほどである。


 初手で最強スキルを使って、敵のHPを削るのは悪い選択肢ではない。


 ……だが、魔神ヴェリオーグ相手には悪手である。


「《悪魔の審判ラスト・ジャッジメント》は闇属性の攻撃……ヴェリオさんには弾かれてしまうでしょう」


 さすがはルルナだ。


 ディアギレス戦で得た情報を、しっかりと裏ボス戦に活かしている。


「じゃあ、その攻撃は……」


 チェルシーが呟いた後、ルルナの右手が眩い光を放ち始めた。


 そして──


「《聖なる光陣ホーリー・プロテクション》!!!!」


 ルルナの透き通る声が『魔神の部屋』に響き渡った。


 《聖なる光陣ホーリー・プロテクション》。

 聖王エリオン17世が使用した光魔法だ。


 対象の能力値を下げるデバフ攻撃であり、発動したら確定で効果を発揮する魔法。


 ルルナは現在『光のフェイタル・リング』を装備しているので使用できるようになっているのだ。


「……っくぅ」


 思わず声が漏れる。


 ……なるほど。

 これを初手で撃ってくるとは。


 闇属性の魔神ヴェリオーグに対しては、最高の効果を発揮する魔法スキルだ。


 しかも、光属性のルルナに対してはバフとなるスキル。


 初動に放つスキルとして、これ以上ない最高のスキルである。


 実際、俺は自分の身体に通常時以上の「重さ」を感じている。


 ルルナは俺に指示されるまでもなく、しっかりと自分で考え、自分の思った通りに行動したのだ。それも最高の行動を。

 

 ふふっ。


 ゲームで敵の術中にハマってしまった場合、苛立ちと反省の念に駆られることが多い。

 しかし、今はルルナの成長を目の当たりにし、自然と笑みが零れてしまう。


 鉛のように重くなった身体とは対照的に、俺の心は軽やかだった。


「さすがはヴェリオさんですね。《聖なる光陣ホーリー・プロテクション》が効いていないとは……」


「いいや、効いてるよ。今笑ったのは、予想外のルルナの攻撃に驚いたからだ」


「……なんだか余裕そうに見えますが。それに、今まで戦ってきた相手は、私を侮ることはあっても『敵意』を隠すことはありませんでした。でも、ヴェリオさんからは敵意も殺気も感じられません」


 ルルナは鋭い目つきで俺を射貫いてくる。


「やっぱり、ヴェリオ様はアタシたちと戦う気なんてないのよ!! そうでしょ!?」


 一方、もう一人の俺の大事な仲間であるチェルシーは、必死な表情を浮かべて訊ねてきた。


 ……殺気か。


 たしかに、ルルナと戦いという純粋な感情はあっても、俺にルルナを倒そうという気持ちはない。


 ルルナに倒されることだけを目標に、ここまで来たのだから。


 俺が本気を見せないと、ルルナの攻撃の手が緩んでしまうかもしれない。


 だったら──


「いいだろう。俺が本気かどうか、見せてやる」


 そう言って、俺は掌をルルナに向けた。


「これは……まさか!? ルルナ!! 避けて!!!!」


 俺の攻撃をイチ早く察知したチェルシーが大声で叫ぶ。


 これまでに何度も使用してきた、裏ボス最強のスキル《混沌のカオティック・終劇フィナーレ》。


 ラスボスですら一撃で葬り去った、魔神ヴェリオーグの代名詞とも言える無属性攻撃の最強スキルだ。


 《聖なる光陣ホーリー・プロテクション》により弱体化している俺と、強化されているルルナ。

 もし、ルルナに直撃したとしてもHPが0になることはないだろう。


「《混沌のカオティック・終劇フィナーレ》!!」


 俺は最強スキルをルルナへ向けて放った。


 HPが0になることはないだろうが、直撃すれば決して無事では済まない。


 いくら俺が悪の権化である魔神でも、ルルナを瀕死の状態にするつもりはない。



 ──ギリギリで急所は外す。



 そう意図した俺の攻撃だったのだが……。


「《大いなる岩壁グランド・ウォール》!!!!」


 ルルナは、《混沌のカオティック・終劇フィナーレ》の漆黒のエネルギー波を前に一切怯むことなく、最強の防御スキルを発動させた。


 ルルナの右手から発動した土の壁は小さなものだった。


 しかし、俺の最強スキルは、その小さな土壁に直撃した後、周囲に虚しく霧散してしまった。


「…………っ」


 思わず息を呑んでしまう。


 ……なんということだ。


 発動タイミングの難しい、あの《大いなる岩壁グランド・ウォール》を完璧に使いこなすとは……。


 神衛隊長タナトスの魔法の剣マジック・ブレードを防いだ最強の防御魔法スキル《大いなる岩壁グランド・ウォール》。

 どんな攻撃も無効化できる防御魔法だが、その使用の難しさは俺もよく知っている。


 発動から直撃まで一瞬の間にしかない《混沌のカオティック・終劇フィナーレ》を防ぐなんて……。


 ──人間技じゃない。


 少なくとも、俺には絶対にできない。


「《混沌のカオティック・終劇フィナーレ》を撃ってくるとは……やはり、ヴェリオさんの意志は本物のようですね」


 淡々と語るルルナ。


「ああ。……だが、驚いているのは俺のほうだ。まさか、《混沌のカオティック・終劇フィナーレ》を完璧に防がれるとは思わなかった」


 俺の予想では、ルルナは《悪魔の審判ラスト・ジャッジメント》を使用して攻撃を相殺してくるかと思ったのだが。


「ふふっ。ヴェリオさんの必殺技は何度も見てきましたからね。発動の前に攻撃の軌道が分かっていれば《大いなる岩壁グランド・ウォール》で防御するのは簡単ですよ」


「軌道が分かる? どういうことだ?」


「ヴェリオさん、《混沌のカオティック・終劇フィナーレ》を使用する際……掌のによって攻撃軌道を調節していますよね。その角度を注視していれば、攻撃発動前に対応できますから」


 マジか……。


 開き角度……タナトスの攻撃のようなが俺にもあったのか……ぜんぜん気づかなかった。


 最強状態で覚醒した俺は、これまで己のスキルを磨いてこなかった。


 攻撃スキルを使用すれば、一撃で敵を仕留める。

 そんな温室のような超ヌルゲー状態だった俺は、「プレイヤースキル」においてルルナと明確な差が生まれてしまったのかもしれない。


 1回1回の戦闘、クエストに全力だったルルナは、戦闘技術で俺を凌駕していた。


 ルルナは、俺の予想を遥かに超える成長を遂げていたのだった。







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