第55話 裏ボスの名は

 ──ルルナは『闇のフェイタル・リング』を入手した──



 俺たちはラスボス魔王ディアギレスを倒した。


 本来のゲーム上では、この後エンディング画面となり、スタッフロールが流れた。


 そして、俺はこの世界に飛ばされた。


 しかし、今回はエンディングは流れず、他の世界に飛ばされることもなかった。


「……アタシたち……ディアギレスを倒したの……? これで、世界に平和が訪れたの? なんだか、実感が湧かないわ……」


 不気味なままの雰囲気を保った『皇帝の間』。

 

 チェルシーの不安そうな声だけが寂しく響く。


「ディアギレスの気配は完全に消えました。『闇のリング』の影響で、まだ不穏な空気が漂っていますが、それもじきに収まるでしょう」


 ディアギレスとの戦闘中、ほとんど言葉を発しなかったルルナが説明する。


「……そう。なら問題無しねっ。じゃあ、これから戻って、世界中のみんなにディアギレス討伐の報告をしようかしらね!」


「…………」


 再び沈黙するルルナ。


 ルルナはチェルシーの言葉には答えず、俺のほうを向いて、口を開こうとしていた。


 しかし、ルルナが言葉を発する前に、


「この『皇帝の間』、少しだけ探索していっていいか?」


 俺が口を挟んだ。


「もちろん、いいわよ? でも、こんな不気味な部屋を調べようだなんて、さすがはヴェリオ様だわ。皇帝ディアギレスのことを調べあげて、正しい歴史を後世に伝えるのね! アタシも協力するわ!」


「あ、ああ。ありがとう、チェルシー」


 そうして、俺たちは『皇帝の間』の物色に移った。




 ……チェルシーは誤解しているようだが、俺の目的は遺物の保管ではない。


 もちろん、ディアギレスの過去の悪事を暴いて適切な形で世に残す、というのは世界の人々にとっては大事なことかもしれない。


 だが、『皇帝の間』の調査には別の目的があった。


 ──俺には、ずっと気になっていたアイテムがある。


 それは、俺たちが獲得してきた謎のキーアイテム──勾玉まがたまだ。


 ゲーム上で一度も目にしたことがないアイテムである。


 その勾玉だが、これまでに俺たちが入手したものは全部で3つ。



 《エルフの里》でユーノから貰った『緑の勾玉』。


 負けイベだと思っていた皇帝軍幹部ルキファス戦の勝利後にゲットした『黄の勾玉』。


 そして、闇堕ちしたハワードを倒した後に手に入れた『青の勾玉』だ。



 ネーミングや形状が揃っていることからも、同種のアイテム群だと推察される。


 ここで問題になるのが、その勾玉の形状である。


 ゲーマーでなくても、このアイテムの使用方法は容易に推測することができる。


 キーアイテムに分類されているのに、ラスボス撃破まで全く使用する機会が無かったのだ。


 つまり──


 ラスボスを倒した後の、やり込み要素……より強い敵と戦うために必要になるアイテムってことだ。



 最強の魔神が眠る地底迷宮──《デーモンパレス裏ダンジョン》。



 この勾玉は、あそこの扉にあったに嵌めるためのものだろう。


 しかし、あの扉にあった窪みは全部で『4つ』。


 俺たちが入手した勾玉の個数は3つ。

 1つ足りない。


 これまでの勾玉入手は、全てイベントや戦闘後だった。

 

 俺たちは既にラスボスを倒してしまっている。

 ゲームのメインシナリオを全て終わらせてしまっているんだ。


 もちろん、やり残したサブクエストは数えきれないくらいある。

 でも、そのサブクエストの中に勾玉が関連するものはないと思っている。


 ゲーマーの勘が、そう告げている。


 最後の1個。


 それは、ゲームクリア前では入れない……探索することができない場所にあるのではないか?


 俺は、そう考えた。


 ゲームを9000時間プレイして、俺が一度も探索していない場所──



 この『皇帝の間』しか無い。



 『皇帝の間』に入ると、強制的にディアギレスとのイベントシーンになり、その後はラストバトルとなる。

 ここは、プレイヤーが自由に探索できないエリアなのだ。


 裏ボスへと繋がる導線を張っておくには都合の良い場所だ。


 クリア後にしか探索できず、最後のキーアイテムを配置しておくには相応しい場所なのである。




 ◆




 その後、入念に『皇帝の間』を探索していると、目的のアイテムを発見することができた。



 ──ルルナはキーアイテム『赤の勾玉』を入手しました──



 これで4つの勾玉が揃った。


 俺の予想通りに『皇帝の間』に置いてあって良かった。


 もし、ここに無かったら世界中を探し回るハメになっていた。


 危うく《フェイタル・リング》じゃなくて《フェイタル・勾玉》が始まってしまうところだった。


 俺が安堵していると──


「ねぇねぇ! 2人とも、これを見て!!!! ディアギレスの手記を発見したんだけど……なんか、恐ろしいことが書いてあるわよ!!!!」


 チェルシーが慌てた素振りで俺たちを呼んだ。


「恐ろしいこと? 何が書いてあるんだ?」


 チェルシーは羊皮紙を見ながら手を震わせている。


 ルルナも探索を中断し、近くに寄ってきた。


「この手記、ディアギレスに取りいていた魔王……そいつが書いたものみたいなんだけど…………この世界には、魔王以上に恐ろしい邪悪な神が存在しているらしいのよ!!!!」


 チェルシーが俺とルルナに向かって叫ぶ。


 ……なるほど。

 ここで、裏ボスである魔神ヴェリオーグの存在が明かされるのか。


「その邪悪な神について、何が書かれているんだ? 名前とか記されているのか?」


「ええ……名前も…………書いてあるわ……」


 そう呟いたチェルシーの表情には悲愴感が漂っていた。


 できれば、ルルナたちを裏ダンジョンの最奥部まで連れていくのに手荒な真似はしたくなかったんだが。


 仕方がない。

 最早、俺の正体は隠しきれないだろう。


 チェルシーに、を言ってもらって、決着をつけるしかない。


 チェルシー以上に悲しそうな表情をしているルルナ。


「…………チェ、チェルシー……その名前を言っては──」


 ルルナが叫ぼうとした時。




「その暗黒の邪神の名は……冥府神ザンガース!!!! 最凶の冥府の神と書いてあるわ!!!!」




 チェルシーの口から、全く予想だにしなかった名前が告げられた。



 ……冥府神ザンガース!!!!????


 ど、どこかで聞いたがあるような……ないような……あるような……。


 記憶の海を辿っていると、俺は『ある魔族』に行き当たった。


 ……あ。


 そいつは、俺が魔神ヴェリオーグとして覚醒した直後、裏ダンジョンで一撃で吹っ飛ばした奴の名前だった。







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