第54話 混沌の終劇
「貴様のチカラは、こんなものか?」
冷酷な口調で問う男の声。
俺の声だ。
まるでラスボスのようなセリフを吐いて、ラスボスを煽る俺。
「バカな!!? 私の闇のチカラが通じないだと!?」
今までの余裕が嘘のように、皇帝ディアギレスが
「悪逆皇帝などと恐れられているが、所詮はこの程度か」
俺は嘲るように言ってやった。
「ヴェリオさん……?」
イキり散らす俺を、不思議そうに見つめてくるルルナ。
「お前……この私を愚弄する気か? 遊び程度に放った攻撃を
皇帝は右手だけでなく左手も俺に翳す。
さきほどの攻撃よりも高い威力を誇る、皇帝ディアギレス最強の攻撃スキルだ。
皇帝は両手に魔法力を溜めた後、最大級の攻撃を俺に向けて放ってきた。
お得意の闇属性攻撃を。
しかし──
ラスボス最強の攻撃スキルは、俺の身体に触れた瞬間、消滅した。
消し炭のように。
「…………今のは風魔法か? それにしては微風だったな。そこのロウソクの火すら消せないぞ?」
「な、なぜだッッ!!! なぜ、『闇のリング』のチカラが効かないのだッッ!! このチカラは最強のはず!! お前ごとき、一瞬にして塵にできるはずだ!!! それなのに、なぜ!?」
声を荒らげるラスボス。
その顔には焦りのような感情が浮かんでいた。
「ヴェリオ様、皇帝の攻撃が効かないの!?」
チェルシーが驚愕した様子で訊ねてくる。
「ああ」
「…………」
ルルナは俺に何も訊かず、ただただ沈黙していた。
「こんなこと、あっていいはずがない!!!! 私は最強の存在!!! 私は最強の皇帝、ディアギレス様なんだぞ!!!」
ラスボスは怒り狂ったように、攻撃を連発してくる。
馬鹿の一つ覚えみたいな闇属性攻撃を。
俺は、その全ての攻撃を片手で払って消滅させた。
皇帝がルルナとチェルシーのスキルを打ち払ったように。
「……ハァ……ハァ……ハァ…………ば、化け物め……ッ!!!」
威厳も畏怖も感じられなくなったラスボス。
ゲーム上では、それなりに格好良さもあったのだが、今の皇帝ディアギレスは単なる小物のように見える。
……早い所、決着をつけるか。
ディアギレス戦など、俺たちにとっては『最後の戦い』の前の通過点……フラグ立てにしか過ぎない。
これ以上、ルルナとチェルシーに情が移らない内に……心の奥深くに眠らせた感情が表に出てこない内に……俺が
でないと──
俺は……俺たちは戦えない。
最早、この段階までくればルルナとチェルシーを育成する必要はない。
恐怖の魔神として、このラスボス戦をさっさと終了させるだけだ。
「化け物か……散々この世界の者たちを苦しめてきた悪逆皇帝に言われると、なんだか光栄に思えてくる。ありがとう、皇帝陛下。そして、さようなら」
俺は淡々と告げ、最強の無属性攻撃スキル《
真の悪である魔神ヴェリオーグ。
その魔神最強スキルが、皇帝ディアギレスの身体を貫く。
「ぐ、ぐ、ぐおぉおおおオオオオオオオ!!!!」
雄叫びを上げながら、その場に崩れ落ちる皇帝ディアギレス。
あまりにもあっけない幕切れ。
世界を支配しようと企んでいた皇帝ディアギレスは息絶えたのだ。
「……お、終わったの?」
拍子抜けした様子のチェルシー。
「いや、まだだ。と言っても、ほとんど終わりのようなものだが」
皇帝ディアギレスは死んだ。
しかし、ゲーム上ではこの後、もう一戦あった。
今では遠い過去のことのように思えてくるゲーム《フェイタル・リング》。
俺が、そのラスボス戦を懐かしく思い浮かべていると──
「ックックックックック」
仰向けになって倒れているディアギレスが、横向きになったまま口を開き、不敵な笑い声をあげた。
「キャアッ!? まだ生きてるわよ!?」
驚くチェルシーを制し、俺は大の字になって倒れている男の近くに立つ。
「……さっさと起きろ。魔王ディアギレス」
ディアギレスに声をかける。
「魔王!? ヴェリオ様、ど、どういうこと……!?」
「皇帝ディアギレスは元は人間だったんだ。だが、その底なしの欲深さを魔物に付け込まれ、身体と心を乗っ取られたんだ」
「それって……まさか、前にアタシたちが出会った《イーリスの町》の女性と同じ……?」
チェルシーが愛のチカラで倒した『名もなき女性』。
《イーリスの町》で発生したサブクエスト中に戦った敵だが、彼女も身体を乗っ取られていた。
彼女の場合は魔物ではなく悪霊だったが、理屈としては同じだ。
「そうだ。ただ、ディアギレスを乗っ取った魔物は、ただの魔物じゃない。魔物を統べる王……魔王だ」
「ほほ~う? なにやら、儂のことに詳しい奴がおるみたいじゃのう?」
地面に倒れ伏したまま言葉を発する魔王ディアギレス。
声も先程までとは違い、耳障りな濁声に変化している。
「…………」
ルルナは、そんなディアギレスの変化には興味を示さず、ずっと俺のほうを注意深く見つめている。
ルルナは天然で、天真爛漫なところがあって、意外と現実的な考えも持っていて……でも、その一方で、時折、鋭さも見せた。
そして、なによりも、誰よりも、正義感が強かった。
ルルナが思ってること、感じてることは痛いくらいに伝わってくる。
だから──
「早く終わらせよう。さっさと起きてくれ、魔王ディアギレスよ」
俺が催促すると、ディアギレスはゆっくりと身体を起こした。
「お主が、なぜ儂のことを知っておるのか興味は湧くが、そんなことどうでもよいな。どウセ、粉々にナッて朽チ果テルのダカラッッ!! ギュrrrrrrrr!!!!」
ディアギレスの身体を乗っ取った魔王は、声にならない声を漏らす。
すると、見る見るうちにディアギレスの身体が変化していく。
胴体はゴリラ、頭は羊、そして、背中に竜のような羽が生えてくる。
キメラのような混合体だが、全身が黒ずんでおり、よりグロさが増している。
こいつがゲーム《フェイタル・リング》のラスボス……第二形態のラスボスだ。
ゲーム上で何度も死んだ。
ゲーム上で何度も殺された。
でも、今はそんな感傷に浸っている状況ではない。
すぐに終わらせる。
一瞬で。
「《
今では慣れ親しんだ裏ボスのスキル名。
俺は、そっと呟くように言った。
俺がスキル名を呟いた直後。
最強最悪のラスボスは跡形もなく消滅していた。
達成感も幸福感もない。
開発スタッフさんへの感謝の情も湧かない。
ただただ無情な想いだけが心を駆け回っていた。
混沌の終劇だ。
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