第57話 ルルナの決意
魔神ヴェリオーグ。
俺が自分の名をルルナとチェルシーに告げた直後、薄暗い『魔神の部屋』に重い沈黙が広がった。
静寂を破ったのはチェルシーの小さな驚きの声。
「……ぇ……魔神……って……そんなことって……」
チェルシーは両手を口元に当て、全身を震わせている。
俺とチェルシーとの間には距離があったが、彼女の動揺は痛いくらいに直に伝わってきた。
「…………ッ」
ルルナは哀しそうな瞳で俺を見つめ、奥歯を噛みしめている。
「魔神ヴェリオーグ──世界に混沌をもたらし、全てを無に帰す存在、それが俺だ。魔王ディアギレスや冥府神ザンガースなど、悪の権化である魔神からしたら取るに足らない存在だ」
「ま、待ってよ……!! そ、そんな突然、ヴェリオ様が魔神だなんて言われても、アタシには信じられないわ!!」
「本当にそうか? 本当に、俺が魔神だと信じられないか? これまでのリング集めで、一度も俺の正体を疑ったことはなかったか?」
「そ、それは……ッ」
「さっきチェルシーは、ここに倒すべき敵は存在しない、って言っていたな?」
「……うん」
「倒すべき敵なら、ここに存在している。俺が、お前たちの倒すべき真の敵だ。俺こそが《運命の導き手》にとっての最大の敵──魔神ヴェリオーグだ」
ルルナとチェルシーに向けて、冷徹に告げた。
これまでの冒険で結ばれた固い絆。
その全てを無に帰すような俺の言葉。
「……仮に…………仮に、ヴェリオ様が魔神だったとしても! ヴェリオ様は世界を滅ぼすような方ではないわ! アタシたちが戦う理由は無いわよね!?」
受け入れられないといった様子で叫ぶチェルシー。
「戦う理由か。ルルナは世界に選ばれた《運命の導き手》で、俺は魔神だ。俺たちが戦うのに、これ以上の理由がいるのか?」
「……うぅっ」
チェルシーは押し黙ってしまう。
チェルシーとルルナには、俺と戦う理由は無いだろう。
俺は魔神として覚醒したが、この世界を滅ぼすつもりなど勿論無い。
世界に混沌をもたらすというのは、あくまでも設定であり、魔神としての
俺が望みさえすれば、この世界に居続けられるかもしれない。
ルルナやチェルシーと一緒に平和的に過ごせるかもしれない。
でも──
俺は、この世界の住人じゃない。
俺には帰るべき世界がある。
この世界に来て色々と経験したことで、今では「新たな目標」も生まれているのだ。
その新たな目標を達成するには、元の世界に帰らなければならないんだ。
そのために、俺は裏ボスとしての役割を果たす──
主人公と……ルルナと戦うんだ。
「話は終わりだ。チェルシーに戦う覚悟があろうと無かろうと、俺には戦う理由がある。これまでの冒険を無意味にさせないためにも、俺はお前たちと戦う」
「そ、そんな……」
泣きそうな声を漏らすチェルシー。
俺が戦闘態勢を取ろうとした時。
これまで無言で俺を見つめていたルルナが、重い口を開いた。
「……いつの日か、こんな時がくるのではないか……そう思っていました」
ルルナは寂しそうな表情を浮かべ、ぽつりと呟いた。
「ルルナ!? まさかヴェリオ様と戦うつもりじゃないわよね!?」
「私たちに戦う理由が無くても……戦いたくないと心から願っていたとしても……。そんな私たちの想いとは関係なく、これまで避けられない戦闘をしてきました。まるで、それが『運命』であるかのように。なにか大きな歯車に動かされているような感覚を私は抱いていましたが…………どうやら、今のこの状況が答えのようです」
ルルナはゲームのキャラクターじゃない。
れっきとした、この世界の住人だ。
この世界で生まれて、この世界で生きている。
そして、外の世界から来た俺に導かれて、『運命』を押し付けられた少女である。
あの時、俺と出会わなければ、今頃は村の聖女見習いとして生きていたはずの普通の少女。
その少女が、今、最強の魔神の前に立ち、堂々と対峙している。
主人公として、裏ボスと向き合っている。
その姿を見て、俺はなんだか誇らしい気持ちになった。
「そんなこと言ったって、相手はヴェリオ様なのよ!? アタシは……訳の分からないままヴェリオ様と戦うことは……できないわ……。アタシには、その覚悟が無い……」
「チェルシー……。これまでの冒険で、チェルシーはヴェリオさんに助けられたことはありますか?」
「勿論あるわ! ヴェリオ様が居なかったら、今のアタシは存在していない……そう思えるくらい、ヴェリオ様には感謝してる! ルルナだって、そうでしょ!?」
「ええ。ヴェリオさんに助けて頂いたから、私たちはここまで辿り着けたのです。ヴェリオさんが居なかったら、魔王ディアギレスを倒すことはおろか、リングを集めることも出来なかったでしょう」
「そうでしょ!? ヴェリオ様は常にアタシたちのことを想って、アタシたちのために行動してくれた! そんなヴェリオ様と、ルルナは戦えるの!?」
「…………」
ルルナはチェルシーの問いに答えず、俺をジッと見つめる。
「ヴェリオ様に感謝してるなら、ここは戦うべきじゃないわ! 話し合って、事情を訊くべきだわ!」
「……いいえ、感謝しているからこそ、私はヴェリオさんと戦います」
「な、なんで……」
「私はヴェリオさんのことを誰よりも信用していますし、信頼しています。そのヴェリオさんが、意味もなく私たちと戦うことなど考えられません。ヴェリオさんが私たちと戦うというのなら、私は《運命の導き手》として…………ヴェリオさんの仲間として戦います!」
心を込めて言ったルルナの顔。
その表情は、初期村のセーブ担当のモブではない。
完全に主人公の顔だった。
相手が誰であっても、自分は戦う──
以前、ルルナが発した言葉。
その言葉通り、ルルナは
──ありがとう、ルルナ。
俺は心の中で、最高の仲間に感謝の言葉を告げた。
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