第23話 洗礼の儀
「それでは準備が整いましたので、これから《洗礼の儀》を行う《霊峰ラグナレス》へ向かいます。運命の導き手様、ヴェリオ様、よろしくお願いいたします」
《エルフの里》の次期族長ユーノが言う。
「どういうことだ? お前の護衛役を務めるのはオレだけじゃないのか? ヴェリオさ……ヴェリ、オも付いて行っていいのか?」
器用に声色を使って話す少年ルルナ。
「ええ、構いませんよ。護衛は多いに越したことはありませんから。ただ……チェルシー様は里で待機していてください。ご不便をお掛けしますが、これも里の掟ですので……どうかご理解くださいませ」
「まっ、仕方ないわね。アタシは里で宴会を楽しんでるわ♪」
そうして、ユーノ先導のもと、俺とルルナは里から少し離れた場所にある《霊峰ラグナレス》へと向かった。
道中──
「……あの、ヴェリオさん? これ、もしかして私が男性に扮しなくても、ヴェリオさんだけで《洗礼の儀》を進められたのではないでしょうか?」
ルルナが小さな声で訊ねてきた。
「俺が同行を許可されたのは、あくまでも
「……おう! わかった!」
ルルナは元気よく答えた。
その後、《霊峰ラグナレス》までの移動中の時間を利用して、俺はルルナにクエストの流れを説明した。
エルフ族の信仰の対象になっている《霊峰ラグナレス》。
天空まで貫くような高い山々が
里の族長を受け継ぐ者は、代々、この霊峰で《洗礼の儀》と呼ばれる儀式を受けてきた。
《洗礼の儀》は儀礼的な催しで、何かの課題をクリアするとか、自分の実力を示す、といったものではない。
いわば、形式的な儀式である。
しかし、次期族長ユーノは、この《洗礼の儀》を受けることを
その理由は──
儀式と同時に、自らの暗殺計画が実行されるという情報を掴んでいたからである。
次期族長であるユーノを亡き者にし、別の者を新たな族長に推挙しようとする一派が存在していたのだ。
この『メインクエスト』は、エルフ族の後継者争い……派閥争いに主人公が巻き込まれる、という話の流れである。
ユーノは『洗礼の儀』を受けるまでの間、自身の戦闘能力を鍛え、また、暗殺計画に関わっているエルフの調査を秘密裏に行っていた。
彼は、裏で戦闘能力と政治力の強化に励んでいたのである。
クエストを進めることで、徐々に有能さが明らかになっていくユーノ。
最初の弱腰な印象とのギャップも相まって、彼はプレイヤーに人気のキャラクターだった。
「──それで、ユーノさんは《洗礼の儀》の最中に襲われてしまうのですか?」
「ああ。儀式の終了間際に奇襲攻撃を受ける。……という情報を俺は得ている」
まさかゲームで知ったなんてことは言えない。
「私たちはユーノさんを奇襲から守ればよいのですね。事前に情報を得ているのであれば、護衛任務は問題なさそうです」
「戦闘は俺に任せて、ルルナは自分が女だとバレないよう行動してくれ」
ルルナが主人公になった時点で、俺の知る攻略ルートとは乖離してしまっている。
このクエストも、フラグ立てからクリア条件まで変化してしまっていると考えた方が良い。
ルルナの性別を隠し通せるかが、このクエストの重要なポイントなんだ。
「おう! 任せろ!」
ルルナは頼もしく応えてくれた。
◆
《霊峰ラグナレス》に到着し、ユーノは真剣な
ユーノ派のエルフたち数名が儀式の場に立ち合い、代々受け継がれてきた《洗礼の儀》を執り行う。
儀式は何事もなく進んでいき──
とうとう、最後の局面を迎える。
……そろそろ、だな。
俺は、ユーノと敵対するエルフ一派の襲撃に備える。
ここのバトルの難易度は低い。
もちろん、この世界では油断禁物だが。
油断と慢心によって、これまで色々と苦労してしまったからな。
……戦闘を長引かせるのは危険だ。
ここは、あのスキルで一気に決着をつけるべきだろう。
まだ一度も使用したことがない、裏ボスの最強スキルの1つ。
【スキル】
・《
指定範囲上に、触れた者を無に帰す『闇』を発生させる。
主人公が『闇』に飲まれた場合、即ゲームオーバーとなる。
これから先、使用する場面が訪れるかもしれない。
その前に使用感を知っておいたほうが良いだろう。
事前に分かる、このスキルの注意点は1つだけ。
それは──
絶対に
「──ルルナ。この後の戦闘で、俺は闇を発生させる。だからルルナは遠くに離れていてくれ。闇に近寄っちゃダメだからな? 絶対だぞ? いいな?」
「闇、ですか? ……ふむぅ? わかりました、ヴェリオさんが言うなら……」
よし、これで準備は整った。
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