第12話 主人公の特権
「やりました! ヴェリオさん! チェルシー! 私、《試練の塔》をクリアしましたよ!」
ルルナはクエストを無事クリアし、晴れやかな表情を浮かべて戻ってきた。
「やったわね! ルルナ!」
「ありがとう、ルルナ! ルルナのおかげで、《イーリス鉱山》へ入れるぞ!」
俺とチェルシーはルルナに労いの言葉を送る。
その一方で──
「ま、まさか、こんな小娘が《試練の塔》を登りきるとは……信じられんッ!!」
塔の衛兵は驚愕した様子で、持っていた槍を震わせていた。
「ふふんっ! どう? 凄いでしょ! アタシの仲間は!」
両手を腰に当てながら胸を張って言うチェルシー。
その表情は、ルルナ以上に得意気な感じである。
「……あ、ああ…………信じられんが、認めるしかない。お前には、《イーリス鉱山》に入っても戦えるだけの力がある! 人は見かけに寄らない、ということだな! 俺も学ばせてもらったぞ! これからの冒険も頑張るが良い!」
衛兵は満足そうに言い、ルルナに『入山許可証』を手渡した。
……人は見かけに寄らない、か。
確かに、そうかもしれない。
最初に会った時は、俺もルルナのことを単なるモブとしか認識していなかった。
でも、『水のリング』を入手し、主人公としての運命を背負ってからは、その瞳に力強さが宿ったように思える。
「これで、鉱山に入れますねっ。……でも、鉱山の中に『火のリング』が眠っているという情報、ヴェリオさんはどこで知ったのですか?」
ルルナが俺に訊ねてきた。
「そ、それは……」
ルルナの至極真っ当な疑問に対し、俺は口ごもってしまう。
ゲームで情報を得た、なんて言えない。
「ヴェリオ様は、悪逆皇帝ディアギレスに代わり世界を統べることになる御方なのよ? 当然、世界のことは何でも知っているわ。そうよね? ヴェリオ様!」
チェルシーが目を輝かせて言う。
「統べない統べないっ。俺は世界が平和になればいいなって思ってるだけだ。リングの情報は、ルルナたちと出会う前に調べていたから知ってるってだけだ」
この言葉に嘘偽りはない。
俺は《フェイタル・リング》が大好きだし、この世界のことが大好きだ。
世界を平和に導くという
もちろん、俺の《裏ダン
「なるほど、そうだったのですね。すみません、詮索するような訊き方をしてしまって……」
「気にするな。俺もルルナとチェルシーに自分の全てを話してるわけじゃないしな。いずれ、2人に俺のことを話す時がくるから……」
その時が来るまでは、俺は自分の正体を隠し、2人の冒険をサポートしていくんだ。
「わかりましたっ。私もチェルシーもヴェリオさんのことを信用していますし、信頼しています。これからも、どうかその御力と知識を私たちにお貸しくださいませ」
「ああ。任せろ!」
「それにしても、ヴェリオ様は本当に不思議な御方よねー。帝国軍を一瞬で撃退したり空間を転移できたり、リングのことにも詳しかったり……。それに、ルルナに渡した『あの大鎌』。見たこともないような凄い武器だったわ!」
「こらこら、チェルシー。今、詮索はしないって話をしたばかりではないですかっ。ヴェリオさんは見た目は禍々しく、目つきもちょっと怖いですけど、とっても良い人なんですから。これ以上の詮索はダメですよ?」
やはり目つきは怖かったか……。
「ルルナ、貴女も結構言うわね……まぁ、ヴェリオ様が謎のオーラを放っているのはアタシも同意するけど……」
「さっきの衛兵さんも仰っていたじゃないですか。人は見かけに寄らない、って。あれは、まさにヴェリオさんのことですよ!」
……うぐっ。
やっぱり、今の俺って外見的には怖い感じなんだよな……。
そりゃそうだよな。魔神なんだし……。
「あははは…………じゃ、じゃあ目的の《イーリス鉱山》へ向かおうか」
女子勢の俺への止まらぬ詮索を打ち切るため、俺はそそくさと空間転移した。
◆
「お、お前たち!? まさか、許可証を手に入れてきたのか!?」
鉱山前で入山チェックをおこなっているマッチョ男。
彼は、許可証を提示した俺たちに驚きの顔を向けてきた。
「はい! これで、鉱山に入れて頂けますよね?」
「あ、ああ……問題ない。それにしても、まさかホントに《試練の塔》をクリアしてくるとはな……やるなぁ、嬢ちゃん! 見直したぜ!」
ここでもルルナの評価が180度変化することになった。
主人公の特権というか、お約束みたいな話の『流れ』だな。
今まで自分を馬鹿にしてきた相手が、真の実力を見せた後コロッと態度を変える。
俺もゲームのプレイヤーとして何度も味わってきた快感だ。
しかし、今の主人公は俺ではない。
──主人公はルルナなんだ。
この設定を失念すると大変なことになる。
俺が耽っていると──
「ふふっ、本当に凄いのは私じゃなくて、ヴェリオさんなんですけどねっ」
ルルナが微笑みながら、そっと囁いてきた。
俺の頭の中を見透かされているようで、ドキッとしてしまった。
ルルナは主人公であり聖女様だからな。
俺が魔神だとバレないよう、色々と気をつけなくては。
そうして、俺たち一行が《イーリス鉱山》へ入ろうとした時。
一人の若い女性がルルナに声を掛けてきた。
「あの! 鉱山へ入られる方でしょうか!?」
女性は不安そうな表情を浮かべて詰め寄ってきた。
──来やがった。
『火のリング』入手イベントで最も気をつけなければならない罠クエストが。
《フェイタル・リング》には注意しなければならない『サブクエスト』がいくつか存在している。
その一つが《真心弁当》である。
《イーリス鉱山》へ入ろうとする直前、ある女性に声を掛けられ「鉱山の中で働く夫に、お弁当を届けてくれ」と懇願される。
このクエストを引き受けると、鉱山内部に居る女性の夫に弁当を届ける、というミッションが発生するのだが……。
これが、初見での成功率0%と言われる超高難易度クエストなのだ。
しかも、クリアしないとメインクエストを進められないという鬼畜仕様。
リセットしてゲームを最初からやり直すプレイヤーが続出したのだ。
かく言う俺も、初見プレイで罠に陥り、やり直す羽目になったのだが……。
しかし、この《真心弁当》クエストには最強の攻略法が存在している。
この《真心弁当》クエスト──
実は回避することができるのだ。
そう。
そもそも、クエストを受注しなければいい。
メインストーリーに何の影響も与えない『サブクエスト』なのだから。
俺は達成率100%のために膨大な時間を掛けてクリアしたのだが、今はそんなことをしている余裕はないし、今の俺は主人公ではないのでクリアは不可能だ。
と、いうことで──
「すみません。俺たちは先を急ぐんで、用事なら他の方へお願いします」
俺は話を聞く前から、女性に対し、キッパリと拒否の返答をした。
「そんな……話だけでも聞いてください。私の夫は鉱山で働いているのですが……今日、お弁当を渡しそびれてしまって……代わりに届けて頂ける方を探していたのです。お願いできないでしょうか?」
「だから、ダメだと──」
「いいですよ!」
俺が拒否しようとした時、あろうことかルルナが元気よく承諾してしまった。
そして、女性から『お弁当』を受け取ってしまった。
「お、おい!? ルルナ!? ちょっと待て!?」
「ヴェリオさん、どうしたんですか? そんなに慌てて。こちらの女性の夫に、お弁当を届けるだけではありませんか。私たちの目的に影響しませんし、なにより困っている方を放っておくわけにはいきませんっ」
「ルルナの言う通りよ! この女性の旦那さん、きっとお腹を空かせて困ってるわよ? アタシたちが届けてあげよっ!」
チェルシーもルルナに賛同する。
「ダメだダメだ! いいか? この弁当は罠なんだ! 引き受けたら、後で大変なことになるんだ! ここは俺を信じて、女性の頼みは断ってくれ!」
「そんな……私のお弁当を罠だなんて……」
依頼してきた女性は落ち込むように
「ヴェリオさん……。優しいヴェリオさんが、そんな酷いこと言うはずないですよね……? 何かの間違いですよね?」
ルルナは俺を悲しそうな目で見つめてくる。
「……ど、どうするの……ルルナ? アタシは勿論ヴェリオ様のことを信用しているわ。でも……この女性の頼みを
困惑するルルナとチェルシー。
ここは、このクエストの概要を丁寧に説明する必要がある。
「わかった。ちゃんと順を追って説明する。この弁当と女性と夫のことをな。だから、女性の依頼を受けるかどうかは、その説明の後に決めてほしい。頼む」
俺はルルナとチェルシーに頭を下げて言った。
説明しないと信じてもらえないだろうし、一緒に考えて冒険を進めていくと約束したからな。
「そこまで仰るなら……私は…………ヴェリオさんを信じます! だから──」
そう言って、ルルナが女性に弁当を返そうとした、その時──
──サブクエスト《真心弁当》を受注しました──
俺の視界上部に、メッセージが表示された。
成功率0%のクエストの受注を告げるシステムメッセージが。
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