第13話 成功率0%

 《イーリス鉱山》内部。


「……あ、暑い……いえ、熱いわね……町中が涼しく思えるくらい熱いわ……」


 皇女であるチェルシーが、ぐったりと呟く。


 黒のゴシックドレスは、鉱山の中では一層暑苦しい印象を受ける。


「頑張りましょう、チェルシー。ほらっ、ヴェリオさんを見てください。この熱さ、全然気にしてませんよ?」


 どうやら俺の身体には、『火』、『水』、『風』、『土』の4属性完全耐性が付与されているらしい。

 熱気や冷気といったものは一切感じない。


「ほんとだ……さすがねっ、ヴェリオ様! アタシもヴェリオ様を見習って、この程度の熱さ、しのぎ切ってみせるわ!」


 ドレスを腕まくりして、鉱山の中を威勢よく歩き進むチェルシー。

 その大胆な姿は、とても皇女様とは思えない。


「ふふっ。それでは、私もチェルシーを見習って前に進むとします」


 ヒラヒラした聖女の服をまくし上げるルルナ。

 

 腕や脚が露出し、聖女様らしからぬ格好となった。


 しかし、俺はそんなルルナのサービスシーンよりも、彼女ルルナが手に持った『四角い箱』のほうが気になって仕方なかった。


「もうっ、ヴェリオ様ったら! そんなにルルナの肌をジロジロ見てっ。ヴェリオ様も男性なので仕方ないとは言え、ここでは衝動を抑えてよね?」


「違う違う! 俺は見てないって! そもそも、こんな暗いところじゃ細かい部分は何も見えないだろ!?」


 鉱山内部は小さな照明が灯っているが、外に比べれば薄暗い場所だ。


「細かい部分って……まぁ、たしかにヴェリオ様の言う通りだけど……」


「な? わかったら、先に進もうぜ!」


「…………ええ、そうね! 今はオンナのプライドよりも、世界平和のために『火のリング』を入手することが先決だわ!」


 チェルシーは逡巡しゅんじゅんした後、元気よく応えた。

 俺が、自分チェルシーじゃなくてルルナの肌を見ていたのを気にしていたようである。


 ……まぁ、実は俺、暗視能力もあるようで……眼に力を集中させると外と同じような光量でモノを視ることができるのだが……。


 このことは黙っておこう。うん。

 メンバー間で変な誤解が生まれるのは良くないからな。


 俺がチェルシーに続き、鉱山の奥へ歩きはじめると──



「ジロジロ見られても平気ですからね、私。ヴェリオさんなら……」



 ルルナが俺の耳元でポツリと囁いてきた。


「へ!?」


 今の俺は主人公ではないので、主人公ルルナの言葉の意味が全然わからなかった。



 ◆



 モンスターの出る《イーリス鉱山》内部を、下層に向かって順調に踏破していく俺たちパーティー…………いや、ルルナパーティー。


 『デーモンサイズ』を装備したルルナが雑魚モンスターを蹴散らす。

 俺とチェルシーは、そのルルナの後ろを付いていくだけ。


 主人公ルルナのレベル上げを兼ねてメインクエストを進められるので、非常に効率的だ。


 最強武器『デーモンサイズ』のおかげで、序盤のダンジョンである《イーリス鉱山》攻略には何ら問題はない。


 問題なのは──


「あの女性の旦那さん、いったいどこに居るのかなぁ?」


 戦闘担当のルルナから渡された『四角い箱』──お弁当──を持って、チェルシーが呟いた。


 問題なのは、この弁当だ。


 俺がクエスト受注しないようルルナたちを説得し、ルルナも俺の意見に同調してくれたのだが……。


 女性から弁当を受け取った時点で、サブクエスト《真心弁当》開始のフラグが立ってしまったようなのだ。


 主人公ルルナが「いいですよ!」と了承してしまったこともクエスト受注の理由だろう。


「その弁当のことは、『火のリング』入手後に考えよう」


「わかったわ………でも、これ本当は引き受けてはいけない依頼だったのよね?」


「そうなんだけど……引き受けた以上は、なんとしてでもクリアしなきゃならない。対策は俺が考えておくから、チェルシーは弁当を大事に持っていてくれ」


「ええ、りょうかいっ。それにしても、この『お弁当』を男性に届けるだけで大変なことになるなんて…………ヴェリオ様が言うから、本当なんだろうけど……」


 チェルシーは弁当を見て、怪訝な表情を浮かべる。


 《フェイタル・リング》の初見プレイヤーは誰しもが、そう思う。

 

 なんてことない序盤の『サブクエスト』だと。


 まさか、初見での成功率0%の鬼畜クエストだとは思うまい。


 俺たちは──ルルナは、果たしてクリアできるだろうか。


 俺が今後の展開について思案していると、


「ヴェリオさん! これ以上、下の層には行けないみたいですが、目的地はこのフロアで良いのでしょうか?」


 先導していたルルナが声を投げ掛けてきた。


「ああ、ここで問題ない。ありがとう、ルルナ。よくモンスターを討伐してくれた」


「いえいえ! この大鎌のおかげで簡単に倒すことができましたっ」


 ステータスを確認すると、ルルナのLvは5→8へと上がっていた。


「……凄いな。この段階で、ここまで強くなる人間……聞いたことがない」


「ルルナ、良いなぁ。アタシも、いずれヴェリオ様の役に立ってみせるわっ」


 俺がルルナを褒めると、チェルシーが謎の対抗心を燃やし始めた。


 どうやら、ルルナを応援しながら付いていくだけだったことに、無力感を抱いているらしいチェルシー。


「そんなに慌てて成長しようとしなくていいぞ。それぞれにペースがあるんだから。チェルシーはチェルシーのペースで成長していけばいいさ」


 ゲームの《フェイタル・リング》にも、キャラクターごとに個別に成長曲線が設定されていた。低レベル帯で活躍するキャラ、高レベル帯の終盤で活躍するキャラ。


 キャラクターごとに個性があったのだ。


 チェルシーが、どういう成長をみせるのか、どういう能力を持っているのかは、全然わからないけど……。


「…………うん」


 チェルシーが短く答えると、


「奥のほうに小部屋がありますよ!? もしかして、あそこに『火のリング』があるのでしょうか?」


 ルルナが、奥まった場所にある小部屋を指差して言ってきた。


「ああ。あそこの部屋が目的地の場所だ。サクッと『火のリング』を回収して、外へ戻るぞ」


「はい!」



 ──その後、俺の指示のもと、ルルナが小部屋の中央に立つ。


 何の変哲もない、洞窟のような薄暗い部屋。


 しかし、ルルナが中央に立つと、部屋だけでなく鉱山全体が揺れ始め、部屋の地面がバキバキッと割れ出した。


「ちょ、ちょっと!? なにこれ!? どうなってるの!?」


「ヴェリオさん!? この地震、大丈夫でしょうか!?」


 突然の大地震に慌てふためくルルナとチェルシー。


「大丈夫だ。じきに収まる」


 俺は2人を部屋の中央から離し、イベントの経過を見守る。




 数十秒後。


 ルルナが先程まで立っていた部屋の中央部。

 その地面が円形状に割れ、中から高熱のマグマが湧き出してきた。


 そして、一瞬にして、部屋はマグマ池のような場所に変化する。


「凄い……こんな自然現象が発生するなんて……っ!!」


「違いますよ、チェルシー。これは自然現象ではなく、おそらく『火のリング』の──」



「その通りッ!!」



 ルルナの言葉の途中で、いきなりマグマ溜まりから一体のモンスターが飛び出してきた。


「え!? このモンスター、マグマから出てきたわよ!?」


 驚愕するチェルシー。

 

「ボクはモンスターなんかじゃないッ!! 火の精霊ニフレイム様だッ!!」


 火の精霊ニフレイム。

 この《イーリス鉱山》があるニフレイム大陸の名称にもなっている精霊だ。


 『火のフェイタル・リング』に宿った精霊であり、『水のリング』を所持している主人公ルルナの存在に反応して、マグマから現れたのである。






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