第42話 荒くれたちのリーダー

「な、なんだぁ!? テメーら! なんで、いきなりオレ様の前に現れやがった!!!」


「それはアタシが訊きたいわよ!」


「なんでお前のほうがキレてんだよ!?」


 『ボス・オーガイン』に会うや否や、いきなり衝突するチェルシー。


「チェルシー、落ち着いてくれ。こいつには色々と訊きたいことがあるんだ」


「まぁ……ヴェリオ様がそう言うなら」


「おいおいおいおい!!! いきなり現れて勝手に話を進めんなよ!? オレ様の都合は無視かぁ!?」


「ふんっ。あんただって、自分の都合でヴェリオ様をさらったじゃないのよ」


「違ぇって! あれは……オレ様の意思じゃ……ねぇし」


 言い淀む『ボス・オーガイン』。


「そう、俺が訊きたいのは、まさにだ。お前の背後にいる人物と、その目的は全部わかってる。俺たちは、その人物に会いに行きたいんだ」


「なんだと……? あの御方に会って、なにをするつもりだ!?」


 『ボス・オーガイン』の目の色が変わる。



「倒す」



 俺は無感情で告げた。


「なッ!? なんてことを口にしやがるんだ!!! お前、それがどういうことか分かって言ってんのか!? あの御方を敵にするってことは、世界を敵にするってことだぞ!?」


「世界を敵に、か。それなら問題ない。こっちには世界に選ばれし者が付いているからな」


「…………運命の導き手……ッ!!」


 『ボス・オーガイン』が声を漏らし、ルルナを見やった。


 この場にいる全員の視線がルルナに集中する。


「……え? あ、私ですか?」


 ルルナは呆けたように答えた。


 決める時は決めてくれる主人公だが、平常時はどこか抜けた感じのするルルナである。


「あの時…………オレ様に向かってきた時に、聖王を倒す、とかホザいていた小娘だな……」


「ああ。俺たちの頼りになる救世主様だ」


 俺が言うと、ルルナは照れたように頬を赤らめた。


「聖王を倒す……か。ふんっ」


「なによ! バカにしてるの!? あんたみたいな聖エリオン教会の下っ端、聖王を倒しに行く前にサクッとやっつけてやるわよ!!」


「勘違いしてんじゃねぇぞ、金髪娘。オレ様は、この《荒くれの町ラガール》のリーダーであって、教会の下っ端じゃねぇ!」


「は? 聖王の命令に従って動いてるんでしょ? 聖王の部下じゃん」


「違ぇって言ってんだろ! オレ様は、あの御方の…………いや、アイツの部下なんかじゃねぇ!」


「ど、どういうことよ」


「ッチ、お前らなんかに話すことじゃねぇが…………ここ《荒くれの町ラガール》はな、元は廃村だったんだ。とても人間の住めるような土地じゃなかった」


「急に町の歴史!? それが何だっていうのよ?」


 声を荒らげるチェルシー。


 チェルシーは、俺のことをさらった『ボス・オーガイン』のことを完全に敵だと思っているのだ。


 当然、《荒くれの町ラガール》に住む人間たちのことも。


 無理もない。

 実際に襲われて、戦闘にまで至ったのだ。


「今この町に居るのは、皇帝ディアギレスによって親や兄弟を殺されたヤツや、貧困のせいで生まれた街を追い出されたヤツらなんだ」


「…………っ」


 チェルシーの顔が強張る。


「金髪娘、お前の服は大層豪華だよな? まるで、どこぞのお姫様のような格好だ。この町には、そんな服を着られるようなヤツは一人も居ねぇ! オレたちは生きていくのに必死だからな! 生きるためだったら、なんだってする! オレたちに選択肢はねぇんだ!」


「だから、聖王から下された命令にも従うのですか? それが悪の行いだったとしても?」


 ルルナが優しく語りかける。


 詰問ではない。

 まるで、聖女のような温みのある問いかけである。


「言っただろ! オレたちに選択権はねぇんだ! 聖王からの命令を断ったら、オレたちは皆殺しだ。さっき、金髪娘はオレのことを聖王の部下とか言ったよな? 違ぇんだよ、オレは……オレたちは、聖王の奴隷なんだよ」


 吐き捨てるように言う『ボス・オーガイン』。


「…………」


 そんな彼に無言の表情を向けるチェルシー。


 チェルシーには戸惑いの感情が湧いてきているようだった。


「あなたは先程、この町のリーダーだと仰いました。真のリーダーなら、皆を苦しめる元凶──巨悪に立ち向かうべきなのではないでしょうか?」


「そんな簡単に教会を攻められるわけねぇだろうが!! 相手は世界を牛耳ってる宗教のトップなんだぞ!! 武力だって持ってる! 聖王は『光のリング』を持ってるし、アイツには最強の隊長が付いてる! オレの個人的な感情だけで、町の皆を危険に晒すわけにはいかねぇんだ!」


 こいつなりに町の人間を守ろうとしていたのだ。


 教会から回ってきた裏仕事は、自分と周辺の人間たちだけで片付ける。

 そうして、陰ながら町の平和を守ってきたのだ。


 だが──




「それでも俺たちは聖王を倒す。俺たちは町を守るためじゃない。世界を守るためにな」




「…………っく」


 歯を軋ませる『ボス・オーガイン』。


「ヴェリオさんの仰る通りです。私たちは相手が誰であれ、世界の平和を乱す者と戦います。それが、どんな強敵であっても、です」



 相手が誰であれ、どんな強敵であっても。



 ルルナの力強い言葉──


 俺は心に焼き付けた。


「あんた、ボスとか名乗ってる割にはビビリなのね? どこぞのお姫様でも、悪の強敵に立ち向かう気持ちは持ってるっていうのに」


 チェルシーが肩を竦めて言う。


 ゲーム上では、主人公ルークたちに感情を駆り立てられた『ボス・オーガイン』が、ここで主人公の実力を確認するために、1体1の戦闘を仕掛けてくる。


 聖王と教会に反抗できる人物かどうかを確かめるために。


 その戦闘に勝利した後、大聖堂へ続くを教えてくれるのだ。


「金髪娘はともかく……運命の導き手……その服装、お前は教会の人間なんじゃないのか? それなのに、聖王を倒すつもりなのか?」


「はい。世界の皆さんを苦しめようとする者は、たとえ聖王が相手でも私は立ち向かいます」


 瞳に光を宿し、力強く答えるルルナ。


 ルルナの言葉を受け取った『ボス・オーガイン』は瞳を閉じた後、一拍置いて、ゆっくりとまぶたを開けた。


 そして──


「…………わかった。お前たちを聖王のもとまで送り届ける。ついてこい」


 そっと告げ、歩き出した。



 ──ゲームとは違う流れ。



 彼は実力を確かめることなく、ルルナを認めたのだ。


 主人公の戦闘面での強さを認めたゲーム上の『ボス・オーガイン』。


 一方、今の彼はルルナのでの覚悟を認めたのだ。






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