第50話 闇堕ちした大剣豪

 漆黒の空に、淀んだ空気。


 ラストダンジョンである《ギレス城》は、そんな不穏な雰囲気が漂う街に屹立していた。

 一見すると、中世ヨーロッパの街並みの中に存在する古城のような趣である。


 しかし、《ギレス城》は街の中でも一際高い場所に建てられており、まるで人民を見下みくだすかのような威圧感を放っていた。


 街中に人間は一人も居ない。


 ここは悪逆皇帝ディアギレスの治める国のド真ん中。

 そこに住まう者たちも全員がモンスターなのである。


 本来のゲーム上では、街中でモンスターとバトルを繰り広げながら目的地の《ギレス城》を目指す。


 ……のだが、俺たちはお得意の空間転移テレポートで、あっさりと《ギレス城》前まで辿り着いていた。


「なんだか懐かしいわね、ここ……」


「ええ。今度は本当に皇帝ディアギレスを倒しに来たのです」


 チェルシーとルルナが《ギレス城》を見上げて言った。


 そう。

 俺たちは前に《ギレス城ここ》に来たことがある。


 あれはチェルシーを仲間に加えた直後……俺が半ば暴走気味に2人を連れてきたんだ。

 リング集めを省略してラスボスに挑もうとしたのだ。


 あの時は城に入ることができず、城の前でサンドウィッチを食べるだけで何もしないまま帰ってしまったが、今度は違う。


 ──正真正銘、ラスボスを倒しに来たんだ。


「覚悟はできてるな!? 2人とも!」


「はい! 必ず皇帝を倒しましょう!」

「ここまで来て逃げるなんてできないわ! みんなの想いをぶつけてやるんだから!」


 ルルナとチェルシーは力強く答えた。


 そして、ルルナの装備している『光のリング』が輝き始め──


 《ギレス城》を覆っていた例の結界を打ち払った。


 これでラスボス戦前の全てのイベントが終わった。

 

 あとはラスボスを倒すだけ。

 

 長い戦いが終わりを告げるのだ。


 俺たちは万感の想いを込めて、《ギレス城》に乗り込んだ。




 ◆




 城内の雑魚敵を蹴散らしながら、ラスボスが待つ『皇帝の間』へ一直線に進む俺たち。


 このラスダンのマップも当然頭の中に入っている。

 複雑な造りで、迷路のような箇所もあるのだが、一切迷うことなく突き進む。


 そして、俺たちは『皇帝の間』へと続く、長い階段の前に到着した。


 階段前の広い部屋。

 俺たちが、その部屋を通り抜けようとした時──


「おう! やっときたかぁ! 待ちくたびれたぜ!」


 野太い男性の声が俺の耳に飛び込んできた。


 直後、声の主である男性が暗闇の中から姿を現した。


 『皇帝の間』へと続く階段。

 その階段の前に立ちはだかる男。


 まるで皇帝のもとには行かせないとばかりに、仁王立ちで階段を塞いでいる。


 そんな野武士のような出で立ちの男だが……、




「ハワード!? な、なんでここに!!?」




 俺の良く知る人物だった。




 大剣豪ハワード──


 チェルシーの母国アルビオン皇国の軍人であり、かつて将軍位に就いていた人物だ。

 そして、俺がルルナの仲間になった後、真っ先にパーティーメンバーに加えようとした人物でもある。


 あってハワードは仲間にならず、代わりにチェルシーが仲間になったのだが……。


 たしか、俺たちが《アルビオン皇国》を旅立つ直前、ハワードも強さを求めて一人で旅立ったんだ。


 ゲーム上では無かったトンデモ展開だったから、よく覚えている。


 その大剣豪ハワードが、なぜかラスダンの《ギレス城》、それもラスボスがいる間へと続く場所に立っている。


 こんなシチュエーション、ゲーム上でも勿論なかった。


「ハワード様……!? でも、なんだか様子がおかしいような……アタシの知るハワード様とは雰囲気が違うような……」


 《アルビオン皇国》の皇女であるチェルシーはハワードのことを当然知っている。


 ゲーム上ではハワードに恋をしていたくらい、2人には深い繋がりがある。

 ……いや、この世界では皇女と将軍、それだけの関係だったか。


 いずれにしても。


 チェルシーの指摘どおり、目の前の男は以前のハワードとは違い、なにか闇のオーラのようなものが漏れ出ていた。


「たしかに、俺たちの知るハワードとは何かが違う。本当にハワードか?」


 俺は男に問いかける。


「ハッハッハッハッハ! オレがハワードじゃなかったら、いったい誰だっていうんだ! オレこそ、大剣豪と呼ばれた男、ハワードだ! 《アルビオン皇国》の…………いいや! 《神聖ギレス帝国》の闇将軍ハワードだ!」


 男は周囲に殺気を撒き散らせて言った。


「神聖ギレス帝国の……闇将軍!?」


 俺は思わずハワードの言葉を反芻してしまう。


「なにを仰っているのですか!? ハワードさんは、チェルシーの国を守る立派な将軍さんのはずです!」


「そんなのは昔の弱かった時のオレだ! 今は強くなったんだ! ヴェリオ……お前のようにな!」


 そう言うと、ハワードは両手に日本刀を持ち、闇のオーラを周囲に発散させた。


 俺のように……だって!?


「きゃっ!! これは……闇のチカラ!?  な、なにが、どうなって……」


 強烈なハワードの波動にチェルシーが顔を歪める。


「ハワードさんから闇のチカラを感じます! それも非常に強いチカラです!」


「ああ……どうやら、以前のハワードとは本当に変わっちまってるらしい」


「そういうことだ! オレは最強のチカラを手に入れたんだ! 誰にも負けねぇ最強のチカラをな!!!!」


「ハワード様は充分強かったじゃないのよ! アタシは知ってる……これまでずっと《アルビオン皇国》を守ってきてくれたこと……それがどうして……」


「慰めは要らねぇぜ。オレはお前らと別れて旅立った後、修行に明け暮れたんだ。でも、人間の限界に気づかされただけだった……オレがどんなに修行しても絶対に勝てねぇヤツがいる……ってな」


 ハワードは言いながら俺を見つめてくる。


「…………」


 俺はハワードの視線に無言の表情で返した。


「そして分かったんだ。人間に限界があるなら、人間以外の生物になればいいってな! そうすりゃ、ヴェリオ! お前と同じ土俵に立てる! 戦えるってな!」


「そんな無茶苦茶な……」


 ルルナが寂しそうな目をハワードに向けた。


「無茶でも何でもいい! オレは強くなるためだったら、悪魔にでも魂を売ってやる! たとえ、憎き皇帝……ディアギレスであってもなぁ!!!!」


「そうか……その闇のチカラはディアギレスの……」


 皇帝ディアギレスは『闇のリング』の力でハワードを強化させたんだ。


 ハワードを闇堕ちさせることによって。







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