第43話 神の騎士
俺たちは《聖都ロア》の大聖堂裏手に到着していた。
街の大通りを通ることなく、一度の戦闘もすることなく、安全に目的地に達することができた。
聖王のいる大聖堂に。
「オレ様が案内できるのはココまでだ。あとは、お前らの好きにしろ」
『ボス・オーガイン』が言う。
彼は《荒くれの町ラガール》から《聖都ロア》へ繋がる隠し通路を利用し、俺たちを大聖堂まで連れて来てくれたのだ。
雇い主である聖王への反逆とも取られかねない危険行為。
「ボスさん……ありがとうございますっ」
ルルナは丁寧にお辞儀して謝意を述べる。
「あんた、なかなか漢気あるじゃないのよ。でも、なんで急にアタシたちに手を貸してくれたのよ?」
「ふんっ。手を貸したわけじゃねぇ。もともと、オレ様はアイツ……聖王のことが気に食わなかったんだ。いつか力をつけて、反抗しようと思っていたのさ。オレ様よりも先に聖王と戦うヤツがいても、それを止めるつもりはねぇってだけだ。手も貸さねぇけどな」
口調は荒く、吐き捨てるように言った『ボス・オーガイン』だったが、今の彼の行動は手助け以外の何物でもない。
そのことを俺たちは分かっていた。
彼の心意気も。
「お喋りはここまでだ。俺たちが聖王と戦闘になったら、大聖堂は敵の軍勢で溢れ返るはずだ。巻き込まれないように、オーガインは大聖堂から離れていろ」
「おう。オレ様はお前らの生死には興味ねぇからな。好きに逃げさせてもらうぜ」
そして、俺たちは『ボス・オーガイン』と別れ、大聖堂内部へ侵入した。
◆
大聖堂内部には静寂が広がっていた。
これから発生する戦闘の──嵐の前の静けさ、といった感じである。
目の前には豪奢な扉。
この扉の向こうに聖王エリオン17世がいる。
「ルルナ、チェルシー、準備はいいか?」
俺は扉の前に立ち、2人に声をかけた。
「はい! 覚悟はできています!」
「アタシも大丈夫よ! ヴェリオ様を誘拐した罪、ここで償ってもらうんだから!」
なんとも頼もしい仲間たちである。
俺は2人に頷き返し、ゆっくりと大扉を開けた。
ギギギィという重厚な音とともに開かれる扉。
絢爛豪華な部屋は、以前来た時と全く同じ。
違うのは──
「おやおや、これは。聖王様への祈りを捧げに来た者かと思いましたが、よく見るとネズミのようですね、クフフ」
聖堂前の大きな椅子に鎮座する聖王エリオン17世。
その聖王の前に、若い男性騎士が立っていた。
男性騎士は俺たちを見て、不敵に笑っている。
「ヴェリオさん、あの方は?」
銀色の甲冑に身を包んだ男性騎士の姿は、皇帝軍幹部『ルキファス』を彷彿とさせる。
『ルキファス』の鎧は、聖王庁に潜入するための偽装……神衛隊の正装だ。
そして、この男性騎士こそ、本物の神衛隊。
「聖王直属の神衛隊……その隊長の『タナトス』だ」
「あの方が、タナトス様……ごくり」
聖エリオン教会の聖女であったルルナは、名前を聞いたことがあるのだろう。
親衛隊ではなく神衛隊。
自らを、神に仕える近衛兵であると称する傲慢な輩である。
神を自認する聖王こそ、真に傲慢な存在なのだが。
「なんか感じの悪い男ね。アレ系の男はハズレばっかりじゃないのよっ」
チェルシーの言うアレ系。
きっと、キザな男性騎士のことを差しているのだろう。
「おや? ネズミの他に黒い服を着たのが2人……これは失敬、ネズミではなくゴキブリだったのですね。クフフフフフッ」
黒い服──おそらく俺とチェルシーのことだろう。
このように初手で挑発してくる敵は、往々にして三下であることが多い。
しかし、この神衛隊長タナトスは違う。
素早い動きと見事な剣捌きでプレイヤーを翻弄してくる、まさに強敵である。
そして、後に控える聖王エリオン17世とのバトル以上に、このタナトス戦のほうが苦戦を強いられる。
タナトス戦は主人公の一騎打ちバトル。
ルルナしかバトルに参加できないのだ。
……絶対にルルナを殺させない。
俺は心の中で誓う。
そして、場に一瞬の緊張が走る。
「…………」
タナトスの後方で、置物のように椅子に座る聖王エリオン17世。
聖王の謎の威圧感が場にピリッとした空気を発生させたのだ。
「聖王……様」
ルルナが聖王を見つめる。
ルルナの表情は、これまでの戦闘よりも険しくなっていた。
そんなルルナの感情など露知らずといった様子で、タナトスがゆっくりと俺たちのほうへ歩いてくる。
「どこから紛れ込んだのかは存じ上げませんが、ゴキブリは駆除しなければなりません。聖王様の御前を害虫に汚されるのは我慢なりませんからね」
そう言って、タナトスが金色の剣を鞘から抜く。
タナトスの表情や言動から、俺たちのことを完全に格下だと侮っているのが分かる。
「あのキザ男ッ! さっきから好き勝手言ってくれちゃって! アタシのことは好きに侮辱してもらって構わないけど、ヴェリオ様のことを悪く言うのは許さない! ここはアタシが戦うわ!」
チェルシーもタナトスと同じように剣を抜いた。
漆黒の魔剣を。
……え!?
えええぇぇぇ!?
またゲームの流れを無視してチェルシーが戦うの!?
あの超高難易度サブクエスト《真心弁当》の時と同じように!?
俺は、脳裏に描いた攻略チャートが音を立てて崩れていくのを感じる。
しかし──
「あの方とは私が戦います。私一人で戦います」
主人公ルルナが意を決したように告げた。
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