第24話 悲劇的な終幕

「──これにて、ユーノの《洗礼の儀》は終了である。新たなエルフの長の誕生に崇敬の念と拍手を」


 儀式をり仕切る老エルフから声が掛けられると、その場に居たエルフたちから盛大に拍手が湧き上がる。


 その直後──


 音もなく、ユーノに向かって大量の弓矢が放たれてきた。


 ……5,6、7…………全部で11本。


「ハアアァァァァッ!!」


 俺は高速で飛んでくる弓矢の軌道を瞬時で捉え、ユーノに直撃する寸前で全ての矢を叩き落とした。


 素手で。


 俺の手刀攻撃で発生した風圧により全ての矢が粉砕され、残骸が地面に転がる。


「な、なんだ!? なにが起きた!?」


「ユーノ様に向かって矢が飛んできました!」


「まさか……皇帝ディアギレスの軍勢か!?」


「いえ、違います! これは……我がエルフ族の矢です!」


「なんだと!?」

「どういうことだ!?」

「ユーノ様はご無事か!?」


 《洗礼の儀》に参加していたエルフたちから一斉に声があがる。


「た、助かりました、ヴェリオ様! 矢の攻撃からボクを守って頂き、ありがとうございます!」


「それよりも……お相手さん、次は接近戦で来ますよ」


 俺は敵の行動を把握している。


 奇襲の遠距離攻撃が防がれたら、次は物量作戦で短期決戦を狙ってくる。


 ここからが、このイベントのパーティーバトルの開始だ。


「ヴェリオさんっ! あちらから敵のエルフ族が向かって来ます! 私は本当に見ているだけでよいのでしょうか!?」


「ああ。ルルナは、この場に居るエルフたちと安全なところに避難していてくれ。絶対に俺の攻撃に近づくなよ!!」


「……は、はいっ」


 ここは《霊峰ラグナレス》中腹のひらけた場所に設けられた儀式会場である。


 接近戦で多人数を相手にするのに丁度良い広さだ。


 まるで、そういう風に作られたスペースのようである。


 ……たぶん、意図で作られたんだろうけど。


 俺がメタっぽいことを考えていると、敵エルフの集団が颯爽とユーノの前に登場した。


 そして、言葉を交わす間もなく、敵エルフたちは手にしたナイフでユーノに切りかかってくる。


 全部で11体。


 この後、敵エルフは俺の発生させたに1体残らず飲み込まれてしまうだろう。

 しかし、敵のことは気にしてはいない。


 なぜなら──



 敵エルフの集団は、表ボスである皇帝ディアギレスの配下であり、その正体は全員がモンスターなのだから。



 この《エルフの里》におけるエルフ族の内乱。

 その原因は、皇帝ディアギレスがモンスターを紛れ込ませて扇動した外的要因によるものなのだ。


 ということで、俺は計画どおり、速やかにスキルを発動させる。


「《悲劇的なカタストロフィ・終幕ジ・エンド》ッ!!!!」


 俺がスキルを使用すると、敵エルフたちの足元に漆黒の深淵が発生。


 真っ黒い渦のような深淵──は、瞬く間に敵エルフたちを飲み込んでいく。


「な、なんだ、これは!? ウ、ウググッ」


「ノ、飲ミ込コマレル……アァ、ディアギレス様……バンザイ……」


「縺ゅ>縺?∴縺? ?撰シ托シ抵シ?」


 敵エルフの集団は、エルフの姿から本来のモンスターの状態へと戻り、地面に出現した闇に為す術なく消えていく。


 予期しないプログラミングにより、コードバグを起こしているのだろうか。

 意味不明な言葉を発しているモンスターもいた。


「す、すごい……!! なんですか……この攻撃魔法は……っ!? それに……なんということでしょう……まさか、彼らがモンスターだったなんて!!」」


 この場に残った俺以外のキャラクター、ユーノ。

 彼は眼前の光景を、信じられないといった表情で呆然と見つめていた。


 驚愕しているのは俺も同じだった。


 今の状況。

 俺は攻撃を受けることなく、安全な場所から敵を一方的に攻撃できる。

 しかも、スキル発動と同時に、敵が無に帰ることが確定してしまう。


 これはスキルじゃなくて、単なるチートだな……。


 俺が呆れていると、



「あのエルフさんたち……モンスターだったのですか……!?」



 驚いた表情を浮かべて、ルルナが飛び出してきた。


「ダメだ! まだ攻撃は終わっていない! ルルナは出てきちゃダメだ!」


 裏ボスのスキル能力は未知数なんだ!


 自分でも予想の付かない効果が発揮してしまうかもしれない。

 バトルが終了し、クエストクリアのメッセージが表示されるまでは、ルルナを安全な場所に避難させておかなければならない!


「……は、はい……えっ?」


 ルルナが俺の言葉に頷いた時だった──


 ルルナが立っていた地面に、突如、深淵の闇が発生し、を飲み込み始めた。


「なッ!? ど、どういうことだ!? ルルナアアアアアァァァ!!」


 俺の絶叫が霊峰に木霊こだました時には、ルルナの姿は完全に消失してしまっていた。



 ◆



「ヴェリオさん、さすがです! 一瞬でエルフさんたちを倒してしまうんですから。強すぎですよっ」


《霊峰ラグナレス》からの帰り道。


 ルルナが興奮気味に話しかけてきた。


「…………」


 俺は言葉を返せず、無言のまま歩く。


「そういえば……相手の正体、エルフじゃなくてモンスターだったんですね?」


 場の重苦しい空気を変えるためだろうか、ルルナは話題を変えてきた。


「…………そう、だな」


 ルルナの配慮に応えようと、俺は何とか言葉を絞り出す。


「……さすがのヴェリオさんも戦闘で疲れてしまいましたか? 《エルフの里》に戻ったら、私が癒してさしあげますね♪」


 これでも聖女ですから、と言って、ルルナは優しく微笑んだ。




 ──俺は、今回のクエストもゲームオーバーしてしまった。




 すぐにオートセーブ地点からやり直し、クエストをクリアすることはできたのだが、心の中ではモヤモヤとした感情が渦巻いていた。


 達成感はない。


 ……ゲームオーバーになると、直前まで進めていたものがされてしまうのだ。

 そして、リセット後には果てしない無力感が襲ってくる。


 無念さも──


 自分の意志で発生させたわけじゃない闇。

 その闇に、呆然としながら沈んでいくルルナの表情。

 脳裏に焼き付いて離れない。


 あの時のルルナは何を思っていたのだろう。


 今のルルナに訊いても答えは出ない。


 ゲーム《フェイタル・リング》ではゲームオーバーから復帰しても、物語の継続性を感じることができたが、この世界では違う。


 ミスったらオートセーブから再起すればいい──そんな軽はずみなこと、この世界では絶対に思えない。


 今回の件での学び、それは「《悲劇的なカタストロフィ・終幕ジ・エンド》は今後絶対に使用しない」ということだ。


 その名のとおり、悲劇的な終幕を迎えてしまう。俺が。




「それにしても、やはり運命の導き手様は女性の方だったんですね」


 帰りの道中、何気なくユーノが呟いてきた。


「えっ? そ、そんなことないぜ!? オ、オレは男だ!」


 ユーノの咄嗟の投げ掛けに対し、狼狽するルルナ。


 声質が、元の女の子の状態に戻ってしまっている。


「ルルナ……もう演技しなくていい」


「え、でも……」


 バレてしまった以上、次に俺たちがすべきことは、誠心誠意、謝罪することだろう。俺たちの意図と気持ちをユーノに伝えるのだ。


「申し訳ございません。どうしても《洗礼の儀》のお手伝い……いえ、ユーノさんの力になりたくて嘘を吐いてしまいました。この計画は全て俺が考えたので、ルルナに責任はありません。エルフ族のしきたりを破った罰なら、甘んじて俺が受けますので、何卒──」


「あっ、いえ、ボクは責めているわけではありませんので、お気になさらないでください。むしろ、そこまでしてボクのことを助けて頂いたことに、感謝を申し上げようと思っていました。この度のこと、本当にありがとうございました!」


 俺が謝罪しようとしたら、逆にユーノに感謝の言葉を言われてしまった。


「……すみません、本当に。私もユーノさんを騙すようなことをしてしまって」


 ユーノの言葉を聞き、ルルナは頭を下げた。


「ふふっ。運命の導き手様に《洗礼の儀》を見届けて頂けたことは、我々エルフ族にとって光栄なことなのですよ。次期族長であるボクから、感謝の印として里の宝玉である『勾玉まがたま』を献上させて頂きます」


 そう言って、ユーノはルルナに掌サイズのアイテムを手渡した。



 ──ルルナは『緑の勾玉まがたま』を手に入れた──



 そして、俺の視界にシステムメッセージが表示された。


 物語上でキーとなるアイテムを入手した際に表示されるメッセージ。


 表示されたアイテム名は──


 俺が知らないモノであった。






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