第56話 邂逅

 冥府神ザンガースの存在が明らかになったので、俺はルルナとチェルシーを連れて、《デーモンパレス裏ダンジョン》入り口に空間転移テレポートした。


「ここに、暗黒の邪神…………冥府神ザンガースってヤツが眠っているの?」


 不気味な扉を見つめながらチェルシーが呟いた。


「…………ここは……以前、ヴェリオさんと一緒に来た場所……たしか、ヴェリオさんが隠れ家と仰っていたところですよね?」


 チェルシーに続き、ルルナも口を開く。


 なんとも記憶力の良い主人公様である。


 ルルナの言う通り、《デーモンパレここス》へはルルナと一度訪れたことがある。

 ルルナと仲間になった直後、《裏ダンジョン最奥部に到達した主人公に討伐される》という俺のメインクエストを達成するために来たのだ。


 あの時は入り口の扉を開けることができず、何もしないまま引き返してしまったが。


 ラスボスを撃破し、キーアイテム『勾玉まがたま』を4つ揃えた今なら、この裏ダンジョンに入ることができるはず。


「…………」


 俺はルルナの質問には答えず、無言で勾玉を扉の窪みに嵌めていく。


 ルルナは、そんな俺の反応を悲しそうに見つめていた。




 ルルナはラスボスとの戦闘で、俺の正体に完全に気づいている。


 魔神ヴェリオーグの名前こそ出てきていないが、俺が「人ならざる存在」であることは察知しているだろう。


 冥府神ザンガースのおかげで、こうしてルルナと衝突することなく一緒に裏ダンジョンに来ることができた。

 あとは、ダンジョンの最奥部──俺が、この世界で覚醒した場所までルルナたちを連れていくだけだ。


 それで俺の役割を果たすことができる。

 ここで感情を出すわけにはいかない。

 淡々と……気持ちを押し殺してミッションを進めていくだけだ。


 俺は黙々と勾玉を嵌めていき、4カ所全ての窪みに4色の勾玉が納められた。


 そうして──


「あっ!! 扉が開くわよ!?」


 チェルシーが声をあげた直後。

 固く閉ざされていた裏ダンジョンの扉が4色の光を放ちながら、ゆっくりと開かれた。


 扉が開かれた先の道、そこから黒いもやが漏れ出てくる。


 この先にラスボス以上の強敵がいる。

 そんなことを感じさせる演出効果だ。


「行くぞ」


 俺はルルナとチェルシーに向かって、短く、そして静かに声をかけた。


「う、うん……」


 どこか不安そうに俺の後を付いてくるチェルシー。


 ルルナはチェルシーに続き、無言のまま裏ダンジョンに足を踏み入れた。




 ◆




 薄暗いトンネルのような道を進んでいく俺たち3人。


 裏ダンジョン《デーモンパレス》は、鬱蒼とした雰囲気が漂う地底迷宮である。


 本来であれば、ラスボスを討伐した主人公パーティーの前に強敵が立ちはだかるのだろうが──


「おかしいわね……冥府神ザンガースどころか、モンスターも全然現れないわよ?」


 チェルシーが不思議そうに呟く。


 ゲーム上で最高難易度を誇るであろう《デーモンパレス》にモンスターが居ない理由。


 それは──



 俺が全部倒してしまったから。



 俺は、この世界で裏ボスとして覚醒した後、主人公たちが簡単に裏ダンジョンを攻略できるよう、あらかじめ探索しておいたのだ。


 棲みつくモンスターを全て排除し、マッピングも完了させている。

 その際に、今ルルナとチェルシーが装備している『デーモンサイズ』と『魔剣ハーティア』をゲットしたのだ。


 また、主人公たちの前に強大な敵として立ちはだかるはずだった『冥府神ザンガース』も倒してしまった。


 最高難易度のはずの裏ダンジョン《デーモンパレス》は、今や雰囲気だけのと化してしまっている。


 緊張感を強めるチェルシーを他所に、俺は先頭に立って、自らが治めるダンジョンをグングン進んでいった。




 そして、俺たちは一つのイベントも一度の戦闘も発生させないまま、ダンジョン最奥部へと辿り着いた。


 高校の体育館くらいの広さの『魔神の部屋』。


 部屋には悪趣味なデザインの椅子が一つあるだけで、他には何もない。


 椅子には誰も座っておらず、空間内には俺たち3人だけしか存在していない。



 ──とうとう辿り着いてしまった。


 ここが俺の……俺たちの旅の終着点。


 そして、俺にとっては始まりの場所。



「ここは……? 冥府神ザンガースは?」


 部屋の内部をキョロキョロと見回すチェルシー。


 ここに冥府神ザンガースは居ない。


 ここは……ザンガースよりも上位の存在である『魔神』が鎮座する場所なのだから。


「…………」


 ルルナは『デーモンサイズ』を強く握り締め、ジッと俺の様子を窺っている。


 俺はルルナとチェルシーに声をかけることなく、2人に背を向け、椅子の方へ歩を進めた。


「ヴェリオ様? ここにはアタシたちが倒すべき敵──冥府神ザンガースが居ないようだけど……」


 いぶかしむように、後ろから声を掛けてくるチェルシー。


「冥府神ザンガースなど、既に存在しない。ここはヤツの親玉である魔神ヴェリオーグの部屋だ」


 俺は振り返ることなく、チェルシーに答える。


「魔神ヴェリ……オーグ? ヴェリオーグって、ヴェリオ様の本名……よね? ……い、いったい、どういう……こと?」


「…………」


 ルルナの表情は俺からは見えないが、感情は手に取るように分かる。


 ……俺もルルナと同じような感情を抱いているから。


 俺は椅子の場所まで行き、ルルナとチェルシーへ振り返る。


 そして──




「よくここまで辿り着いたな。俺が魔神ヴェリオーグだ」




 初めて、を2人に告げた。







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