第38話 最高の生活空間

 頭上からヘドロのような液体が流れ落ちてくる空間──


「よし。無事、巨大ワームに食われることに成功したな」


 俺たちは巨大ワームの体内に入り込んでいた。


「だからぁ! よし、じゃないんだってばぁ! なによ、ここぉ!」


「ワームの身体の中だが?」


「そぉ~じゃなくてぇ! なんで、アタシたちがワームの中に入らなきゃならないのよぉおお!」


 チェルシーの泣き叫ぶ声がワームの体内に響く。


「もちろん『土のリング』を入手するためだ」


「……ヴェリオ様って、なんか反応が冷たくなる時があるわよね……たまーに」


 ルルナの耳元で、そっと囁くチェルシー。


 俺にも聴こえてるわけだが。


「そうでしょうか?」


 対するルルナは「はて?」といったような様子で目をパチクリさせている。


「聴こえてるからな、チェルシー」


「ええぇっ!!!? ち、違うのよ、ヴェリオ様!!!! アタシのヴェリオ様に対する愛は本物で──」


 チェルシーが慌てて俺に謎の弁解をしようとした時。



「うるせぇなぁ!!!! ここをどこだと思ってんだ!!!! 痴話喧嘩なら外でやれ!!!!」



 ワーム体内の奥のほうから、男の野太い声が飛んできた。


「え!? 今、男の人の声が聴こえなかった!?」


「そんなはずは…………だって、ここですよ?」


 戸惑うルルナとチェルシー。


 そこへ、野暮ったい見た目の男性が面倒くさそうに歩いてきた。


「ったく、うるせぇって言ってんだろうが!」


 男は俺たちに向かって怒声をあげる。


 だらしなく伸びた髭、ベトベトの髪、ボロボロの服……男の外見は、とても人間社会で暮らしているようには見えない。


「うわっ! なにこの臭い! くさっ!」


 男の発する強烈な臭いに、チェルシーは思わず鼻を詰まんでしまう。


「誰ですか、貴方は!? なぜ、このような場所に!?」


「あぁん? 俺が、誰で、どこで暮らしてようが俺の自由だろ!!!!」


「暮らす……?」


 ルルナが怪訝な表情を浮かべる。


「ああ、そうだ! 俺はここで暮らしてんだよ! 悪ぃかよ!!!!」


「うっそおおおおおおおお!!?」


 驚愕するチェルシー。


 俺にはチェルシーの気持ちがよく分かる。


 俺もゲーム初見時、この男の存在を画面越しで呆れながら眺めていたから。


「ちょっと待ってください!? 貴方の服……汚れていて確認しづらいですが……もしかして聖エリオン教会の修道服では!?」


「へんっ! それがなんだってんだ! ってか、お前のその格好……まさか聖女!? ってことは…………俺を連れ戻しに来たってことか!?」


「え……?」


 ルルナは首を傾げる。


「クッソ! まさか、追手が来やがるとは! いいか!? 俺は絶対に教会には戻らねぇからな!!!! 俺はここで一生暮らしていくんだ! 誰の指図も受けねぇ!」


「私は教会の人間ではありませんよ? もう聖女でもありませんし」


「……な、なんだ……そうだったのかよ…………驚かせやがって!」


「いやいや、驚いてるのはアタシたちのほうだからね!? なんで、こんな場所……ワームの体内で暮らしてるのよ……謎すぎるわよ!?」


 会話している最中も揺れ続ける体内。


 巨大ワームは動く生物なのだから、当然その身体の中も揺れ動く。


 とても人間が生活できる場所には思えない。


「お前らみたいに、外の腐った空気に慣れたヤツらには分からんだろう! ここの居心地の良さをよぉ!!!! まるで天国のような場所だぜ、ここはよぉ!!!!」


 そう言って、両手を広げる男。


 男の両手にヘドロのような黒い液体が降り注ぐ。


「どこが天国よ!? ベトベトしてるし、くっさいし! 最悪の場所よ!」


「多少の臭いなんざ、すぐに気にならねぇようになるさ。教会にコキ使われていた地獄のような日々に比べれば、ここの環境は最高だ! ここに居れば、何もしなくても食いモンが空から降ってくるからな!」


「え……あんた、まさか……」


「ワームが呑み込んだもんを食わせてもらってんだ! 人間の俺には充分な量の食いモンをな!」


「…………」


 さすがのルルナもドン引きしていた。


「ふいぃ……っと、久しぶりに喋ったら喉が疲れちまったぜぇー」


「久しぶりって……あんた、何日前からワームの中に居るのよ……」




「あぁ? たしか、5年くらい前だったか? ここには記録するもんがねぇから、俺も詳しく覚えてねぇわ!」




「5年!? あんた、アホでしょ!? 間違いなくアホでしょ!?」


 この男は正真正銘のアホである。


 聖王に近しい教会の人間は、5年前から『フェイタル・リング』の探索任務をおこなっていた。


 この男は、教会の厳しい戒律やリング探索に疲れ果てていたところ、偶然、この巨大ワームに呑み込まれ、それ以来ずっとここで暮らしているのだ。


 厳しい世俗から逃避し、行き着いた先の場所が──


 ここ巨大ワームの中だった、というわけである。


「ヴェリオさん。この方、どうしましょう?」


「倒す」


「……え?」


 ルルナが俺の返答を解する前に──



「《混沌のカオティック・終劇フィナーレ》」



 俺は淡々と男に向けて言い放った。


 最強スキルの放出とともに。


「う、うぎゃああああああああああああああ!!!!!」


 大声をあげて吹き飛んでいく男。


 その反動で、男が持っていたアイテムが地面──ワームの体内に転がった。


「これは?」


 ルルナが男の身体から落ちたアイテムを拾い、不思議そうに呟く。


「『土のリング』だ。ヘドロのせいで錆びついてるけどな」


「ええええええ!?」


 あの男は5年前からワームの体内で生活していたのだ。

 その間に、この『土のリング』を発見していたのである。


 男は教会の任務を果たしていたのだが、この場所を気に入ってしまい、外に出ずに引きこもっていたというわけなのだ。




「ウッヒョオオオ!! やーーーっと助けが来たわいっ!!」


 ルルナが手にした『土のリング』から、白い髭をたくわえた小人のような生物が飛び出してきた。


「今度はお爺ちゃんが出てきたけど!? ヴェリオ様、これも倒しちゃっていいの!?」


「ちょちょちょ、ダメだぞ!? その爺さんは──」


「ワシを攻撃しようなどと、この金髪小娘めぇ! ワシを何だと思っとるのじゃ!」


「へ? 小汚いリングに棲みついた小汚い爺さん、かな?」


「小汚いとは失礼な娘じゃのぉ! 汚くなったのは、あやつのせいじゃ! まったく!」


 リングから出てきた爺さんは、さっき俺が吹き飛ばした男を指差した。


「ふーん? で? お爺さん、いったい誰なのよ?」




「聞いて驚くが良いぞ! このワシこそ、土の精霊ノームじゃ!」




「ふーん」


 興味なさげに精霊ノームを見やるチェルシー。



──ルルナは『土のフェイタル・リング』を手に入れた──



 そして俺の視界に表示されるシステムメッセージ。


「よし。それじゃあ目的は達したから、ここから脱出するぞ」


「はいっ!」


 元気よく頷くルルナに対して、


「待てぇ!! なんかワシへの反応、冷たくない!?」


 精霊ノームは不満げにボヤいていた。


 くっさい臭いを漂わせて。






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